「朝ドラが最大の転機に」趣里、夫のトラブルも跳ねのけ“産後2カ月”でスピード復帰。30代から飛躍する“遅咲き”の強さ
変わり者ながら鋭い観察眼を持つ税関職員役を好演し、お仕事ドラマとしてシリーズ化も期待されるなど、大きな注目を集めています。
私生活では2025年、BE:FIRSTの元メンバー・三山凌輝さんと結婚し第一子を出産。夫の結婚前後の女性問題という逆風も吹きましたが、趣里さんは出産からわずか2カ月で復帰。周囲の雑音をものともせず堅実にキャリアを重ねる強さを見せています。
人生を揺るがす挫折、「大物二世」という世間からの視線、私生活での本人には非の無いのトラブルに見舞われながら、数々の逆風を実力で跳ね返してきた趣里さん。決して平坦なものでは無い道のりの中で、いかに“遅咲き主演女優”の座に登りつめたのでしょうか。
趣里さんのタフさの原点は、10代半ばに経験した大きな喪失にあります。4歳からクラシックバレエに没頭し、15歳で単身イギリスへ留学。将来はバレリーナになると疑わなかった彼女ですが、アキレス腱断裂と剥離骨折の大怪我をした際、医師の宣告により帰国を余儀なくされます。
後の『FRaU』(講談社)インタビューでは、人生の全てをかけてきた夢を突然奪われ「すべてを失った」と、ひきこもり状態に陥ったことを明かしています。しかしこの挫折こそ、後に彼女を俳優の道へ貪欲に向かわせる原動力となっていくのです。
◆「水谷」姓を外して芸能活動した思い
失意のどん底にあった趣里さんは、気を紛らわせるべく参加した俳優養成所のレッスンで芝居の面白さに目覚めます。ただ、彼女の父は水谷豊、母は伊藤蘭という言わずと知れた大物芸能人。親の七光りというプレッシャーを感じながら、人一倍の覚悟を持って役者の世界に飛び込みます。
当時の本名「水谷」姓を外し趣里名義で活動してきたことは、親の名を使わずに真っ向勝負したいという思いもあったのではないでしょうか。
◆全裸で疾走!体当たりの演技を厭わない実力派
2011年、20歳で『3年B組金八先生ファイナル~「最後の贈る言葉」』(TBS系)にて5歳下の中学生役で俳優デビューを果たします。ただ、決してすぐに売れた“二世”ではありません。
その後、大学を中退して舞台を中心に地道に経験を積み、2013年に映画『おとぎ話みたい』で「恐るべき演技」と評され、映画賞で最優秀女優賞を受賞。一歩ずつ自らの力を証明していきます。

