透き通る海と、どこまでも続く青い空。

ゴルフやショッピング、マリンスポーツなど、様々な魅力が詰まったハワイ。

2022年に行われたある調査では、コロナ禍が明けたら行きたい地域No.1に選ばれるほど、その人気は健在だ。

東京の喧騒を離れ、ハワイに住んでみたい…。

そんな野望を実際にかなえ、ハワイに3ヶ月間滞在することになったある幸せな家族。

彼らを待ち受けていた、楽園だけじゃないハワイのリアルとは…?

◆これまでのあらすじ

由依(35)と夫の圭介(38)は家族でアラモアナの高級マンションで3ヶ月間の短期移住をすることに。そこに、圭介の元妻である直子が突然やってきた。家で話し合いをしていると、子どもたちが帰ってくるが、愛香の姿がなく…。

▶前回:突然、離婚を突きつけられて驚く男。数年後、ようやく妻が出ていった理由を知り…




Vol.11 愛香の失踪


「愛香ー?どこにいるの…?」

家の中を探し回るがいない。すると、日菜子が言った。

「由依ちゃん、半ドアになってる…」

家のドアは安全上ゆっくりと閉まるため、最後まできちんと閉めなければ、半ドアになることがある。

「ちゃんと閉めたんだけど…」

「愛香が勝手に出て行ったの…?」

由依たちは慌てて廊下に出てみるが、愛香の姿は見えない。エレベーターを確認すると、一つはロビーに、一つは駐車場のある階に止まっていた。

「日菜ちゃん、いつ帰ってきたの?愛香は何か言ってた…?」

「何も。でも“愛香は私の実の子“っていうのが聞こえて…」

うろたえながら答える日菜子の言葉を聞いた由依は、冷静さを欠いて直子に問いただす。

「愛香は直子さんのこと、どこまで知ってるの?まさか、全部話したの?」

由依の勢いに圧倒され、直子は顔をしかめた。

「…母親だとは名乗ったことはないけど、少しは気がついてたんじゃないかしら。私にすごく懐いていたし」

「いつから愛香と勝手に会ってたんだよ」

圭介が声を荒らげたところで、日菜子が言った。

「とりあえず!まずは愛香を探そうよ。私と春斗は家で待機してるから、大人たちは外を探して」

日菜子の言葉に、全員がハッとする。

時刻は17時。まだ日は出ているが、ここは日本ではない。10歳の子どもが1人で歩き回るのは、非常に危険だ。

「わかった、じゃあ直子さんはエントランスオフィスで聞いて周辺を探して。圭介は建物内を。私はショッピングセンター内を探してみるから。何かわかったらすぐに連絡して」

そうして3人はそれぞれ分かれ、愛香を探し回った。




オフィスやすれ違う人たちに写真を見せて聞きまわるが、何も情報がない。

1人で遠くまで行くとは考えられないが、それでも探すのは困難だ。

時間は刻々と過ぎていく。30分が過ぎ、1時間が過ぎ、2時間が過ぎ…。

アメリカは特に、子どもの誘拐が多い。もし誰かにさらわれてしまったらと考えると、由依たちは身を引き裂かれる思いだった。

「何かわかった?」

「ううん、やっぱり警察に連絡を入れよう」

19時を過ぎ、日も暮れ始めている。

震える由依の肩を圭介は抱きながら、スマホを取り出し、警察に連絡を入れようとした。

その時…。

由依のスマホの着信音が鳴る。慌ててスマホを確認すると、日菜子からだ。

「由依ちゃん?愛香、見つかったよ!」

「見つかったの!?よかったー…」

安堵でその場にへたり込む由依の手から、圭介がスマホを取って話を続けた。

「愛香は?家に帰ってきたのか?」

「ううん、それがね…ちょっと代わるね」

そう言うと、日菜子は誰かに自分のスマホを渡した。

「もしもし…?」

「あ、はい。えっとあなたは…?」

電話に出たのは、同じマンションに住むエミリだった。

「エミリです。愛香ちゃん、うちにいるので安心してね。ただ、今は誰にも会いたくないって言ってるから、そのまま少し休ませるわね」

「すみません、ご迷惑をおかけして…」

圭介はやっと落ち着き、大きく息を漏らして電話を切った。

エミリいわく、ショッピングセンター内の1階の駐車場に車を止めた時に、たまたま近くのベンチに1人でポツンと座っている愛香を見つけ、声をかけたらしい。

危ないから帰ろうというエミリに、愛香が「家に帰りたくない…」と呟いたため、仕方なく自分の家に連れて帰り、報告に来たのだった。

「落ち着かせたらうちに連れてきてくれるって。だからそれまで、家で待機しよう」

そうして由依たちは部屋へと戻ることにした。

当然のように由依たちについてきた直子は、「はぁ、疲れた。コーヒー淹れていい?」と我が物顔で振る舞う。

直子の振る舞いにイラ立ちを覚えた由依だったが、意外にも、彼女から温かいコーヒーを差し出された。

直子の手は、若干小刻みに震えている。

コーヒーを一口ゆっくりと飲むと、由依は口を開いた。




「あの…直子さんはいつから愛香と会っていたんですか?愛香はどこまで知っているんですか?」

「愛香と会ったのは、圭介から“愛香は私のことを知らない”って言われた日のあと。でも、ずっと愛香のことは気にして、よく見てたの」

直子はゆっくりとソファに座ると、コーヒーを優雅に口に含んだ。

そして、これまでのことを話し始めた。


直子の過去


直子が、圭介と結婚した時、愛香がすでにお腹にいた。

圭介は事業を立ち上げたばかりで、直子のフットエステサロンが、軌道に乗り始めた時。

「愛香のことは想定外だったけど、仕事も育児もなんとか両立してみせようと必死だったわ。

でも、現実は想像したよりも厳しかった。取り込み詐欺にあったの」

その詐欺の指揮をとっていたのが、直子が一番信頼していた社内の人間。




愛香が生まれ、職場復帰を考えていた時で、直子はパニックになった。

「けれど圭介は、自分の仕事が忙しいからって、私の話を聞く余裕もなかった。

私は愛香を育てながらも、その問題の対処に追われて、疲れ果てていたの」

ある日、愛香が部屋中にお米をぶちまけたのを見て、直子は思わず叩いてしまう。

その時、愛香が倒れて顔に怪我をした。

「大事には至らなかったけど、たった9ヶ月の子を怪我させてしまったことがショックで、涙が止まらなくなったの。

このままでは、私は愛香を傷つけてしまうし、自分も壊れてしまうって」

それで、直子は家を出た。

初めは「少し距離を置こう、体制を立て直して迎えに来よう」と思っていた。

でも、なかなか戻れなかった。

「会社は結局乗っ取られて、仕事も失ったわ。何度も家に戻ろうとしたけど、閉ざされた世界で、また愛香にひどいことをしそうで怖くて…。

でも心配で、何度も隠れて見に行ったの」

1年くらいして、圭介が愛香とある女性と、一緒に出かけるようになった。

それが、由依だった。

「初めは正直嫉妬した。けれど、仕方がないと理解したわ。

出て行ったのは、私だったから。それから、私も新しい仕事を見つけて打ち込むことにして…」

そんな時、偶然行きつけのバーで圭介と再会したのだ。

「愛香に一目だけ会いたかった。『お母さんだよ、ごめんなさい』って謝りたかった。どれだけ愛しているかを、伝えたかった。

しかし、圭介が放った「愛香は、私の存在を知らない」という言葉に、直子はショックを受けた。

直子は、愛香を妊娠し、つわりや体調不良と戦い、生まれてからは愛情をいっぱい与えて育てた。

ボロボロの体を引きずって、愛香をおぶりながら仕事や家事もした。

「なのに、私の存在をなかったことにされて、居ても立ってもいられなくなったの。それで、下校途中の愛香に声をかけたの。

実の母親だってことは言ってない。ただ、友達みたいになれたらって…」

しかし話しているうちに、好きなことや得意なことが自分と同じで、やっぱり自分の子どもだと実感し、一緒にいたい気持ちが強くなる。

「ちょうどその時期に、私にイギリス転勤の打診がきたの。愛香を連れて一緒に行きたいと思ったわ。

それなのに、圭介がハワイに勝手に移住したって話を聞いて焦った。一時的だなんて知らなくて。

今日は、その話をしにきたの。愛香に謝って、一緒にイギリスに行こうって言うつもりだった」




直子がすべてを話し終えた時、ちょうど玄関のチャイムが鳴った。

出ると、エミリに連れられた愛香が立っていた。

「愛香、よかった…」

由依が力一杯抱きしめると、愛香もそれに応えた。

だがその直後に、愛香が衝撃的な発言をした。

「お母さん。私ね、直ちゃんと暮らしてみようと思うの」

▶前回:突然、離婚を突きつけられて驚く男。数年後、ようやく妻が出ていった理由を知り…

▶1話目はこちら:親子留学も兼ねてハワイに滞在。旅行気分で浮かれていた妻が直面した現実とは

▶︎NEXT:6月4日 日曜更新予定
次回最終回。愛香、そして由依たちの出した結論とは…?