「ですが、そのカップルは山頂標識の前で当然のように陣取って、自撮り棒を何度も伸ばしたり縮めたりしながら撮影し始めたんですよね」

カップルは「背景が微妙!」「もっと右!」「もう一回!」と、そんなやり取りを延々と繰り返し、自分たちの表情や景色の入り方が少しでも気に入らないと何度でも撮り直したそう。

「せっかく登ってきたのに、なんでこんなカップルのイチャつき写真のために私が足止めされなきゃいけないの? とため息をついたその時……それまで青空だった山頂に、ふわりと大きな雲が流れ込み、あっという間に景色は真っ白になってしまって」

 まるでタイミングを見計らったかのように、山頂を覆う雲。眼下に広がっていた壮大な景色は一瞬で姿を消してしまいました。

◆ぶーたれた表情で山頂を後にしたカップル

「あれ? さっきまでよく見えていたのに! マジムカつくんだけど」と慌てるカップルでしたが、もう絶景はどこにもありません。

 周囲からは「もう、早くしないから絶景写真撮れなかったじゃん」「バチが当たったんじゃないの?」「神様がいい加減にしろって言ってんのよ」という声も聞こえてきました。

「結局カップルは『絶景バックで撮れないなら意味ねーし、こんな暑くて虫の出るとこ早く降りよ』とぶーたれた表情で山頂を後にして……。山の天気は変わりやすいし、少し待てばいいのにと思っていたら、案の定、しばらくして雲が流れて美しい景色が再び姿を現したんですよね(笑)」

◆譲り合う人たちに戻った穏やかな山頂

 譲り合いながら待っていた登山者たちは、「きれいですね」「待ったかいがありましたね」と笑顔で声を掛け合いながら写真撮影を楽しんだそう。

「山頂には再び穏やかな空気が戻り、私も絶景写真を撮ることができました。それにしても、あのカップルにはイライラしましたね」と微笑む果穂さんなのでした。
<文・イラスト/鈴木詩子>

【鈴木詩子】
漫画家。『アックス』や奥様向け実話漫画誌を中心に活動中。好きなプロレスラーは棚橋弘至。著書『女ヒエラルキー底辺少女』(青林工藝舎)が映画化。Twitter:@skippop