小島秀夫のan‐an‐an、とっても大好き○○○○⚫︎:第39回目『ひとり美術館』
小島秀夫の右脳が大好きなこと=○○○○⚫︎を日常から切り取り、それを左脳で深掘りする、未来への考察&応援エッセイ「ゲームクリエイター小島秀夫のan‐an‐an、とっても大好き○○○○⚫︎」。第39回目のテーマは「ひとり美術館」です。
ゴールデンウィーク直前の4月28日、朝の定例会で「監督は、いつから休みですか? 明日から連休を取る人も多いようですよ」と、教えられた。席に戻って、卓上に埋もれていた“浜辺美波”(注1)さんのカレンダーを掘り起こした。なるほど、4月29日は水曜日だが、“赤”になっている。公式の5連休には含まれないが、単日の祝日らしい。
「困ったな」
ゴールデンウィークは毎年、子供と旅行に出かける。今年は、5月2日から5日まで、3泊4日の国内旅行を予定していた。やるべき仕事が山のようにあるので、今年もカレンダー通りに連休を取るようにしていた。制作サイドのスタッフたちの予定表を見てみると、やはり連休前の“昭和の日”である飛び石連休を5連休に繋ぎ、その週末の平日も休暇を取得、12連休にする人が多いようだ。長期休暇を利用して、普段できないことにチャレンジする、日常とは異なる刺激を浴びることは、クリエーターにとっては重要だ。ただ、僕の場合、旅行先でも仕事脳の“オフ”は徹底出来ず、考え事をしてしまう。そういう意味では、僕の物創りには連休はない。
12連休中、連携するスタッフが休暇を取ると、僕の制作業務が不便にはなる。ただ僕が“困った”のは、スタッフの長期連休ではない。明日に迫った“突然の祝日”の方だ。まだ予定を決めていない。どこへも行かず、昼まで寝るか? 溜まった本を読むか? 古い名作映画を観直すか? 家で仕事をするか? 最近は、休日には、子供と映画や美術館、季節を享受する行楽などに行き、帰りに買い物をして過ごすのが慣習だった。
そこで、明日の都内イベントを探ってみたところ、候補はすぐに見つかった。「ロン・ミュエク」展(注2)が、なんと明日から森美術館で開催されるというのだ。ロン・ミュエクはオーストラリア生まれの、ハイパーリアリズムの彫刻で知られる現代アートの鬼才。日本の展示は、2008年に金沢21世紀美術館で開催されて以来、18年ぶりという。写真集を見て、興味を持っていたものの、実物は一度も見たことはなかった。こいつは、“突然の休日”から出た“突然の僥倖”だと歓喜した。
すぐさま、予約を取るために、スマホを立ち上げる。ロン・ミュエク展は、コロナ禍以降に定着した“時間指定”(注3)だった。当日券では入場出来ない可能性が高い。明日の予約状況を見る。既に昼を回っていたので、明日の朝イチの予約は全て埋まっている。午後からの回なら、まだ空いているようだ。すぐに予約を入れないと、埋まってしまう。子供の予定を聞いている暇はなかった。学生なので、明日は休みのはずだ。森美術館のサイトにログイン、午後イチの回を2名で予約した。ほっとした後、ロン・ミュエク展の予約完了画面を子供にメールし、仕事に戻った。
しばらくして子供から返事が届いた。「明日は学校があるので、行けません」と。ええ? 昭和の日でも学校あるの!? 令和やから? もうキャンセルは出来ない。休日、美術館に付き添ってくれるような友人もいないし、思い当たる洒落た知人もいない。仕方なく、ひとりで美術館に行くことにした。
昭和の日、ひとり六本木ヒルズへ向かった。地下鉄の改札を出て、“メトロハット”(注4)を潜り抜け、六本木ヒルズの正面に佇む巨大な“ママン”(注5)とひとり対峙する。時計を見ると、予約時間にはまだ早い。時間を潰すため、ヒルサイドB2Fにあるレゴ ストアにひとり向かう。予約時間が迫ったところで、地下からひとりエレベーターに乗り、3階にある展望台・美術館の入口へ。「ひとり、来られなくなりました」と、受付でひとりチケットを見せる。外国人観光客らと専用エレベーターに押し込まれ、展望台(東京シティビュー)のある52階へ。用心のため、ひとりトイレに行ってから、専用エスカレーターを登り、森美術館入口の待機列にひとり並ぶ。ヒルズという場所柄、ひとりで来ている人は、ほとんど見かけない。ゲートでひとり分のチケットを見せて、入場する。
ロン・ミュエク展は、素晴らしかった。実物の作品群には、圧倒された。彫刻ともフィギュアとも生身の人間とも違う。カメラ撮影もOKだったが、これは対面してみなければわからない。まさにデジタル媒体では伝わらない“アナログ体験”の作品群だ。まだ全49作しかない寡作のロン・ミュエク作品からの11作(うち日本初公開は6作品)を、間近で目撃出来た。見たかった「ガール(A Girl, 2006)」や「ボーイ(Boy, 2000)」「デッド・ダッド(Dead Dad, 1996-1997)」は、展示されてはいなかったが、大満足だ。
出口にあるグッズコーナーでひとりグッズを買った。行きつけのカフェでコーヒーとケーキをひとり注文。カフェの椅子にひとり座り、戦利品である図録とTシャツ、ポストカードを取り出す。図録を開き、展示会をひとり振り返る。すると、「エンジェル(Angel, 1997)」という有名な作品をひとつ見逃していたことがわかった。子供となら、見逃すことはなかったはずだ。連休明けの週末にでも誘って、もう一度来よう。この感動は、子供にも味わわせてやりたい。
帰宅後、学校から帰ってきた子供に、お土産と図録を渡した。彼は図録を引っ掴むと、自分の部屋に消えた。興味があるようだ。
ふたりの連休は、金沢で子供と投宿。金沢では、観光地を回りながら、国立工芸館の「ルネ・ラリック展」、金沢21世紀美術館の「中村佑介展」を、ふたりで訪れた。
連休明けに、ロン・ミュエク展に誘ってみたが、東京都美術館で行われている「アンドリュー・ワイエス展」に行きたいとのこと。子供の意見を優先して、ふたりで上野に。ふたりで美術館、ふたりでグッズコーナー、ふたりでランチ、ふたりでカフェ。そして、いつものルートをふたりで辿った。子供が子供である時間は短い。このことを、親は忘れがちだ。いつかは親から離れて、巣立っていく。大人は、誰しもひとりに戻る。いつかは、ひとりの週末が訪れる。ひとりの連休が訪れる。ひとりで休日を過ごす。ひとりで世界を感じる。ひとりで生きる。今回の“ひとり美術館”は、そんな“ひとりの休日”を考えるきっかけになった。
注1:浜辺美波 俳優。開発中の小島監督の新作諜報アクションゲーム『PHYSINT』にも出演。
注2:「ロン・ミュエク」展 六本木・森美術館で9月23日まで開催されている、オーストラリア出身・イギリス在住の現代美術作家、ロン・ミュエクの大規模展覧会。
注3:時間指定 展覧会やイベントで、来場日時の枠を指定して購入するチケット。
注4:メトロハット 六本木ヒルズのシンボルの一つである、円形の大型ビジョン。
注5:ママン 六本木ヒルズ森タワー前に設置されている高さ約10mの蜘蛛のオブジェ。フランスの芸術家、ルイーズ・ブルジョワの作品。
今月のCulture Favorite



こじま・ひでお 1963年生まれ、東京都出身。ゲームクリエイター、コジマプロダクション代表。1987年、初めて手掛けた『メタルギア』でステルスゲームと呼ばれるジャンルを切り開き、ゲームにおけるシネマティックな映像表現とストーリーテリングのパイオニアとしても評価され、世界的な人気を獲得。世界中で年間最優秀ゲーム賞をはじめ、多くのゲーム賞を受賞。2020年、これまでのビデオゲームや映像メディアへの貢献を讃えられ、BAFTAフェローシップ賞を受賞。映画、小説などの解説や推薦文も多数。ゲームや映画などのジャンルを超えたエンターテインメントへも、創作領域を広げている。

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★次回は、2504号(7月15日発売)です。
写真・内田紘倫(The VOICE)
anan 2500号(2026年6月17日発売)より


