“恋”するための8つの処方箋

恋の一大イベント・クリスマスまで1カ月と少し。雑誌には、毎年恒例の「おねだりジュエリー」の文字が並び、街にはイルミネーションが灯り始めました。恋人がいない人にとっては、気持ちが段々焦りはじめるのがこの時期。また、恋人がいても「今の恋、このままでいいのかな…」と悩んでいる人もいるかもしれません。

「彼のことは幸せなんだけど、何かが足りない」
「好きな人がなかなかできない」
「好きになった人は、好きになってはいけない人だった」
「失恋の痛手から、なかなか立ち直れない…」

恋に対する悩みは、いつの世も変わらないものです。それならば自分の悩みは、すでに他の誰かが悩み、乗り越えたものなのかも。そんな先輩たちの経験は、きっと「恋の病」への特効薬になるに違いありません。

古今東西の恋を知るには、やっぱり読書がぴったり! そこで今回は、本選びのプロ・書店員さんにインタビュー。数々の名作の中から、「恋の処方箋」になる恋愛フレーズを教えてもらいました。

マンネリ気味な恋に悩む人へ


長く付き合っている恋人がいる人のなかには、「トキメキはもうほとんどないけど、別れるのはもったいない気がする…」と、惰性で付き合いを続けている人もいるのでは。でも、せっかくの恋を、なんとなくで続けるのはもったいないかも?
「今の恋を改めて見つめ直すきっかけ」を与えてくれる恋の処方箋を、ブックファースト新宿店・諏訪原香織さんに伺いました。

処方箋その1:坂之上洋子・著、野寺治孝・写真『結婚のずっと前』より

自分が間違っていたと気がついた時に、
素直にあやまることができる男は強い

相手が間違っていると思った時でも、
笑って許してあげられる女は強い

<坂之上洋子・著、野寺治孝・写真『結婚のずっと前』「つきあう相手」P.44〜45/二見書房>

「つきあう相手」を考えるとき、筆者が大切にしたいと思っていることを端的に表した言葉がこちら。

「長く付き合っていると、慣れもあってか、相手の良さがわからなくなってくることってありますよね。そんなとき、相手のふとした一面に気付かせてくれるのがこの本。『当たり前だと思っていたけど、素直にあやまれる人なんだな』と思えたら、彼がいつもよりキラキラして見えるかもしれません」(諏訪原さん)

本当にこの人でいいのかな…と思ったら、この本の言葉をきっかけに、相手を冷静に見つめ直してみましょう。「やっぱりこの人と一緒にいたい!」と二人の関係を一歩進めるのか、はたまた新しい恋を探す決心をするのか…。どちらであっても、きっと新しいステージに進むことができるはずです!

世界各国での暮らしを通して感じた「共通した女性の悩み」。Twitterで人気を博した筆者のつぶやきをまとめた一冊です。
『結婚のずっと前』坂之上洋子・著、野寺治孝・写真/二見書房 1,365円

処方箋その2:向田邦子・著『隣りの女』収録「胡桃の部屋」より

 桃子の手を振りはらうようにして、母親が呟いた。
「お母さん、一所懸命尽くしたと思うけどねえ、お父さん、何が不服だったんだろう」
 その一所懸命がいけなかったんじゃないの、と言いたかった。

<向田邦子・著『隣りの女』収録「胡桃の部屋」P.116/文春文庫>

長年サラリーマンとして真面目に働いてきた父親が、突然の失踪。しばらくたったある日、娘が母親に「(父親は今)女性と暮らしている」と告げた後のシーンです。

「母親が懸命に過ごしてきただろう『結婚生活』の重みを感じさせる、切ない場面です。この話を読んでいると、平凡に見える日々や関係にも、実は様々な感情が渦巻いているのかもしれないと気付かされます。家族にさえ知らない一面があるのだから、他人であればなおさら。ドロドロした人間模様を見ていたら、今の平凡な日々が愛しくなりました」(諏訪原さん)

どんなに安定しているように見える関係でも、いざ崩れるときはあっという間!? 恋人や友人、家族との何気ない時間を大切にしたくなる一冊です。

平凡な主婦が突然恋に落ちる様を描いた表題作をはじめ、絶筆「春が来た」を含む5篇を収録した、珠玉の短編集。
『隣りの女』向田邦子・著/文春文庫 520円

なかなか「恋」ができない人へ


忙しい日々では、恋するチャンスを見つけるのは難しいもの。でも、「恋なんてめんどくさい」「自宅と会社の往復で、好きな人ができるはずがない」なんて言葉で、自分から恋を遠ざけるのは悲しすぎる!
そんな人は、次の2つの処方箋に、恋から遠ざかりがちな背中を押してもらいましょう。

処方箋その3:山崎マキコ・著『ためらいもイエス』より

「…(中略)…姐さんが恋に疲れて親の言いなりに結婚するなんて、おいらは嫌だあ! 姐さんには、姐さんには、幸せになって欲しいんだよう」

<山崎マキコ・著『ためらいもイエス』P.48/文春文庫>

男っ気のない主人公は、28歳にして実は処女。お見合いをすると打ち明けた主人公に対して、主人公を慕う後輩女子が叫んだセリフがコチラ。

「後輩の女の子の嘆きとは裏腹に(笑)、このお見合いをきっかけにして主人公の『28年目の恋』が進んでいきます。お見合いなんて、と敬遠する人は多いかもしれませんが、運命の恋のきっかけなんてどこに転がっているかわからないもの。思い切って飛び出してみる、フットワークの軽さの大切さを実感します」(諏訪原さん)

また、この本では主人公が3人の男性からアプローチされる「モテ期」も描かれています。付き合うまでの駆け引きの楽しさも味わうことのできる一冊です!

仕事一筋、28歳にして処女という主人公に訪れた突然のモテ期。戸惑いながらも、まっすぐ進む主人公の姿を描いたラブストーリーです。
『ためらいもイエス』山崎マキコ・著/文春文庫 690円

処方箋その4:有川浩・著『阪急電車』より

だから、
一人で、
特に暇つぶしもせず、
表情豊かな人はとても目立つ。

<有川浩・著『阪急電車』P.10/幻冬舎文庫>

無表情で淡々と時間を潰す人が多い電車の中で、主人公の目を引いた女性を表した一節。

「電車の中でのふとした表情も、誰かの目に留まっていると思うと、背筋もぐっと伸びるもの。この作品とは逆に、自分が『何となく気になる人』を見つける可能性もあります。チャンスにあふれた空間だと思うと、明日の通勤が少し楽しみになってきませんか?」(諏訪原さん)

王子様はどこにいるのかわからない。そう考えれば「まわりにイイ男がいない」と嘆くことなく、「もしかしたら今日が出会いの日なのかも」とポジティブな気持ちになれそうです!

片道たった15分の、関西ローカル線。乗り合わせた人々の人生が交差しながら、心温まる人間模様が巻き起こっていきます。
『阪急電車』有川浩・著/幻冬舎文庫 560円

ブックファースト新宿店
東京都新宿区西新宿1-7-3 モード学園コクーンタワー 地下1階・地下2階 03-5339-7611

イケない恋に走りがちな人へ


イケナイ恋にはまってしまう女子のなかには、「禁断の恋ってスリルがあるんだよね〜」と豪語する、根っからの悪女もいるかもしれません。しかし、「このままでいいのかな…」と悩みつつも好きな気持ちが抑えられず、イケない恋から抜け出せない女子が大半なのではないでしょうか? そんなモヤモヤを晴らしてくれそうな処方箋を、ジュンク堂池袋本店・鎌田伸弘さんに教えてもらいました!

処方箋その5:サン=テグジュペリ・著、管啓次郎・訳『星の王子さま』より

「あいつってみんなからばかにされるんだろうなあ、王さまからも、うぬぼれ屋からも、大酒呑みからも、ビジネスマンからも。だけどさ、おれにとってばかばかしく見えないのはあいつだけだよ。それはたぶんあいつが、自分以外のものに熱心だからだな」

<サン=テグジュペリ・著、管啓次郎・訳『星の王子さま』P.81/角川文庫>

星の王子さまが宇宙を旅する中で立ち寄った、街灯が一本だけ立っている星。住人は、ひたすら街灯を点けては消してを繰り返す「点灯係」ただひとり。彼のことを思い出した、星の王子さまのセリフがコチラです。

「『自分以外のものに思いを寄せる』というのは、愛情の基本形だと思います。様々なしがらみによって複雑になる恋も多いですが、こんな風にシンプルな気持ちを持ち続けることが大切なのかもしれません」(鎌田さん)

複雑な関係に悩んでいる人は、「自分の気持ち、そして彼の気持ちはまっすぐだろうか?」と考え直してみては。進むべき道が、意外とすんなり見えるかもしれません。

砂漠に不時着した主人公が出会った、遠い惑星から来たという小さな「王子」。彼が旅してきたという星々の物語が胸を打つ、往年の名作です。
『星の王子さま』サン=テグジュペリ・著、管啓次郎・訳/角川文庫 500円
(c)角川文庫

処方箋その6:三島由紀夫・著『女神』収録「朝の純愛」より

 それとも二人だけの愛の思い出に生きていた、と云ったほうが適当かもしれない。…(中略)…玲子は五十歳の良人に、くりかえし二十三歳の面影を見出し、良輔は四十五歳の妻に、たえず十八歳のういういしさを発見していた。
 これはグロテスクなことだろうか?

<三島由紀夫・著『女神』収録「朝の純愛」P.316/新潮文庫>

年齢を重ね、若さを失った夫婦を描いた作品です。出会った頃の美しい面影を求め続けるために、二人は「ある手段」を取ります。

「二人が取った『手段』というのは、端から見れば利己的であったり、グロテスクに見えるかもしれません。しかし、見方を変えれば『愛をひたすらまっすぐ貫き通した形』とも言えます。ここまで突き詰めることができるのは、ある意味で幸せかもしれませんね」(鎌田さん)

三島が描いたのは、夫婦二人にとっては「究極の純愛」であっただろう形。ここまで愛を貫き通す覚悟…あなたにはありますか?

顔に火傷を負ってしまった妻の代わりに、娘を美の化身に育て上げようとする男。その美への執念を描いた表題作ほか、10篇を収録。
『女神』三島由紀夫・著/新潮文庫 540円

失恋の痛手から立ち直れない人へ


「失恋に効くのは次の恋」と言われても、立ち直るのには時間がかかるもの。失恋で傷ついた心と上手に向き合うための処方箋を紹介します。

処方箋その7:ジョイス・著、結城英雄・訳『ダブリンの市民』より

彼の好奇に満ちた目が妻の顔と髪に長らく注がれていた。そして当時、まだうら若い美しい娘のころ、妻がどんな様子であったかを考えてみると、不思議なやさしい憐れみが心に湧いてきた。この顔がもはや美しくないとは、自分自身にだって言うつもりはない。だが、これはマイケル・フュアリーが死を賭けたときの顔ではもはやあるまい。

<ジョイス・著、結城英雄・訳『ダブリンの市民』収録「死者たち」P.404/岩波文庫>

夫婦で参加したパーティの後、妻が語ったのは、少女時代に恋に落ちた少年、マイケル・フュアリーの思い出。熱い恋心を妻に捧げた末、命を落とした少年は、今も妻の心に棲みついていました。その話を聞いたあとの、夫の独白がコチラ。

「美しく語られる、もう取り戻すことはできないかつての恋。失恋の思い出が美しいまま心に残り続けるのは、それがもう取り戻せないからではないでしょうか。この話の中で、少年との美しい恋を思い出す妻は、誰よりも美しく魅力的に描かれています。美しい思い出は、人の奥行きをぐっと広げてくれるのかもしれません(鎌田さん)」

失恋直後は思い返すのもつらい「終わってしまった恋」。それを心を照らす宝物に変えることができたら、次もきっと素敵な恋ができるはずです。

『ユリシーズ』で知られる、アイルランド出身の小説家ジョイスによる短編小説集。アイルランドの閉鎖的な市民階層の生態を描いた全15篇を収録。
『ダブリンの市民』ジョイス・著、結城英雄・訳/岩波文庫 903円

処方箋その8:絲山 秋子・著『袋小路の男』収録「小田切孝の言い分」より

「しない男よりする男の方がいいに決まってるよ、絶対」
「どうして? じゃああれ? 好きになってー、映画見てー、手つないでー、キスしてセックスしてー、子供が出来て結婚がゴール? その一つでも欠けていたらダメな関係なの? まさか!」

<絲山 秋子・著『袋小路の男』収録「小田切孝の言い分」P.89/講談社文庫>

高校時代の先輩、小田切を思い続ける主人公・大谷日向子。日向子の気持ちを知りながら、恋愛関係になろうとはせずつかず離れずの距離を保つ小田切。日向子も無理に踏み込もうとはせず、社会人になっても二人の関係は変わりません。そんな日向子を見かねた友人と、日向子の会話がコチラです。

「どんなに振り向いてくれなくても、どんなにダメな男であっても、一途に相手を思い続ける主人公の姿が清々しいです。彼女を見ていると、『恋が上手くいく』『失恋する』なんて結果に一喜一憂するのがつまらないことに思えてきます」(鎌田さん)

好きな人とのもどかしい距離。二人の結末が「恋愛」や「結婚」ではなかったとしても、二人にしか分からない関係性や空気を大切にすることは、一つの愛の形といえるのではないでしょうか?

指一本触れないまま、12年間相手を思い続けるーー主人公の一途な姿を描いた川端康成文学賞受賞の表題作を含む、3篇を収録。
『袋小路の男』絲山 秋子・著/講談社文庫420円

自分の恋に効く処方箋は見つかったでしょうか。恋の処方箋を活用して、今年の冬は、本の中で描かれていたような「自分だけの恋愛ストーリー」を描きましょう!

ジュンク堂書店 池袋本店
東京都豊島区南池袋2-15-5 03-5956-6111
(構成・文:K-Writer's Club 筋田千春)