「学校が苦痛だった」いじめに遭い、通う意義も見失ったヨシダナギ 。不登校で中卒の人生選ぶも「後悔ない」と言う理由
「私にとって苦痛なことは、学校に通うことでした」。TBSの紀行バラエティ番組『クレイジージャーニー』で注目を集めたフォトグラファー・ヨシダナギさんには、実は学校に行く意義を見出せず、不登校、中卒という道を選んだ過去があります。それでも自分の選択に「まったく後悔はない」とはっきりと口にします。
【写真】根も葉もない噂をされ不登校になったヨシダさん「写真が好きだった」愛くるしい幼少期(8枚目/全14枚)
転校先でいじめに「根も葉もない噂がたって」
── アフリカをはじめ、世界中の少数民族を撮影しているフォトグラファーのヨシダさん。29歳のとき、テレビ番組『クレイジージャーニー』に出演すると一気に知名度が上がり、活躍の場が広がりました。しかし、現在の華やかな活躍の裏で、過去には不登校を経験したとのこと。まず、子どもの頃はどんな子どもだったと思いますか。
ヨシダさん:基本的に物静かで、「みんなと外で遊びなさい」と母に言われても、群がることに意味を感じられない子どもでした。ひとりで裏山に行って木に登ったり、野良猫と遊んだりと、ひとり遊びが好きでしたね。自分が思っていることを口に出して伝えるのが苦手な反面、絵や文章を書くのは好きでした。学童に通っていたんですけど、学校の宿題で詩を書く機会があって、それを書いて学童の先生に見せたら、「ナギはペンを持たせたら意外と会話ができるんじゃないか」と気づいてくださって。私のことをわかってくれる人がいると知って、気持ちが楽になったことを覚えています。
── しかし、小学4年生の時に家庭の事情で東京から千葉の小学校に転校すると、同級生からいじめに遭ったそうですね。何かきっかけがあったのでしょうか。
ヨシダさん:そもそも転入生というだけで目立ってしまっていたんですけど、クラスの女の子たちから嫌われてしまいました。私の悪口を学年中に言いふらされ、体操着の袋にセミの死骸が入れられたり、夕方になると毎日電話がかかってきて、「クラスの子がナギちゃんのことウザイって言ってるよ」となぜか報告してくる子がいたり。
── ご家族に相談はされましたか?
ヨシダさん:母に伝えたら、学校に電話をしてくれました。そのうえで私に母は、「あなたは何もしていないし悪くない。でも、学校に行かなかったら相手の思うツボ。中学に行ったらいじめも落ち着くから」と言いました。
── 実際、中学に入学して状況は変わりましたか?
ヨシダさん:まったく。私をいじめていた子たちもみんな同じ中学に進学したので、さらに陰湿ないじめに変わっただけでした。
私がいじめに遭っていることは小学校から進学先の中学校に事前に報告されていたみたいなんです。入学初日の放課後、先生から「お前、何かあったら俺は味方だから言えよ」と言ってもらえました。
でも、翌日学校に行くと、思春期特有の根も葉もない噂が広まり、その後もどんどんエスカレートしていきました。他のクラスや学年の子にまで、「あの子、ちょっとおかしいらしいよ」と言われるようになって。しまいには私があらぬ交際をしているといった噂が出て、担任の先生と校長先生から呼ばれたことがありました。
私にとっての苦痛は「学校に通うこと」だった
── その後、中学2年生の夏に両親が離婚し、ヨシダさんはお父さんについていくことになりましたが、不登校もその頃からはじまったと聞きます。
ヨシダさん:母と一緒に住んでいたときは、私が学校を休もうとすると母が「学校に行きなさい」と言うんです。学校に行かないことはいけないことだと、母から連日のように言われるのが何より苦痛でした。
でも、母が家を出たことによって私に「学校に行け」という人がいなくなったんです。当時から自分は勉強ができないことはわかっていたし、自分が興味のない授業を受けるために月曜日から金曜日まで学校に行って、毎日決まった時間を拘束をされること自体が嫌でした。集団生活も苦手だし、いじめもますますエスカレートしていたんです。「もう、こんなに不向きな場所にいる必要はないのかも」と思ったんです。
楽しく生きることよりも、自分が苦しい、つまらないと感じることを、少しでも取り除きたいと考えていました。自分の性格も踏まえると、大人になっても誰かと積極的にコミュニケーションを取るような仕事は向いてないだろうな。学校に友達が多いわけでもないし、もっと自分に合う空間とか、自分がほかにできることがあるんじゃないかな。そう思って、学校に行くのをやめました。
「私のような考え方の人もいるよ」と知ってほしい
── その後、不登校のまま中学を卒業し、高校は進学しなかったそうですね。
ヨシダさん:高校に進学しない不安より、高校に進学して集団生活を送る不安のほうが大きかったんです。学校に行かないことで自分の心は守れると思いました。通信制の学校も考えましたが、やっぱり興味がないことをしても時間もお金もムダになると思って。学歴が欲しいわけでもどこかの会社で働きたいわけでもないし。勤めたところでうまくいかないだろうって思っていたので。
── 中学卒業後は、いくつかの仕事を経験しながら現在はフォトグラファーとして活躍されています。大人になった今、高校に行かなかったことについてどう思いますか?
ヨシダさん:まったく後悔してないです。中卒ということ自体は恥じてもないし、つらい思いをするために学校に行く必要はない。苦しい思いをしてまでやるべきことってないと思うんです。
私は受験も就活も経験せず、自分が嫌だと思うことはすべて避けてきました。幼少期からイヤなことから逃げ続け、23歳のとき、初めてアフリカを訪れるとすぐに夢中になって、その後も何度も現地に足を運びました。
今でこそフォトグラファーという肩書きで仕事をしていますが、はじめから写真が好きだったわけでもありません。アフリカで出会った人たちを忘れたくなくて、自分の思い出として写真を撮っていただけですが、その熱量が人よりも高かっただけなんだと思います。
お金と時間をアフリカにつぎ込み、アフリカで撮った写真をインターネットに載せていたらウェブメディアの方が私を見つけてくれました。媒体にときどき掲載してもらうようになると、ある日『クレイジージャーニー』からオファーがきて、テレビの放送を見たらフォトグラファーという肩書きがついていたんです。そこから仕事のオファーが増えていって人生が一変しました。29歳のときです。
── はじめからフォトグラファーを目指していたわけでもなかった。
ヨシダさん:はい。逃げることで自分の不得意なことを避けていると、イヤじゃないもの、自分ができることのほうへ無意識に導かれていったような気がします。
── 逃げることで、自分の身を守っただけでなく、自分が置かれた環境を変えるきっかけになった。嫌なことから離れた結果、興味が持てるものに辿り着いたんですね。
ヨシダさん:イヤなことに時間を割かなくてよくなったから、興味のあることに時間をすべて振ることができました。学校に行けるなら行ったほうがいいと思います。そこにしかない学びや出会いは必ずあるし、みんなと過ごせる青春を謳歌できる場所でもある。決して、学校に行かないことを推奨しているわけでもないです。でも、学校がすべてではないし、違う道もあると思うんです。
当時の私には、それを理解し、共感してくれる人がいませんでした。だから実際に学校に行くことをやめて生きてきた人間として、「私のような考え方の人もいるよ」ということは、お伝えできたらいいなと。あのときの私にもそう言ってくれる人がいたら、どれだけ救われていたか…、そう思うんですよね。
取材・文:松永怜 写真:ヨシダナギ
