ある日突然、自分の恋人が同性愛に目覚めてしまったら、あなたはどうしますか。

性別の垣根を超えた恋愛が少しずつ身近なものになってきたとはいえ、男女のカップルがまだまだ一般的とされている現在の社会。

既成概念を壊す愛の形

そんな社会の既成概念を打ち壊すような新しい愛の形を描くのは、裸体を積極的に用いた作品づくりで知られる奇才スカッド(SCUD/雲翔)監督です。1月16日に公開された最新作『ユートピア』では、「同性愛と異性愛は両立するのか」という難しいテーマに挑み、見事な作品を完成させました。

物語の主人公である男子大学生のヒンズは、彼女のジョーイと3年にわたり交際を続ける真面目な青年です。しかし最近、仮面をつけた男女からいたぶられるという淫夢を見るようになり、自分自身に戸惑いをおぼえています。そんなとき、ヒンズのいる大学にやってきたのが、教授でありゲイのミンでした。ミンは、赴任した最初の講義で裸の男性と抱き合う自分の写真をスクリーンに映し出し、生徒たちを驚かせます。

そんな自由奔放なミンに次第に惹かれていくヒンズですが、『ユートピア』では、同性愛に目覚めた主人公と周囲の人々がぶつかる壁の数々が巧みに描かれています。

同性を愛する自分と向き合う恐怖

まずヒンズが悩まされるのは、「男性を愛する自分への葛藤」でした。本当の自分の欲望を理解し、行動したいと望むヒンズでしたが、その思いとは裏腹にミンの元へと一歩を踏み出すことができません。

なかなか前に進むことができないヒンズの気持ちを知ってか、ミンが連れて行ったのは、裸の男性が集まる船上クルージング。しかし、多数の男性と絡み合い、楽しむミンを見て、ヒンズは嫌悪感をあらわにします。

自分の奥底にある欲望に向き合うことで、「これまでの自分を否定することになってしまうのではないか」という恐怖を抱え、思いとは裏腹に相手に反発してしまうヒンズの心の動きを追っていきます。

同性愛に目覚めた彼に苦しむ彼女

映画『ユートピア』より

また、長い間交際を続けてきた彼女ジョーイも、ヒンズの変化にとまどいます。厳格なカトリック教徒であるジョーイは、ミンがゲイであることをカミングアウトしたときからミンに敵意を感じ、反発をあらわにしていました。

しかし彼女の思いとは逆行するかのように、ヒンズはミンへの思いを募らせていきます。そんな恋人の姿に苦しみながらも、長い間育んできた彼との愛の記憶を消し去ることができないジョーイ。

信仰という形でこれまで同性愛を否定してきた彼女でしたが、自分自身の本当の思いとの食い違いに気付いたとき、彼女はどのような行動をとるのでしょうか。

新しい愛の形の前に立ちはだかる法律の壁

そして最後に立ちはだかるのが、法律の壁です。

いつしかお互いを受け入れあうようになったヒンズとミンですが、香港では21歳以下の同性による性交渉は法律で禁止されていたのです。愛を実らせた二人は法律によって罪に問われることに。新聞はそんな二人の関係を面白可笑しく書きたて、大学では好奇の目にさらされることとなります。

愛とは二人だけの問題ではなく、それを取り巻く法律や制度、そして周囲の人たちとのかかわりのなかで成り立っています。本人たちの思いと、それらの間に隔たりが生じたとき、彼らはどのような道を選べばよいのでしょうか。本作では、甘んじて罰や周囲からの批判を受け入れるのではなく、試行錯誤してそれを乗り越えようとする彼らの姿が映しだされます。

「ユートピア」にたどり着けるのか?

さまざまな困難を乗り越え、次第に自分たちなりの愛の形を、自らの手でつくりあげていく登場人物たち。葛藤しつつも、自分自身や愛する人を認め、受け入れていくそれぞれの姿に勇気をもらいます。

本作の画期的な点は、恋愛を当事者である二人の閉じた関係として描くのではなく、ヒンズやミン、ジョーイを始めとした複数の人間の開かれた関係として描いているというところにあります。つまり、一般的な恋愛の基本とされている一対一の関係性ではなく、お互いを愛する者同士が繋がりあい、ゆるやかな「コミュニティ」を形成していくという新たな愛の形の可能性が示唆されている作品だと言えます。

映画『ユートピア』より

そこには、「男を愛するのか、女を愛するのか」という二項対立の中におさまろうとするのではなく、本当の自分の心に基づいて、自らの手で新しい愛の形となるユートピアを創りあげていってほしいという監督の気持ちが隠されているのではないでしょうか。

「一番大切なのは、自分を偽らないこと」

これは映画の中で、悩むヒンズの進む道を指し示してくれた言葉です。

それぞれが自分自身の心に正直になったとき、最後に彼らが見つけるユートピアはどのようなものなのでしょう。その結末は、それぞれの愛の形を模索する女性にとっても、きっとヒントになるのではないでしょうか。

■公開情報
『ユートピア』
公式サイト
ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開中
配給:ミューズ・プランニング
画像(C)アートウォーカー

(岡本実希)