お金も時間も自由に使える、リッチなDINKS。

独身の時よりも広い家に住み、週末の外食にもお金をかける。

家族と恋人の狭間のような関係は、最高に心地よくて、気づけばどんどん月日が流れて「なんとなくDINKS」状態に。

でも、このままでいいのかな…。子どもは…?将来は…?

これは、それぞれの問題に向き合うDINKSカップルの物語。

▶︎あわせて読みたい:1,000万かける人も!?39歳で子供が欲しいと思った夫婦が歩んだ、妊活ドキュメント




彩奈・32歳。DINKSライフが楽しくて…【前編】


土曜日の8時。

乃木坂の自宅マンションで目覚めると、広いベッドに夫・祐樹の姿はなかった。

キッチンで物音がするので、きっと朝食の準備をしているのだろう。

ごろごろと寝転がりながら、私はスマホをチェックする。

昨晩投稿したInstagramのストーリーズに、友人たちから反応が届いていた。

『“コンラッド東京のトゥエンティエイト”だ〜、ステキ♡』

『彩奈と旦那さんって、本当にお似合いだよね!』

昨晩は、外資系コンサルティングファームに勤務する祐樹が、珍しく早く帰れるというので、久々にディナーすることになった。

2人の写真をSNSにアップしたけど、友達からの反応は上々だ。サプライズで祐樹からもらった花束も、よく写真映えしている。

― 我ながら、幸せそうな顔してるわ。まあまあ盛れてるし…。

上機嫌で友人たちに返信を打っていると、祐樹が部屋に戻ってきた。

「彩奈。おはよう、朝ゴハンできてるよ」

「ありがとう。なんかいい匂いがする〜!」

久しぶりに祐樹が食事をつくってくれたから、テンションが上がる。

日ごろ祐樹は、キッチンにはほとんど立たない。外資系メーカーでマーケティング職に就いている私もそれなりの忙しさだが、祐樹よりは時間が取れるので、家事は主に私の担当だ。

だから祐樹が料理してくれると、なんだかスペシャルな感じがして嬉しいのだ。

「すぐに着替えるね!」

そう言って立ち上がると、不意にお腹に違和感を感じた。

― あれ。もしかして…。



トイレに行くと、案の定…。

「あ〜あ〜、今月も来ちゃったかぁ」

いつも通りの周期で、生理が来ていた。

ガッカリするような、ホッとするような、複雑な感情が湧き上がる。

結婚して3年目。夫婦仲は良好、コロナの直前に結婚式を済ませたし、新卒から働いている今の会社でのキャリアも長くなってきた。いつ妊娠したって支障はない状況だ。

“妊活”というほど力を入れて取り組んではいないものの、「いつか子どもができたらいいね」と祐樹と言い合いながら、日々を過ごしてきた。

― でも正直、今の生活だって気に入ってるんだよね。

夫婦ともに外資系企業で働いていることもあり、私たちは同世代の夫婦の中でもそれなりに裕福な方だと思う。祐樹は年収1,500万円、私も1,000万円を稼ぐ。

乃木坂のこのマンションは、2LDK・65平米の広さだ。それなりに値ははったものの、ペアローンで購入することができた。ショッピングも外食も、旅行だって、かなり自由に楽しめている。

お互い仕事は忙しいが、共働きだからこそ、互いにそのツラさを理解しあえているのだ。

ここに、“子ども”が加わったら、と考えると、楽しみではあるが、この優雅な生活を失うかと思うと不安もある。

悶々とした思いを抱えながら、ダイニングに向かう。

「彩奈?大丈夫?」

「あ…。ううん、なんでもない」

心配そうな表情の祐樹に、私は笑顔で返す。本腰を入れて妊活に取り組んでいるわけでもないから、自分の体のサイクルのことは、祐樹にいちいち伝えてはいない。




祐樹との出会いは、早稲田のバスケットボールサークルだ。お互いに商学部だったこともあり、同期としてずっと仲良くしてきた。

在学中は特に付き合うことはなかったけれど、28歳の時にサークルの集まりで再会した。そこから、何度か会ううち自然と付き合う流れになり、30歳で結婚した。

お互い忙しいなか、うまくやっていけているのは、そうやって長いこと築き上げてきた関係性のおかげかもしれない。

「今日の同窓会さ、健司も来るらしいよ。茨城から東京に戻ってきたんだって」

「あ、そうなんだ。知らなかった」

祐樹がつくってくれたふわふわの卵焼きを口に運んでいると、彼がふと思い出したように“健司”の名前を口にした。




健司は、私の大学時代の元カレだ。

元カレといっても、付き合っていたのは大学2年から3年の1年程度。

教育学部の彼は卒業後、大手通信会社に就職し、営業職として新卒から栃木や茨城の支店などを転々としていた。

もちろん、祐樹も私と健司が付き合っていたことは知っている。

「うん。あと、この前子どもも生まれたらしい」

「…ふーん」

祐樹の言葉に、私は相づちだけ打つ。

― そっかぁ。健司と“あの子”もついに、子どもを持ったんだ。

友人の出産のニュースなら手放しでお祝いできる私だけど、今回は喜びや祝福の気持ちに加えて、複雑な感情が胸に湧き上がった。

それは、相手が元カレの健司だからか…。

あるいは、“あの子”の話だから、だろうか。


同窓会で


「わぁ、彩奈!久しぶり〜!」

「みんな、コロナ前以来だね!元気にしてた?」

18時。

高田馬場の『Café Cotton Club』に到着すると、3階席は既にサークルのメンバーでにぎわっていた。

学生時代もみんなでよく来たお店だから、なんだか感慨深いものがある。

幹事が簡単な挨拶とともに乾杯の音頭をとると、私たちは一同にグラスを持ち上げた。その後はしばらく、食事をしながら昔話に花を咲かせる。

少し離れた席にいる祐樹も、旧友との交流を楽しんでいるようだ。




「彩奈、久しぶり!ここ座っていい?」

始まって1時間ほどしたころ、隣にいた友人が移動して席が空いたところに、背後から声をかけられた。

見ると、健司が立っている。

「健司!いいよ、ここ座りなよ」

健司とは別れてもう10年。お互いに違う恋愛をいくつも経ているから、自然と会話ができる。

「東京に戻ってきたんだって?」

「うん。本社の企画部に異動になったんだ。長年、地方を回ってきたけど、しばらくは東京にいることになりそうだよ」

「よかったじゃん。ずっと戻ってきたがってたもんね」

彼の栄転を、私は素直に祝福した。

実際、入社して数年間の健司は、慣れない地方での仕事に、いつも苦労していると聞いていたから。

「彩奈は、相変わらず外資で働いてるの?ずっと東京?」

「そうだね、私は地方に行くことはないかな」

「いいよなあ、祐樹もコンサルだから、地方に転勤ってことはないだろ?うらやましいなあ」

「プロジェクトによっては、長期出張で地方に行くこともあるみたいだけどね」

だとしても数年転勤するよりはマシだよ、と健司は言う。「たしかにそうかもね」とうなずいていると…。

「彩奈!私もここ、座っていい?」

聞き覚えのある声がした。振り向くと、予想通り――。

「レイナ。もちろん、どうぞ座って」

彼女も同じサークルの同期で、健司の妻だ。

健司と話しているうちに、反対隣の席が空いたらしい。レイナがそこへ座ると、私は夫婦にはさまれる格好になった。

「そうだ。2人とも、子どもが生まれたんだって?おめでとう」

「えへへ、ありがとう。今4ヶ月になったところ。今日は私の両親が家まで来て面倒見てくれてるの」

レイナは、嬉しそうに報告する。

「息子と健司を幸せにできるように、私、ママ業頑張ろうと思う!」

色々と苦労もあるのだろうが、はじけるような笑顔のレイナが、妙にまぶしく感じられる。

そして無邪気な笑顔のまま、彼女は小首をかしげた。

「彩奈たちは、子どもはまだ考えないの?」

「えっと…」

― 出た、この質問…。一体なんて答えれば、満足するの?




返答に迷っていると、レイナは目を輝かせながら“子育ての良さ”を力説する。

「子育ては、思った以上に良いよ〜。大変なこともあるけど、それ以上に赤ちゃんはかわいいし。親のサポートも得られるから、なんとかやれてる!彩奈も絶対、子どもができたら親に頼ったほうがいいよ!」

私は顔に笑顔を貼り付けて、その話を黙って聞き続ける。

― レイナって、昔からこういうところ、あるのよね…。

レイナは、所沢キャンパスにある人間科学部出身だ。実家もその近くにあるそうだが、週に何度も、サークルのために所沢から早稲田まで通っていた。

後で聞いた話だが、レイナは1年のときから健司のことがずっと好きだったらしい。彼に会うために、都内に出てきていたそうだ。

だが、2年の夏合宿で、健司と私が急接近して、彼と付き合うことになった。

レイナはそれでも健司のことを想い続け、最終的には彼の妻の座に収まった。

けれど、その時の心のしこりが取り除かれていないのか。レイナはいつも微妙に、私に対して張り合ってくるのだ。結婚の時期や、結婚式の規模。指輪の大きさなど…。

― でも、“子ども”の問題はそんなものとは比較にならないほど、デリケートなものなのに。

黙りこくっていると、何かを勘違いしたのか…周りの友人たちが、私の周りに集まりはじめた。

「おお、彩奈夫婦、子どもできたの?」

「結婚式からしばらく経つし、たしかにもう“そういう時期”だよな〜!」

周りの言葉に、いたたまれない気持ちになる。

私はその場から、逃げ出したくなっていた。

▶他にも:友人の結婚式は格好の出会いの場。CA流、披露宴会場でいい男を見つける方法とは

▶Next:9月10日 土曜更新予定
子育ての話題にウンザリした彩奈は、“ある提案”を祐樹に持ち掛ける。