「父の再婚はネットニュースで知ることもあります」と語るのは、ビッグダディこと林下清志さんの三女でプロレスラーの林下詩美さん。8度も結婚を繰り返す破天荒な父と言いながらも、口を衝いて出たのは、溢れんばかりの父への感謝と愛でした。

【写真】「あまりにそっくり」父への愛が溢れまくった詩美さんの力作(11枚目/全16枚)

6月に8度目の結婚を発表した父に思うこと

4歳頃の詩美さん

── 今年6月に8回目の結婚を発表した詩美さんの父、ビッグダディこと林下清志さん。お父さんは3回ほど同じ相手との結婚・離婚を繰り返した後、テレビにも登場した美奈子さんと結婚。3人目以降は一般女性と結婚されたそうですね。詩美さんは最初の妻の子どもにあたり、8人きょうだいのうち、上から5番目の三女になるとのこと。娘から見て、お父さんの結婚歴についてどう思いますか?

林下さん:めっちゃすごいなって思います。8回って!しかも最初の3回は同じ人ですからね、ホントすごいですよ。面白すぎる。

── それは、子どもの頃からそう思えたのでしょうか。または大人になった今だから落ち着いているのか。

林下さん:子どもの頃からとくに何も思わなかったですね。父が再婚するときに「俺の奥さんであって、お前らのお母さんじゃないから」とずっと言われてきたので、父が誰と一緒になっても私のお母さんは実の母だけなんです。

もちろん全然冷たい意味ではなくて、父の人生と私の人生は別ですし、「あぁ、また新しい奥さんがきたな」って思うくらいで。父が何度も離婚、再婚を繰り返すうちに慣れていったのかもしれないですけどね。

かつてはネットニュースで知った父の再婚

── お父さんの再婚はどのタイミングで報告を受けるのでしょう?

林下さん:美奈子さんのときは私が中学生になる頃だったので、事前に聞いた気がしますが、それ以降は私が高校から学校の寮に入っていたし、卒業後は東京でひとり暮らしをしていたので、事後報告とか、ネットニュースで知るとかでした。

── 父親の再婚をネットニュースで知ると。

林下さん:はい、ほかのきょうだいもそんな感じだと思います。「また再婚してるやん!いつの間に」って。家族のLINEグループがあるので、父の再婚のニュースを貼った気がしますね。今回の8回目の結婚に関しては、父にたまたま電話をする用があったので、「今から婚姻届を出しに行くんだ」と聞きました。娘としては素直に嬉しいですし、応援したいです。

── 8回も結婚されるのは人としてかなり魅力がある方なのかな、と思いますが。

林下さん:どうなんですかね。結婚したいって思ったらすぐにしちゃうのかな。父はテレビで見ての通り、自由で破天荒な人ですが、誰に対しても愛情深いし、再婚した連れ子に対しても同じように愛情を注ぐんですよ。いつも家族のことを考えて動いてくれるし、意外とああ見えて誠実なのかもしれないですね。嘘つかないし、私も父が大好きだし、父がいたから生きてこられた。

── お父さんへの愛が溢れていますね。詩美さんが子どもの頃は、お父さんとどんなふうに過ごしてきましたか。

林下さん:父は仕事に家事に忙しかったと思いますが、子どもたちとの時間をかなり作ってくれたと思います。当時、父は接骨院で働いていました。仕事が終わって帰宅すると、カラーバットを持って「みんなで野球しに行こう!」「散歩に行くぞ」って、父はしょっちゅう子どもたちを連れ出してくれました。誰かが「宿題がある」と言っても「家族と宿題、どっちが大切なんだ」って言っちゃうくらい、家族の時間を大事にしていました。

父が毎朝子どもたちを起こし、朝ご飯を出し、子どもたちが学校に行く頃には父の仕事が始まっていて。夕方仕事が終わって戻ってくると子どもたちと遊び、家事をし、子どもたちが寝た後にまた別の仕事に行って、朝戻ってきて少しだけ寝る。そんな日々だったと思います。

大家族で家計厳しくも、父の愛に溢れた家庭だった

プロレスラーになった今、父の誕生日を抱っこでお祝い

── かなりハードですが、大家族となると食事の準備や食費のやりくりも大変そうです。

林下さん:食事の準備はときどき上のきょうだいが手伝っていましたが、食費はかなりカツカツだったと思います。夜ご飯は白米に醤油をかけるだけの日もあったし、白米とおみそ汁があれば「今日は豪華」、さらに卵焼きが出たら「なんていい日だ!」って思いました。たまには大皿におかずがドンって乗って、昭和の大家族のように早い者勝ちで食べる日もありましたが、鶏の唐揚げとか、そんないいものは出てこないですよ。

肉野菜炒めと言いつつほとんどもやしとか。あとは、具のないお好み焼きもよく出ましたが、ペラッペラで薄くて、ギュッと丸めたら拳に入りそうな感じです。テレビで「お米がないから小麦粉を使った料理ばっかり食べてる」と放送したら、番組を観た視聴者の方がさらに大量に小麦粉を送ってくれたこともありました。そのおかげで家族が食いつなげたので、ありがたかったんですけどね。

── しかし、食べ盛りの子どもたちにとってはお腹が空きそうな…?

林下さん:お腹は常に空かせてました。でも、小学生の頃は奄美大島に住んでいて、とても自然に恵まれた環境だったんです。おかずがなければみんなで木の実を取ったり、海で魚を釣ったり、海老を獲ったり、畑で野菜を収穫したり。お誕生日にケーキはなかったけれど、主役の子が好きなおかずをなるべく出すとか、ちょっと人より多めにおかずをよそうとかしていましたね。

父がなんでも楽しんでやっていたし、子どもたちがたくさんいて賑やかだったので、お腹が空いても全然、悲壮感はなかったんです。私も家族が大好きなので、みんながいれば満足だった。

── 改めて、林下さんにとってお父さんはどんな存在ですか?

林下さん:子どもの頃から今もずっと、絶対的な存在ですね。いつも子どもたちを大切にしてくれたし、これ以上ないくらいの愛情を注いでもらいました。人に挨拶をしないとか、家族の信用が崩れるようなときはきっちり怒りますが、自分が疲れたからと言って子どもに八つ当たりすることはなかったし、愛に溢れた環境で育ててもらったと思います。

父が何度結婚して、離婚しても私にとっては唯一の父です。家族がよりどころになっているのも、父が家族を大事にしてくれたからだと思っています。

取材・文:松永怜 写真:林下詩美