2023年にフランス・リヨンで開催された世界最高峰の洋菓子コンクール「Coupe du Monde de la Pâtisserie 2023(クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー)」で、日本代表チームの16年ぶりとなる総合優勝に貢献した柴田勇作シェフ。

東京で生まれ、世界の舞台で頂点に立ち、その後に選んだ場所は徳島だった。そこで出会った素材や人、風土をお菓子へ落とし込み、2024年には徳島に「PRISM LAB」をオープン。

そして今、その経験を携えて再び東京へ。スイーツ好きはもちろん、多くの人が待ち望んでいた東京店が8月8日青山にオープン。「PRISMIC」は、徳島の店をそのまま東京へ持ってきた2号店ではない。柴田シェフが培ってきた技術、徳島で出会った素材、そしてアートやカルチャーまで。さまざまなものが交差し、新たな光へと変わっていく場所だ。

世界一のその先で、柴田シェフが描こうとしている新しいスイーツの世界を訪ねた。

「Coupe du Monde de la Pâtisserie 2023」で世界一に。柴田勇作シェフが放つ、徳島の魅力

柴田勇作シェフは東京生まれ。幼少期をハワイで過ごし小竹向原の名店「CRIOLLO」や「ザ・ペニンシュラ東京」などでパティシエとして研鑽を積んできた。

国内外のコンクールにも挑戦を続け、2019年の「トップ・オブ・パティシエ in Asia」では総合準優勝、味覚部門最優秀賞を受賞。2021年にはイタリア・ミラノで開催された「The World Trophy of Pastry Ice Cream Chocolate 2021」でショコラ部門優勝、チーム総合優勝を果たした。

そして2023年。「Coupe du Monde de la Pâtisserie 2023」に日本代表として出場。アイスケーキを担当し、日本代表チームを16年ぶりとなる総合優勝へと導いた。そんな華々しい経歴を持つ柴田シェフだが、現在のものづくりを語るうえで欠かせない場所がある。

それが、徳島。

きっかけとなったのは、2019年の大会に向けた素材探しの中で出会った徳島県那賀町・木頭地区の「木頭柚子」。ショコラという力強い素材と合わせても埋もれることのない鮮烈な香り。その柚子を使ったボンボンショコラは大会で味覚部門最優秀賞を受賞した。

ひとつの素材との出会いは、やがて柴田シェフの人生そのものを動かしていく。

木頭柚子だけではなく、その土地の自然や文化、生産者たちに惹かれ、2022年には家族やスタッフとともに徳島へ移住。そして2024年2月、徳島市万代町に自身の拠点となる「PRISM LAB(プリズム ラボ)」をオープンした。

運河沿いに建つ大きな倉庫を生かした店内は、その名の通り“LAB=研究所”のような場所。店舗の6割以上を製造スペースが占め、パティシエだけでなく、生産者やアーティストなど、異なる分野の知識や技術を掛け合わせながら、新しいお菓子の可能性を追求している。

ここで生まれてきたのは、単なる“徳島土産”ではない。

木頭柚子、阿波番茶、和三盆、鳴門の塩……。土地に根付く素材を、世界の舞台で磨いてきた技術と柴田シェフならではの感性によって再構築する。徳島という土地との出会いが、「PRISM」というブランドに新しい色を与えていったのだ。

「PRISMIC」で体験する、「技術」と「カルチャー」の交差

そんな徳島での活動から約2年半。次なる舞台として選んだのが、東京・青山。

「PRISMIC」という名前は、「artistic」や「authentic」のように、“PRISM的な”という意味を込めて生まれた造語だという。

プリズムに光を通すことで七色の光が生まれるように、人と人、土地と素材、文化と技術。異なるものとの出会いによって新しい表現が生まれていく。その思想を東京という街で形にしたのが「PRISMIC」だ。

店は、スイーツギフトを購入できる「ブティック」と、デセールを体験できる「ショールームサロン」という2つの顔を持つ。

徳島「PRISM LAB」が、大きな空間で自由に研究と創作を行う“LAB”だとすれば、東京はわずか14坪。一見すると対照的だ。

しかし、その限られた空間だからこそ、中央には約4メートルにも及ぶ大きなイチョウの一枚板のテーブルを配置。客席から見えるキッチン内のコールドテーブルや機器類はすべて内装の色に統一されており、世界観の演出は抜かりない。

ブティックに並ぶ菓子もまた、徳島から東京へと続くPRISMの現在地を映したものだ。徳島で人気の「カヌレ・イデアル」を東京のために再構築し、阿波番茶、徳島県産和三盆由来の黒糖蜜、鳴門の塩を使用した「AWAカヌレ・イデアル」も注目の一つ。

柴田シェフの人生を大きく動かした木頭柚子を使い、米粉だけで仕立てた「木頭柚子バウム」や、販売のたびに完売を繰り返す「木頭柚子ピールショコラ」など、徳島で得た風景や記憶までも東京へと運んでくる。

ここにあるのは“地方の素材を使った東京土産”という一方向の関係ではない。徳島で生まれたものが東京で別のカルチャーと出会い、また新しい表現に変わっていく。それこそが「PRISMIC」。

ドラマチックな“美味しさ”のランデヴー--約束された出会い

「PRISMIC」を象徴する一品として、まず手に取りたいのが「Rendezvous(ランデヴー)」。フランス語で、“待ち合わせ”や“約束された出会い”という意味を持つ言葉だ。

ノワールのガナッシュにキャラメル、胡桃、サブレで構成。チョコレートの深い香りからキャラメルの余韻へ、そこに胡桃の香ばしさと食感が重なり、ひと口の中で異なる個性が順番に現れていく。

ただ何かを足して豪華にするのではなく、それぞれが出会ったときにいちばん美味しくなる場所を探すような構成。まさに、味覚の“ランデヴー”。

着想のひとつとなったのは、中国で縁起物として親しまれる月餅。表面にはステンドグラスを思わせる八つの窓が配され、その周囲を「PRISMIC」の頭文字である「P」が花びらのように囲む。

さらに印象的なのが、そのパッケージ。箱のデザインまで柴田シェフ自身が手掛けており、その背景には「八卦」の思想もあるという。8という数字は、PRISMICにとって偶然ではない。店が誕生したのは、令和8年8月8日。八角形のパッケージを開き、その中からもうひとつの“八”を思わせる菓子が現れる。

お菓子そのものだけではなく、名前、形、箱、そして誰かへ贈るという行為までがひとつの物語としてつながっている。

「人と人、食材と土地、文化と知識、技術と個性」

一見すると偶然に見える出会いが、振り返ってみれば必然だったと思えることがある。柴田シェフと木頭柚子がそうだったように。この小さな菓子にもまた、そんなドラマチックな“美味しさの出会い”が閉じ込められている。

“ひみつ”のカウンターで出会う、「デザートの美学」

そして「PRISMIC」のもうひとつの顔が、2026年9月末からスタート予定の「ショールームサロン」だ。

店の奥に用意されたカウンターでは、柴田シェフと、PRISMICのシェフパティシエ・飯塚美穂シェフによるアシェットデセールを体験することができる。

飯塚シェフは「CRIOLLO」でショコラティエとしてキャリアをスタートし、「ARMANI / RISTORANTE GINZA」、ニューヨークの「ARMANI / RISTORANTE」など、国内外のレストランでデセールの経験を積んできた人物。東京の二つ星フレンチレストラン「HOMMAGE」ではシェフパティシエも務めた。

世界大会で競技菓子を極限まで磨いてきた柴田シェフと、レストランという場所で“その瞬間に完成するデザート”と向き合ってきた飯塚シェフ。

ここで披露される予定なのが、2023年の世界大会で日本代表が発表した作品を、現在の柴田シェフが再構築したデセールだ。

例えば「木頭柚子のフローズン・ロリポップ」。

大会テーマだった「気候変動」から着想し、“風”を表現した作品で、薄いチョコレートの中には木頭柚子のパルフェやジュレ、クリーム、ヘーゼルナッツのプラリネを忍ばせる。

世界大会ではトップに回転するプロペラ型の飴細工を施したが、PRISMICでは鳥の羽を思わせる繊細な飴細工へ。わずかな振動で揺れる姿まで含めて、ひとつのデザートが完成する。

もうひとつのフローズンデザート「BRISE(ブリーズ)」では、大会当時のココナッツのアイスとパイナップルのソルベを軸にしながら、それ以外の構成を再設計。

つまりここで味わえるのは、2023年に“世界一”となったデザートの再現ではない。

世界一になったあの日から、さらに時間を重ね、土地と出会い、人と出会い、考え続けてきた柴田シェフたちの“現在形”なのだ。

目の前でひと皿が組み立てられ、温度や食感、香りが刻々と変化していく。ショーを見るようであり、研究の途中を覗いているようでもある。

完成された作品をただ鑑賞するのではなく、その瞬間にしか存在しない美味しさに立ち会うこと。

そこには、持ち帰るお菓子とはまた違った、デザートの美学がある。東京で生まれ、世界へ挑み、徳島へ。そして再び東京へ戻ってきた柴田勇作シェフ。けれど、その軌跡はきっと東京へ“戻った”という言葉だけでは表せない。

徳島で出会った素材や風景、人とのつながり。世界大会で突き詰めた技術。そして東京という街に流れるファッションやアート、カルチャー。それらがプリズムを通る光のように重なり合い、これまでになかった色を放ちはじめている。

「PRISMIC」は、ひとつの完成形ではなく、新しい出会いが生まれる場所なのかもしれない。徳島から東京へ、そして世界へ。次はここから、どんな光が生まれるのだろうか? 楽しみである。

About Shop
PRISMIC(プリズミック)
住所:東京都渋谷区渋谷1丁目7-2 VORT渋谷eastⅡ 1階
営業時間:11:00~19:00 ※変更の場合あり
定休日:不定休
ショールームサロン:2026年9月下旬スタート予定

Photo&Writing/坂井勇太朗(ufu.編集長)