―なんで“にゃんにゃんOL”を選ぶの!?

ハイスペ男子の結婚式で、こう思ったことのある高学歴女子は多いのではないだろうか。

お嬢様女子校から東大に入り、コンサルティング会社でマネージャーになるべく仕事に邁進している大西夏希(28歳)もその一人。

一流大学に入り、一流企業で仕事を頑張ってきた自分は、婚活なんかしなくても自然と結婚できるはず ……。

そう思っている夏希が、結婚できない本当の理由とは―?

同じ会社の武田に、キャリアと家庭の両立に悩んでいると打ち明けられた矢先、ゼミの同窓会では、「弱みを見せられる関係じゃないと、結婚生活を続けるのは大変」というハイスぺ男子の本音を聞き、武田のことを意識しだす。

また、友人の留美に「傷付かないで恋愛はできない」と力説されたり、幼馴染の千春の傷付く覚悟をして幸せになろうとする姿に感化され、徐々に夏希は変わり始めていた。




サロンを出た夏希は、夏の終わりとは思えない強い太陽の日差しに手をかざし、満足気な表情を浮かべた。

ここ数年マツコネイル一辺倒だったが、留美が何気なく言っていた「苦手な色は顔から離れたアイテムだと取り入れやすい」というテクニックを取り入れ、ピンクのフレンチネイルに挑戦してみたのだ。

キラキラと乱反射するラインストーンが施された指先を躍らせ、憲二からのLINEを確認する。

憲二は大学の同級生の弁護士だ。ゼミは違うが直樹と仲が良く、学生時代から顔は見知っていた。

夏希の会社と同じビルにオフィスを構える大手弁護士事務所で働くようになり、時折ランチするようになったのだ。

と言っても色っぽい会話は一切無く、お互いの仕事の話を聞くのに終始している。文字通り、異業種交流会と言えよう。

そんな憲二が、思い詰めた表情で「女の子を紹介して欲しい」と言ってきた時は驚いた。どうやら、直樹から散々奥様の愚痴を聞かされ、お食事会での出会いに懐疑心しか抱けなくなってしまったらしい。

学生時代、勉強ばかりしてきた自分には、到底女子の本性など見抜ける術もなく、とにかく性格の良い子と出会うには、友人の紹介が確実だと思ったと切々と憲二は訴えてきた。

確かに、朋子という女の本性を知り、夏希も衝撃を受けたばかりだ。

そんな時、人の為に何かしら行動できる人は立派という武田の声と共に、千春の顔が思い浮かんだのだ。

…この二人、合うかもしれないわ―。

しかし、千春は傷心の身である。慎重に場を設けなければ…と憲二と日程の調整をするのだった。


夏希は傷心の千春を救えるのか?


『ガーブ東京』にカゴバッグを携えてやってきた千春は、思ったよりも元気そうで夏希は胸をなでおろした。

二人でサクッとご飯している所に偶然を装い憲二を呼ぼうか…など考えあぐねた結果、やはり千春の気持ちが一番大事だろうと思い、正直に大学の同級生の弁護士を紹介したいと伝えてみたのだ。

“気にかけてくれてありがとう。一人でいると、情けないけど彼のこと考えちゃうから、誘ってくれて助かる。”と言われ、簡単な食事会をセッティングすることになった。

皆の予定を調整しながら、気軽に食事ができるいい雰囲気の店を選ぶ…。食事会のセッティングも、なかなか骨の折れるものだ。出会いを求めるのではなく、にゃんにゃんOLとは違うという自己満足の為に参加していた自分を叱ってやりたい気分になった。




食事会当日ー。

集合時間より少し遅れて現れた憲二は、学生時代の野暮ったい印象は払拭され、すっかりやり手弁護士のようだ。今まで意識したことが無かったが、雰囲気イケメンと言っていいだろう。

千春が早くもソワソワしているのが分かる。昔から憲二を知っている夏希は、“スーツ詐欺”という言葉を思い出しておかしくなった。

しかし、話し始めると、一哉や外銀の男のように調子の良いことは一切言わず、不器用な男の子そのものと言った感じだが、それが今の状況にはむしろ有り難かった。

22時を過ぎ、オフィスに戻り仕事をしなければと憲二が席を立とうとするので、夏希は一人焦ってしまう。

「ほら、私はたまにしかオフィスにいないけど、二人は同じビルで毎日働いているんだから、LINEの交換でもしておけば?」

まるで、おせっかいな仲人のおばさんみたいかしら…と思いながらも、たどたどしくLINEの交換をしている二人を見て、夏希は達成感に包まれるのであった。


今度は武田からデートに誘われたが…?


西麻布の交差点を抜け一方通行の小道に入ると、金曜日の夜らしく寄り添って歩くカップルにつかえてしまい、タクシーは中々前に進まなくなってしまった。

今日は、先日のお礼にと武田に『アズール エ マサウエキ』に誘われているのだ。19時半の待ち合わせまで後5分しかない。

歩くのと変わらないスピードになってしまった車内で、先程までメールの確認をしていた携帯をしまい鏡を取り出す。わずかな明かりに照らされた表情から仕事の疲れを追いやる為に、必死で口角を上げた。




「ああ、良かった。道、分かりにくかったかなと思って心配してたんです。」

思いがけず個室に通され緊張していた夏希だったが、武田の柔らかい物言いに空気が和む。

「スイマセン、19時直前にメールが5件もきてしまって。」

「…ノー残業デーあるあるですね。」

そう、数年前から金曜日をノー残業デーとしたものの、一向に残業が減らず、強行策として19時以降は原則メール禁止となったのだ。

すると、今度は19時前に駆け込みメールが多発し、結局週末に仕事をする事態になっていることを恨めしく思っていた。

しかし、今日のように早い時間からゆっくりディナーができるのは、ノー残業デーという大義名分があってのことで、夏希は初めてこの制度をありがたいと思った。

「ごめんなさい、せっかく素敵なお店なのに仕事の話しちゃって。武田さんはこちらのお店、よくいらっしゃるんですか?」

「いや、実は僕も初めてなんです。料理仲間にデートでお勧めのお店を聞いてみたんです。」

デートという単語に嬉しさと気恥ずかしさがこみあげると同時に、料理仲間という単語に驚きを隠せないでいる夏希。すると、武田は慌てたように説明を始める。

「料理仲間って言っても、料理好きが集まって、飲みながら作るサークルみたいなのがあるんですよ。ほら、一人だと作るのも食べるのも大変じゃないですか。」

「すごいですね…。私、料理全然できなくて。」

デートと聞いて浮足立っていた気持ちがみるみる沈んでいく。そして料理ができないことに引け目を感じる自分がいた。

「大西さん、今、女なのに料理ができないのはダメで、男なのに料理ができるのはスゴイって思いました?」

目線を上げると、武田は悪戯っぽく微笑んでいる。

「そういう固定概念に苦しむ必要はないって習ったじゃないですか。」

弱みを見せるだけでなく、受け入れてもらえることがこんなにも心地良いなんて。夏希は夢見心地でペアリングのワインを堪能する。

すっかりほろ酔いになりワイングラスを置こうとした時、武田の真剣な眼差しに気付いた。

「大西さん、真剣にお付き合いしてもらえませんか?きっと、僕たち、上手くやっていけると思うんです。」

夏希が待ち望んでいた、然るべき男性からの正式な告白のはずが、なぜか喜べない。

嬉しくない訳じゃ無いのになぜだろう―。みるみる酔いが冷めていく。

笑顔で“ありがとう”と言えない代わりに、戸惑いと恥じらいの表情で応えるしかないのであった。

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