◆これまでのあらすじ

数年ぶりに再会した、医師の陸と外資コンサル勤務のミナト、そして弁護士の幸弘。

3夫婦それぞれが、レスで悩んでいることが判明する。

子どもを欲しくない幸弘と、子宮筋腫が見つかり、出産のタイムリミットに焦る妻の琴子。

一方ミナトとカリン夫妻は、ミナトの仕事でのプレッシャーもあり、レス状態が続き…。

▶前回:「ねぇ、どうかな?」結婚5年、外コン夫とすれ違いの日々。31歳妻は、夫を誘ってみるが…




ハイスペ夫を持つ妻たちの悩み


「琴子ちゃーん!遅れてごめんねー!」

日曜日の午後12時15分。

小野琴子と辻カリンは、虎ノ門にある『Hungry Tiger』で待ち合わせをしていた。

スラリと伸びた長い手足に、手のひらほどの小さく整った顔のカリンが、店内に入ってくる。

黙っていても目立つのに、大きな声を出すのでさらに注目を集める。

「全然。それより久しぶりだね」

「ホント!今日は両親が娘のことを見てくれているから、久しぶりの息抜きができたの」

2人は、琴子の結婚式で出会った。

その後何度か会う機会があり、カリンが先に琴子に懐き、自然と友達になっていた。

琴子はダニエル、カリンはタリオリーニを頼むと、会っていなかった間を埋めるように、リズム良く会話が進む。

「カリンちゃんのこといつもインスタで見てるから、久しぶりな感じがしないな。気がつけば、登録者数もすごく増えたよね?」

「ふふ、ありがとう。もうちょっとで10万人かな」

「モデルに復帰はしないの?」

「今は娘もいるしね。ミナトも忙しいし」

カリンはアイスティーの氷を、ストローで遊ぶようにかき混ぜながら、考えるように一瞬黙った。

その沈黙を破るように、琴子が言った。

「実はね、私…。この間検診で子宮筋腫っていうのが見つかったんだよね」

「え?キンシュ?何それ、大丈夫なの?」

「うん、今は小さいし問題ないって。でも場所的にも、子どもを産むなら早い方がいいって言われたんだけど…」

今度は琴子が、言葉を探すように口を閉じる。

少し考えたあと、琴子が打ち明けた。

「うちさ、実はセックスレスなの。それももう、2年ほど…」

「え、うそ!うちも!」

間髪入れずにカリンが勢いよく言うので、思わず琴子は笑ってしまった。




「あ、ごめんね。ちょうどね、琴子ちゃんにその話をしようって思ってたから、つい。うちも1年くらいずっとしてないの」

「そうなんだ、カリンちゃんのところも…」

「ね、信じられない!こんないい女2人を目の前にしてお預けだなんて、修行僧なの!?」

深刻な顔をしていた琴子は、カリンの言葉に気持ちがほぐれた。

「ほんとそうよ。何様なのよ。しかも子どもの話をしたら『子どもなんて欲しいと思ったことない』って」

「うっそ、今さら?そんなの詐欺じゃない。それなら結婚前に、『子どもはいらない』って、額にでも刻んでおいてよね!」

ケラケラと笑い合うと、再び元のトーンに戻り、カリンが言った。

「で、琴子ちゃんはどうしたいの?子ども、欲しいの?」

「正直、よくわかんない。私も今仕事が楽しいから、子どもはいらないって思っていたんだけど。でもそもそも、2年もレスだし、夫婦としては破綻してるのかなって」

琴子自身、セックスレスの状態をよくないと思いながらも、夫の本心を知るのが怖くて、この問題と正面から向き合ってこなかった。

しかし、放置しているうちに、状況は深刻になっていた。

「破綻か…。でもそれだけが、夫婦じゃないとは思う…。思うけど、やっぱり辛いよね」

「カリンちゃんは、話し合った?」

「ううん、なんか聞けなくて。ミナト最近ずっと家でもピリピリしてるしさ。仕事が大変なんだろうけど、私には仕事のこと話してくれないし」

琴子とカリンは同じ悩みを共有し、お互いに励まし合って、その日は別れた。


琴子の憂鬱


カリンと別れて午後5時ごろ、琴子が広尾のマンションに帰宅すると、家はいつものように静寂に包まれていた。

― はぁ。仕事なんだろうけど、幸弘は休日もほとんど家にいないな。

琴子がため息をついたその時、スマホが震えた。




表示された名前を見て、琴子はうんざりする。一瞬取るのをためらったが、通話ボタンを恐る恐るタップした。

「あ、琴子さぁん?やだ、元気にしてるの?この間不妊治療のクリニックに行ったでしょう?なのに連絡も何もないから、何かあったのかと思って」

電話口で早口で捲し立てるのは、義母だった。

「また落ち着いたら言おうと思って」

「で、どうだった?すぐできるって?院長に聞いても、守秘義務だからって教えてくれないのよ。最近は厳しいのね、こっちは家族だっていうのに」

「あの、また準備ができたら通おうかと思っています。ただ今は、幸弘さんも私も忙しいので…」

琴子がやんわりと話すと、義母が遮ってくる。

「何を呑気なことを言っているの?仕事なんて、いつでもできるでしょう?でも赤ちゃんは、産める時が限られてるんだからね?私があなたの歳の時なんて、もう幸弘は幼稚園生だったのよ!?」

― また、この話が始まった…。

琴子は、いつものように感情を無にしてただ聞き流す。

そして適当なところで「あ、ちょっと誰か来たみたいなので」と電話を切った。

いつまでも義母から逃げているわけにはいかないが、彼女のことだから、孫ができるまで引かないのは想像がつく。

これまでも、何度も幸弘が制してくれたが、言えば言うほど琴子へのあたりが強くなっていった。

― そもそもレスなんだし、子どもなんてできないんだし。私に一体、どうしろって言うのよ…。

琴子は、何も考えたくなくてNetflixをつけると、お気に入りのドラマに没入することにした。


辻ミナトのいら立ち


「ただいまー」

日曜の午後10時過ぎ。

明日から出張があるので、ミナトが久しぶりに早く帰宅すると、リビングには誰もいない。

奥の部屋から、カリンの声が聞こえてきた。

「あ、夫が帰ってきたみたい!じゃあ今日はここまでにするね。みんな観てくれてありがとう!おやすみ〜」

どうやら、インスタライブをしていたようだ。

撮影用のバッチリメイクに、綺麗にセットされた髪。

疲れて帰ってきた自分とのギャップに、嫌気がさす。

「おかえり!今日は早かったんだね!ご飯ってもう食べた?」

「あぁ、明日から出張って言ってただろう?それより、リビング片付いてないんだけど」

娘のおもちゃが散乱したリビングのソファに、ミナトは疲れた様子でどかりと座ると、大きなため息とともにネクタイを緩めた。

「あ、ごめんね。今日はインライする予定だったから、片付けられなかったの」

「インスタライブ?そんなの、まだやってたの?」

「それがね…」

カリンは嬉しさを隠しきれないように、満面の笑みを見せた。

「実は、今月の売り上げ!なんと…200万円超えたの!すごくない?」

「は?写真と動画あげるだけで200万?世の中狂ってんな。女はちょっと可愛いと、簡単に稼げていいよな」

バカにしたような物言いに、カリンは負けじと言い返した。

「そうよ、いいでしょう?このままいけば、いつかミナトに追いつけるかな?」

カリンの最後の言葉に、今度はミナトがカチンときた。

「はぁ?仕事、馬鹿にしてんの?カリンの稼ぎなんて、今だけだろう?俺とか普通のサラリーマンが、どんなに苦労してると思ってんだよ!」

「馬鹿になんてしてないよ。ただ、嬉しかっただけ…」

「ただのインフルエンサーごときで、外資の俺らを超えられるとか、本気で思ってんの?世間知らず過ぎない?」

「そんな言い方しなくたっていいじゃん…」

泣き出すカリンを見て、ミナトは「めんどくせ、気分悪い…」と吐き捨てる。

そして、ミナトはクローゼットに行き、荷造りを始めた。

終えたかと思うと、トランクを持ってさっさと玄関へ向かう。




「え、何?明日出発するんじゃなかったの?」

「……」

予想外の行動に、焦って声をかけるカリン。

だが、彼女を無視して、ミナトは振り向きもせずに、出て行った。




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▶1話目はこちら:「実は、奥さんとずっとしてない…」33歳男の衝撃告白。エリート夫婦の実態

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家を出て行ったミナト。カリンはミナトの浮気を疑う中、ミナトは、心がぐらつく出来事が起こり…