「女の価値は、顔でしょ?」

恵まれたルックスで、男もお金も思い通り、モテまくりの人生を送ってきた優里・29歳。

玉の輿なんて楽勝。あとは、私が本気になるだけ。

そう思っていた。

だが、30歳を前に、モテ女の人生は徐々に予想外の方向に向かっていく…。

清宮に続き、政治家の御曹司・康一郎にも振られた優里。さらに、自暴自棄になって、一夜の関係を持ってしまった。どうなる、モテ女の人生…?




「優里さん、ご報告なんですけど…」

イタリア街にある『ミッレ フィオーレ』でのランチタイム。

席に着くなり、後輩の奈央が口を開いた。

優里は、“ご報告”という言葉に、一瞬身構える。きっと…結婚だ。

「実は私、結婚することになったんです」

−ああ、やっぱり。

「おめでとう!良かったじゃない!」

正直、2歳年下の奈央に先を越されるとは、内心穏やかではない。ただでさえ、優里は衝動的に男と一夜を共にしてしまった直後なのだ。

雅也からはあの後何も連絡がない。本当に、一夜の関係だったのだろう。

しかし、あからさまに落ち込んだり、詳細をガツガツ聞いては女が腐る。良い女たるもの、どんな時でも余裕を持っていなくては。優里は明るく、カラッと返答した。

「奈央ちゃんに彼氏いたなんて知らなかったよ。相手は、どんな人?」

「電機メーカーの研究職です。何の研究をしてるのか、詳しいことは分かりませんけど…」

−奈央ちゃん、ずいぶん妥協したのねぇ。

優里たちが働く広告代理店の受付は、顔採用で有名なのだ。奈央も抜群のルックスを活かし、雑誌の読者モデルをやっている。

奈央とは、タワマンでのホムパや経営者との食事会に一緒に参加してきた仲だ。

メーカーの研究職といえば、安定はしているが、年収は良くて1,000万。もっと良い男を狙えるはずなのに、諦めるなんてもったいない。

すると、奈央は思いもよらない言葉を口にしたのだ。

「あと、転職することになりました!」


2歳下の後輩に呆れられる優里。そのワケとは?


夢と、人生プランの違い


「転職…って、どこに?」

「不動産仲介の会社に、正社員で。去年、宅建を取ったのが評価してもらえたみたいで。バリバリ働かなくちゃ」

「す、すごいね…」

思い出してみれば、確かに、最近の奈央は食事会やパーティーにも参加していない。

その間に、資格を取り、さらには旦那までゲットしていたとは驚きだ。

展開の速さに理解が追いつかない優里だが、奈央の言葉が引っかかっていた。

彼女はさっき、「バリバリ働かなくちゃ」と言った。

結婚するタイミングでキャリアに目覚めるというのも不思議な話だ。
家庭と両立させながら、ゆるく働くというのなら分かるが。

夫の勤務先から、セレブ生活が望めないことは分かる。だが、収入は安定しているだろうし、それなりに福利厚生も充実しているだろう。

奈央がそこまで必死になって働く必要はあるのだろうか。

優里は、首をひねった。

「奈央ちゃん、バリキャリ志向にでもなったの?結婚するのに、そんな働く必要ある?」

すると奈央が、くるくるとパスタを巻いていた手を止めて、真剣な顔で答えた。

「離婚、するかもしれないじゃないですか」




「結婚する前から離婚のこと考えてるの!?」

驚いた優里が声を裏返して聞くと、奈央は「違いますよ〜」と、ケラケラ笑った。

「でも…」

姿勢を正した奈央は、ポツポツと話し始めた。

「うち、両親がうまくいってなくて。父親の不貞が原因なんですけど。でも、母親は父の収入に頼っているから離婚できないって…。

仕事していたらって、よく嘆いたんです。

その姿を見てきたので、仕事は続けた方が良いと思ってます」

平日のランチタイムにしては随分ヘビーな話題だが、奈央は続けた。

「で、何か資格を持っていたら仕事にも困らないだろうと思って。会計士とかは無理ですけど…宅建ならと、頑張ったんです。

スタートが遅れてしまったので、入ったらバリバリ働いて経験積みたくて。

子どもも欲しいので、それまでは頑張らないと。もちろん、復帰しますよ。今度の会社、制度や手当も充実してるので。

チャラチャラ遊んでるだけじゃないんですよー、私!」

最後は茶化して、大きく開けた口にパスタを放り込み、優里に質問を投げかける。

「優里さんは、どんな人生プランなんですか?」

−人生プラン、かあ。

「それなりの経済力の人と結婚して、子どもを産んで、都心部のマンションに住んで、子どもにはいくつか習い事させて…。まあ、普通の生活よ、普通」

適当にそう答えると、奈央が「まじ…?」という視線で優里を見つめる。

「優里さん、それ、夢ですよ。人生プランじゃありません。

人生プランっていうのは、いつまでに何をするっていうマイルストーンや、必要な行動を明確化するものです」

−ちょっと勉強したからって何なのよ。意識高い系!?

かつては、何でもかんでも優里の真似をしていた奈央。自分には勝てないと悟って他の道を選んだのだろうか?

それなのに中の中程度の男と結婚が決まった程度で、偉そうにしている奈央を見ていると無性に腹が立ってくる。

「何言ってるか分からないんだけど!」

優里は、何だかバカにされているような気がして、思わず刺々しい言葉をぶつけてしまった。


恋愛でもふられっぱなしの優里。なんと、仕事でも悲劇に見舞われる…?


予想外の、契約更新


「じゃあ、“それなりの経済力の人”とはどこで出会うんですか。で、その人からプロポーズされるためにはどうするんですか。いつまでに?」

妙にロジックで詰め寄ってくる奈央に、可愛げがなくてつまらない女になったものだと落胆する。

「パーティーにでも行けばいくらでもいるじゃない。まあ、私が本気になれば大丈夫よ」

しかし、自信満々の優里とは対照的に、奈央の目がどんどん「この人、やばい」という憐れみの色に変わっていった。

優里は、ふんっと鼻息を鳴らして視線を逸らす。

―転職に結婚に、ちょっと人生の駒を進めたからって、先輩風を吹かせるのはやめてよね。

最後にコーヒーでも飲もうと思ったが、一刻も早く終了させて化粧直しでもした方がマシだ。

「じゃあ、そろそろ」

優里は、不機嫌オーラを全開にして席を立った。

奈央が「差し出がましくてすいませんでした…」と、小声で詫びたのだが、苛立っていた優里は聞こえないふりをするだけで精一杯だ。

二人は、超絶気まずい雰囲気のまま会計を済ませ、店を出る。

奈央は「コンビニに寄ってから戻ります」と、小走りで立ち去ってしまった。




「いっけない!忘れるところだった…」

ロッカールームで手帳を見返した優里は、今日の15時から人事との定期面談があることを思い出した。

定期面談とは形式的なのもので、健康面やメンタル面のヒアリングはあるものの、ほとんど雑談で終わる。優里は、3ヶ月更新の契約社員のため、契約の更新についても毎回確認があるが、「引き続きよろしく」という確認を交わすだけだ。

今日も大した話もなく終わるだろうと、高をくくっていた。

15時になり指定された会議室に向かった優里は、扉を開けた途端、普段とは違う雰囲気に気付く。普段、手ぶらに近い原田が、パソコンやノート、アイパッドまで用意して、難しい顔で座っている。

さらに、優里の雇用契約書や就業規則や労務、勤労とタイトルのついた仰々しいファイルが置かれているではないか。

こんな大荷物だったことは、これまで一度もない。

まずは、これまでと同じように健康やメンタル面に関するヒアリングが始まった。いつものように雑談を交えながらの会話が終わった頃、担当の原田が重々しく口を開いた。

「今の契約、つまりは2ヶ月後をもって、受付での業務は終了とさせていただきたく」

−え!?

驚きのあまり声を発することができないでいると、原田はさらに予想外の言葉を口にする。

「経理グループに配置転換をお願いします」

−経理グループ!?

優里は大きく深呼吸をするが、心臓はドクドクと音を立て、頭は混乱するばかりだ。

原田が見せてきた雇用契約書には、確かに配置転換も条件に書かれている。

−そうは言っても…。

これまで、自分の圧倒的なルックスを買われて、受付に配置されていると信じていたのに。それが…ルックスも何も関係のない、バックオフィスへの配置換えなんて、予想外過ぎる。

「受付やってます♡」というキラーフレーズも使えなくなるではないか。

それに、数学が大嫌いだった自分が経理なんか出来るはずもない。

−ど、どうしよう。

“それ、夢ですよ。人生プランじゃなくて”

先ほどの奈央の言葉が、エコーするように響く。

「それでは経理グループへの検討、よろしくお願いします」

パタンと原田がファイルを閉じた音が、やけに大きく、虚しく響き渡った。

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恋愛も仕事もボロボロの優里。どんな決断をするのか?