「子どもはまだ?」の質問にうんざり!結婚3年目、32歳DINKS妻の憂鬱
お金も時間も自由に使える、リッチなDINKS。
独身の時よりも広い家に住み、週末の外食にもお金をかける。
家族と恋人の狭間のような関係は、最高に心地よくて、気づけばどんどん月日が流れて「なんとなくDINKS」状態に。
でも、このままでいいのかな…。子どもは…?将来は…?
これは、それぞれの問題に向き合うDINKSカップルの物語。
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彩奈・32歳。DINKSライフが楽しくて…【前編】
土曜日の8時。
乃木坂の自宅マンションで目覚めると、広いベッドに夫・祐樹の姿はなかった。
キッチンで物音がするので、きっと朝食の準備をしているのだろう。
ごろごろと寝転がりながら、私はスマホをチェックする。
昨晩投稿したInstagramのストーリーズに、友人たちから反応が届いていた。
『“コンラッド東京のトゥエンティエイト”だ〜、ステキ♡』
『彩奈と旦那さんって、本当にお似合いだよね!』
昨晩は、外資系コンサルティングファームに勤務する祐樹が、珍しく早く帰れるというので、久々にディナーすることになった。
2人の写真をSNSにアップしたけど、友達からの反応は上々だ。サプライズで祐樹からもらった花束も、よく写真映えしている。
― 我ながら、幸せそうな顔してるわ。まあまあ盛れてるし…。
上機嫌で友人たちに返信を打っていると、祐樹が部屋に戻ってきた。
「彩奈。おはよう、朝ゴハンできてるよ」
「ありがとう。なんかいい匂いがする〜!」
久しぶりに祐樹が食事をつくってくれたから、テンションが上がる。
日ごろ祐樹は、キッチンにはほとんど立たない。外資系メーカーでマーケティング職に就いている私もそれなりの忙しさだが、祐樹よりは時間が取れるので、家事は主に私の担当だ。
だから祐樹が料理してくれると、なんだかスペシャルな感じがして嬉しいのだ。
「すぐに着替えるね!」
そう言って立ち上がると、不意にお腹に違和感を感じた。
― あれ。もしかして…。
トイレに行くと、案の定…。
「あ〜あ〜、今月も来ちゃったかぁ」
いつも通りの周期で、生理が来ていた。
ガッカリするような、ホッとするような、複雑な感情が湧き上がる。
結婚して3年目。夫婦仲は良好、コロナの直前に結婚式を済ませたし、新卒から働いている今の会社でのキャリアも長くなってきた。いつ妊娠したって支障はない状況だ。
“妊活”というほど力を入れて取り組んではいないものの、「いつか子どもができたらいいね」と祐樹と言い合いながら、日々を過ごしてきた。
― でも正直、今の生活だって気に入ってるんだよね。
夫婦ともに外資系企業で働いていることもあり、私たちは同世代の夫婦の中でもそれなりに裕福な方だと思う。祐樹は年収1,500万円、私も1,000万円を稼ぐ。
乃木坂のこのマンションは、2LDK・65平米の広さだ。それなりに値ははったものの、ペアローンで購入することができた。ショッピングも外食も、旅行だって、かなり自由に楽しめている。
お互い仕事は忙しいが、共働きだからこそ、互いにそのツラさを理解しあえているのだ。
ここに、“子ども”が加わったら、と考えると、楽しみではあるが、この優雅な生活を失うかと思うと不安もある。
悶々とした思いを抱えながら、ダイニングに向かう。
「彩奈?大丈夫?」
「あ…。ううん、なんでもない」
心配そうな表情の祐樹に、私は笑顔で返す。本腰を入れて妊活に取り組んでいるわけでもないから、自分の体のサイクルのことは、祐樹にいちいち伝えてはいない。
祐樹との出会いは、早稲田のバスケットボールサークルだ。お互いに商学部だったこともあり、同期としてずっと仲良くしてきた。
在学中は特に付き合うことはなかったけれど、28歳の時にサークルの集まりで再会した。そこから、何度か会ううち自然と付き合う流れになり、30歳で結婚した。
お互い忙しいなか、うまくやっていけているのは、そうやって長いこと築き上げてきた関係性のおかげかもしれない。
「今日の同窓会さ、健司も来るらしいよ。茨城から東京に戻ってきたんだって」
「あ、そうなんだ。知らなかった」
祐樹がつくってくれたふわふわの卵焼きを口に運んでいると、彼がふと思い出したように“健司”の名前を口にした。
健司は、私の大学時代の元カレだ。
元カレといっても、付き合っていたのは大学2年から3年の1年程度。
教育学部の彼は卒業後、大手通信会社に就職し、営業職として新卒から栃木や茨城の支店などを転々としていた。
もちろん、祐樹も私と健司が付き合っていたことは知っている。
「うん。あと、この前子どもも生まれたらしい」
「…ふーん」
祐樹の言葉に、私は相づちだけ打つ。
― そっかぁ。健司と“あの子”もついに、子どもを持ったんだ。
友人の出産のニュースなら手放しでお祝いできる私だけど、今回は喜びや祝福の気持ちに加えて、複雑な感情が胸に湧き上がった。
それは、相手が元カレの健司だからか…。
あるいは、“あの子”の話だから、だろうか。
同窓会で
「わぁ、彩奈!久しぶり〜!」
「みんな、コロナ前以来だね!元気にしてた?」
18時。
高田馬場の『Café Cotton Club』に到着すると、3階席は既にサークルのメンバーでにぎわっていた。
学生時代もみんなでよく来たお店だから、なんだか感慨深いものがある。
幹事が簡単な挨拶とともに乾杯の音頭をとると、私たちは一同にグラスを持ち上げた。その後はしばらく、食事をしながら昔話に花を咲かせる。
少し離れた席にいる祐樹も、旧友との交流を楽しんでいるようだ。
「彩奈、久しぶり!ここ座っていい?」
始まって1時間ほどしたころ、隣にいた友人が移動して席が空いたところに、背後から声をかけられた。
見ると、健司が立っている。
「健司!いいよ、ここ座りなよ」
健司とは別れてもう10年。お互いに違う恋愛をいくつも経ているから、自然と会話ができる。
「東京に戻ってきたんだって?」
「うん。本社の企画部に異動になったんだ。長年、地方を回ってきたけど、しばらくは東京にいることになりそうだよ」
「よかったじゃん。ずっと戻ってきたがってたもんね」
彼の栄転を、私は素直に祝福した。
実際、入社して数年間の健司は、慣れない地方での仕事に、いつも苦労していると聞いていたから。
「彩奈は、相変わらず外資で働いてるの?ずっと東京?」
「そうだね、私は地方に行くことはないかな」
「いいよなあ、祐樹もコンサルだから、地方に転勤ってことはないだろ?うらやましいなあ」
「プロジェクトによっては、長期出張で地方に行くこともあるみたいだけどね」
だとしても数年転勤するよりはマシだよ、と健司は言う。「たしかにそうかもね」とうなずいていると…。
「彩奈!私もここ、座っていい?」
聞き覚えのある声がした。振り向くと、予想通り――。
「レイナ。もちろん、どうぞ座って」
彼女も同じサークルの同期で、健司の妻だ。
健司と話しているうちに、反対隣の席が空いたらしい。レイナがそこへ座ると、私は夫婦にはさまれる格好になった。
「そうだ。2人とも、子どもが生まれたんだって?おめでとう」
「えへへ、ありがとう。今4ヶ月になったところ。今日は私の両親が家まで来て面倒見てくれてるの」
レイナは、嬉しそうに報告する。
「息子と健司を幸せにできるように、私、ママ業頑張ろうと思う!」
色々と苦労もあるのだろうが、はじけるような笑顔のレイナが、妙にまぶしく感じられる。
そして無邪気な笑顔のまま、彼女は小首をかしげた。
「彩奈たちは、子どもはまだ考えないの?」
「えっと…」
― 出た、この質問…。一体なんて答えれば、満足するの?
返答に迷っていると、レイナは目を輝かせながら“子育ての良さ”を力説する。
「子育ては、思った以上に良いよ〜。大変なこともあるけど、それ以上に赤ちゃんはかわいいし。親のサポートも得られるから、なんとかやれてる!彩奈も絶対、子どもができたら親に頼ったほうがいいよ!」
私は顔に笑顔を貼り付けて、その話を黙って聞き続ける。
― レイナって、昔からこういうところ、あるのよね…。
レイナは、所沢キャンパスにある人間科学部出身だ。実家もその近くにあるそうだが、週に何度も、サークルのために所沢から早稲田まで通っていた。
後で聞いた話だが、レイナは1年のときから健司のことがずっと好きだったらしい。彼に会うために、都内に出てきていたそうだ。
だが、2年の夏合宿で、健司と私が急接近して、彼と付き合うことになった。
レイナはそれでも健司のことを想い続け、最終的には彼の妻の座に収まった。
けれど、その時の心のしこりが取り除かれていないのか。レイナはいつも微妙に、私に対して張り合ってくるのだ。結婚の時期や、結婚式の規模。指輪の大きさなど…。
― でも、“子ども”の問題はそんなものとは比較にならないほど、デリケートなものなのに。
黙りこくっていると、何かを勘違いしたのか…周りの友人たちが、私の周りに集まりはじめた。
「おお、彩奈夫婦、子どもできたの?」
「結婚式からしばらく経つし、たしかにもう“そういう時期”だよな〜!」
周りの言葉に、いたたまれない気持ちになる。
私はその場から、逃げ出したくなっていた。
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子育ての話題にウンザリした彩奈は、“ある提案”を祐樹に持ち掛ける。