「お化けみたい」「見ちゃダメ!」難病で顔に腫瘍がある子への心ない声に葛藤も。父が息子を「特別扱い」しない理由
難病「レックリングハウゼン病」によって、顔に腫瘍ができ、歩行には装具を必要とする村上泰大さんの三男・魂児さん。幼い頃から周囲の心ない視線に傷つきながらも、小学6年生にして自身の病気についてSNSで発信を行うなど、積極的に社会との関わりを持ってきました。そこには「病気を理由に我慢する必要はない」という、父・泰大さんの願いがありました。
【写真】難病を抱えながらも姉兄と共に活発に活動をしてきた魂児さんのこれまで(全17枚)
「健康な身体で産めなくて…」と妻は涙した
── 現在、高校1年生になる村上さんの三男・魂児(こんじ)さんは「レックリングハウゼン病」(カフェ・オ・レ斑、神経繊維腫という皮膚・皮下の病変を特徴として、骨、眼、神経系などさまざまな病変を生じる)という難病を患っています。顔に腫瘍があり、右足は装具をつけて歩いているそうですね。まず魂児さんが生まれたときの状況について教えていただけますか?
村上さん:病院から子どもが生まれたと連絡が来て職場からすぐに駆けつけると、魂児は別室にいると言われました。別室で対面を果たしたのですが、なんだか顔に違和感がある。上の二人の子どもに比べて何かが違うような気がしました。
その後、妻の病室に戻ると先生が来て、「ちょっと気になることがある」と言われ、すぐに大学病院に救急搬送されたんです。何がなんだかよくわからないまま大学病院に着くと、病理検査のために顔の腫瘍の摘出手術をすることに。生まれて4、5時間後の話です。
病理検査の結果、「レックリングハウゼン病」と言われましたが、初めて聞く名前だし、難病と言われても実感がすぐにはわかなかったですね。
── 病気の症状について医師からどのように説明を受けましたか?
村上さん:顔の腫瘍は成長とともに少しずつ増えて、腫瘍自体も大きくなって、腫瘍の重みで顔が垂れ下がる。外見にも変化が現れると。また視神経にも腫瘍がある影響で緑内障もあって、左目はかすかな光程度しか見えていないと言われました。
難病だけど「今すぐ命に関わる病気ではない」と聞いてホッとした部分はありましたが、妻は「健康な身体で産んであげられなくてごめんね」と毎日、涙を流していました。
退院後は左目の緑内障の手術をしましたが、時間の経過とともに最終的にはまったく見えなくなりました。2歳のときにずっと泣いているので病院を受診すると、右足首を骨折していることがわかりました。病気の影響で骨が再生しづらいため、偽関節と診断されました。それにより、左右の足の長さが変わってしまい、装具をつけて歩いています。
顔の腫瘍は6歳のときに一度、腫瘍をとる手術をしたのですが、その後も腫瘍は増え続け、高校1年生の夏に再び手術をしました。
「この運動は難しい」と勝手に判断されてしまい
── 学校生活についてもお聞かせください。幼保連携型認定こども園(幼稚園と保育園が一体化した施設)に入ったのち、小学校では学校の勧めもあって「特別支援学級」に在籍することになったそうですね。
村上さん:こども園から一緒だった子も多かったし、魂児の明るい性格もあってか、とくに子ども同士で何か言われたという話は聞いてないですね。魂児自身、小学3年生の夏休みの自由研究では自分の病気について発表をしていましたし、内にこもる感じではなかったと思います。
ただ、小学3年生の10月から4年生の11月までの約1年、右足の偽関節の手術と、足の骨を伸ばす2つの手術とリハビリのため、病院に入院したんです。その間は、病院の近くにある、入院しながら通える特別支援学校に通うことになりました。
コロナ禍だったので入院中は面会制限があり、私か妻が交代で魂児に会いに行きましたが、小学生の子どもにとって学校が変わったうえに、家族と離れて過ごすのはすごく寂しかったんじゃないかなと思います。
── 心細さを感じながらも、病院では装具をつけて歩くリハビリをされたそうですね。小学4年生の11月に退院後は、もともと通っていた小学校に戻られたのでしょうか?
村上さん:はい。もともといた小学校の特別支援学級に戻ったのですが、魂児はこの特別支援学級について、思うことがあったようなんですよね。何かする前に、先生が「魂児には危険なんじゃないか」と決めつけてしまうようで。たとえば体育や運動会でも「この運動は難しいから違うことをしようね」「運動会のこの種目は危険だから安全なところから参加しようね」と。先生も事故にならないような配慮かもしれませんが、一方的に言われることに本人は不満を抱えていました。
そのため、復帰するにあたって学校には「魂児は自分の意志をしっかり持っている子だから、今後、何かある場合は魂児と相談してから決めてほしい」とお願いしました。
── 相談があるかないかで、まったく受け止め方も変わりますからね。その後、中学生に進学すると、魂児さんの希望もあって普通学級に在籍されたそうですね。
村上さん:はい。中学校にはいくつかの小学校から生徒が集まってきますが、中学校が各小学校に、魂児のことを事前に説明しておいてくれました。その甲斐もあり、中学でも仲間に恵まれました。卓球部に入り、装具をつけながらも活動に参加したし、すごくいい環境で過ごせたと思っています。
周囲の声に葛藤も「病気を理由に我慢する必要はない」
── しかし、街中に出ると周りの視線を感じることが少なくなかったそうですね。
村上さん:うちは子どもたちが小さい頃から家族でよく出かけていて、遊園地やプールなど、子どもが好きそうな場所にたくさん連れて行きました。でも、知らない人からジロジロ見られることは日常茶飯事でした。
何も言わずにマジマジと見てくる人もいれば、「ヤバっ!」「オバケみたい」「かわいそう」と言われることもあって。印象的だったのは遊園地に行ったとき。ハロウィンの時期でしたが、すれ違った人に「すごいね」って言われたんです。魂児の顔が仮装していると思われたみたいです。
また、知らない子どもが魂児を見て驚き、親に「見て見て!」と言った瞬間、親が「見ちゃダメ!」と言って遠くに連れて行くこともよくあります。子どもは病気とわからなくて聞いているだけだから、「何かの病気なんじゃないかな」と伝えてくれたらいいのにと思うんですけどね。
魂児に知らない人から見られることについて聞くと、「小さい頃から慣れているのでなんともない」「ジロジロ見られたら、こちらも意地悪でやり返すというか、バイバイとわざと手を振って返す」「友達に話をしてネタにする」と親の前では言っていましたが、やっぱりツラくて大変な思いをしてきたと思います。
── 病気を抱え、なかには家に引きこもってしまう人もいるかと思います。魂児さんはいかがでしたか?
村上さん:人に見られることはわかりきったことですし、魂児もそれで外に出たくないと言ったことはないですね。たしかに知らない人にジロジロ見られるのは親としても嫌ですよ。でもそれ以上に、家の外に出て、いろいろな体験をさせてあげたい。その気持ちのほうが勝っているのでどんどん外に連れ出しました。
魂児自身も小学6年生のときには病気についてみずから発信した動画を編集し、YouTubeにアップしています。私も自分のInstagramで家族の日常と一緒に魂児についても発信していますが、まずは病気を知ってもらうことが大切なのかなと思っています。知ってもらうことで、魂児がこの先もっと広い世界に出たときに生きやすくなるような気がするんです。
病気や障害があるからと言ってやりたいことを我慢する必要はまったくないし、親としても怖がらずにどんどん外に出てほしいと思っています。
取材・文:松永怜 写真:村上泰大

