「火元確認で何度も自宅に帰った」50歳での子宮全摘で自律神経が乱れ、不安に苛まれたribbon・松野有里巳、当時の心境
家を出た瞬間から、「あれ?ガスコンロ閉めたかな」と、何度も自宅に帰って確認してしまう。そんなことを繰り返し、落ち込んでやる気も出ない。更年期では?と思うもそうではなく、メンタル不調が続いたribbonの松野有里巳さん。遠因にあったのは子宮全摘の手術でしたが、「自分は大丈夫と思い込まないで」と、当時のことを振り返ってくれました。
【写真】活動期間5年!伝説のアイドルribbonの貴重なオフショットを大公開(全14枚)
ひどいときは1時間に1度トイレへ
── 1980、90年代にアイドルグループ「ribbon」として活躍し、現在はスポーツインストラクターをされている松野有里巳さん。2023年、50歳のときに子宮を全摘出されています。子宮頸がんの疑いがあったそうですね。
松野さん:腹腔鏡手術で子宮と卵管を全摘出しました。もともと、28歳のときにも子宮頸がん検査で「3B」の結果が出ていたんです。3Bというのは「初期がんの疑いがある、がんになるかもしれない細胞がある」段階ですが、当時は結婚してまだ3年。
子どもが欲しかったこともあり、子宮の入口だけを切除する子宮円錐切除手術を受けました。その後、残念ながら子どもを持つ夢は叶わなかったのですが、定期的に検診を受け続けて48歳のとき、また「3B」の細胞が見つかりました。でも、それから何度か検査をしたものの、正常な細胞しか見つからなかったんですね。そして2年後、再び「3B」の細胞が見つかって。しばらく経過観察を行うか、子宮を摘出するかという選択を迫られました。
── あくまでがんの疑い、がんになるかもしれない細胞、という診断のうえ、毎回その結果が出るわけではないから判断が難しいのですね。
松野さん:私の場合、20代で子宮円錐切除手術を受けているため、細胞が採取しづらく、検査で正確な結果が出にくいということでした。子宮口の切除した部分がキュッと狭まっているため、奥のほうまで細胞が取れないらしいのです。ただ、エコー検査などで子宮筋腫が複数個できているのもわかっていましたし、そのせいか、40代後半になってから月経過多で生理のたびにものすごく出血量が多くて困っていたんです。
ひどいときは1時間に1回トイレに行って血がもれてないか確認しなくてはいけないくらい。年齢的にも50歳で、「がんへの不安が取り除かれて、生理の煩わしさもなくなるなら、子宮を取ったほうがいい」と、最終的には自分で手術を決めました。
── 結果的に摘出した子宮からがん細胞は見つかったのですか?
松野さん:病理検査の結果、幸いがん細胞は見つかりませんでしたが、取り出した子宮の写真を見せていただくと筋腫は9個もあり、大きいものは8センチほどに。手術後は生理の煩わしさがなくなったので、がんではなかったのですが摘出してよかったです。
それまで出血を気にして避けていた、白いパンツやスカートがいつでも履けるようになりましたし、「今後、子宮頸がんや子宮体がんになるかもしれない」という不安もなくなりました。ただ、手術の影響だけではないと思うのですが、術後はホルモンバランスや自律神経が乱れて、不安神経症気味になり、うつ症状も出てしまいました。
── どんな症状があったのでしょうか。
松野さん:気分が落ち込むことが増え、何もやる気が起きなくなりました。私はスポーツジムでインストラクターの仕事をしているのですが、手術後に転んで手の指5本の骨を折り、仕事復帰が遅れて半年ほど経ってからになってしまいました。仕事をせず家にいるせいか、気分がどんどん落ち込んでいくんです。
やっとインストラクターに復帰できたものの、当時は仕事も過渡期でした。それまではスポーツジムの会員さんなら誰でも受けられるレッスンをしていましたが、ちょうど個別の有料レッスンをメインにすることを決めていた時期だったんです。そのため、「有料でもレッスンを受けたいといったお客様が一人も集まらなかったらどうしよう」「お客さまに満足いただけるレッスンができるか」と、不安になる要素がいっぱい。自分で自分にプレッシャーをかける状況を作り出していました。
レッスン前は毎回不安で、手足が冷たくなって震えてくるんです。レッスン中は周りに心配されたくないから、何とか自分でスイッチを入れてがんばるんですけど、終わった後はものすごく具合が悪くなって着替える気力もわかない状態に。そういうことを繰り返しているうちに、食欲がなくなり、夜も眠れなくなり、つねに窓を開けて呼吸していないと息苦しく感じるようになりました。
外出のたびに火元確認のため何度も自宅に戻って
── それは…つらいですね。
松野さん:最初は「更年期かな?」と思ってレディースクリニックで検査したのですが、卵巣は2つとも残っているから女性ホルモンの数値はそんなに減っていなくて。私としては「更年期」と言われたほうがラクだったんですよ。「やっぱり年齢的なものか、もしくは子宮を取ったからか」と納得できますから。
反対に、更年期ではないとわかると「じゃあ何でこんなに気分が落ち込むんだろう」と、さらに不安が募りました。そのうち、なぜだか「家が火事になったらどうしよう」という不安につきまとわれるようになったんです。
── 火の元が心配になるような不安でしょうか?
松野さん:そうです。ガスコンロの火を消したか心配になって、外に出かけても3回くらい家に戻っていました。コンロの上に手を置いて、熱くないかを確認して「大丈夫」って言って家を出るんだけど、「やっぱりもう1回戻って確認しておかなくちゃ」という気持ちに。
その後は自宅に見守りカメラを置いて「大丈夫だよね」とつねに確認して。あと、コンセントから出火しないかも心配になり、使わないときは家じゅうのコンセントを抜いて回っていました。物置部屋のコンセントはホコリが溜まっていそうでとくに心配で。焦げ臭いにおいがするような気がして、夫に確認するようにもなりました。
── 不安な気持ちに飲み込まれるようですね。
松野さん:それでも、飼い猫の世話をしている間は気が紛れていたのですが、ひどいときは猫のご飯も作れなくなってしまいました。頭では「ご飯あげなくちゃ」と思うんだけど、体が動かない。完全に止まっちゃって、リビングに座って時計をずっと見ているんです。
1分が長く感じて、だんだん息苦しくなってきて、立ち上がってひたすらリビングを往復する。そのうち「夫に嫌われているんじゃないか」と被害妄想に取りつかれたり、朝がやってくるのがつらくなって「生きる楽しみがない」と感じたりするようになってしまい、ついに精神科を受診することにしました。
── だんだんうつ症状が重くなっていったようですが、精神科の受診はハードルが高かったですか?
松野さん:半年くらいかけてじわじわと不安が増していったのですが、「自分はそんなに弱い人間じゃない、芸能界も経験してタフなほうだから自分で何とかできる」と思っちゃってたんですよね。「ヨガなどで副交感神経を整えて、リラックスする時間を取れば大丈夫」だと考えていたくらい。
病院に行った日も、最初は夫と森林浴に行く予定だったんですよ。でも前の晩、お風呂に入りながら「これは森林浴へ行ってもよくならないわ」と、理由はわからないけれど、ふと思い始めて。入浴中にスマホ操作をして、近くの精神科のクリニックを調べて予約しました。
お風呂から上がると夫に「明日、精神科の病院に行ってくる」と宣言しました。夫も内心は驚いたと思うんですよ。精神科に行くほど追い詰められていたのかって。でも「わかった」と、フラットに受け止めてくれて助かりました。私がものすごく心配症になり、夜中眠れずベランダでずっと空を見ているのも知っていましたし、原因不明の息苦しさについても伝えていたので、察してくれたんだと思います。
「ビタミン剤と思って飲んで」を信じたら
── 精神科ではどんな診断だったのですか?
松野さん:医師からは「軽いうつ病かもね」と言われ、「ごく軽い抗うつ薬を出すから飲んでみてください」と、薬を処方されました。でも、精神科の薬って、いま思えば偏見なんですけど、「飲み始めたらやめられなくなる、ずっと飲まなくちゃいけなくなるんじゃないか」って怖かったんですね。
それで恐る恐る飲んでみたところ、さらに食欲が落ちて気分も悪くなって…。次の予約を待たずに病院へ行き、「先生、薬を飲むのが怖いんです」と訴えました。そうしたら先生は「薬はビタミン剤と同じような成分だから、こう言ってはなんだけど、正直、効くかどうかわからないほど軽い薬なんですよ。常用性もまったくないし、いつやめてもいいから安心して飲んで大丈夫ですよ」と、ごく軽い調子でおっしゃるんです。
── 少し気が楽になる声かけですね。
松野さん:「それならば」と飲み続けると、2週間経ったころに「あれ?少し元気が出てきた?」と感じて、受診すると先生も「顔見たらわかるよ。先週より元気になっているね」と。その後は、気分が徐々に上向きになるのが自分でもわかって、6週間経つと「あ、私もう大丈夫かもしれない」と思えるようになりました。
そのことを先生に伝えると「じゃあ、今週から薬を飲むのやめようか。でも、念のため処方しておくから、お守りとして持っておいてね」と。それからは薬を持ち歩きながら「今週も大丈夫だった」「今週も飲まずにいられた」というのを繰り返し、その後3年経ちますが、今に至るまで薬は飲んでいません。
── もちろん、本当にビタミン剤だったわけではないんですよね?
松野さん:ちゃんとした抗うつ剤でしたよ。深刻にならずにうまく薬が飲めるよう、先生が誘導してくださったのが、私にはよかったんですよね。あのときに森林浴に行かず、勇気を出して精神科を受診したから回復が早かったのかもしれません。
とはいえ、今もエレベーターなどの閉鎖的な空間や、美容院のシャンプー台、歯の治療中など自由に動けない状況は怖いし苦手です。他にも何かのきっかけで、当時の息苦しい感覚がフラッシュバックするときもあるのですが、「ちょっと自律神経が乱れているだけだから大丈夫、今だけ」って、自分で自分を落ち着かせて、立て直せるようになりました。ただそれだけだから、たいしたことないんだって。
最近は少しずつ当時抱えていた心の不調を周囲に明かすこともあるのですが、「じつは私も…」という方がけっこう多くて。同世代の方はとくに「まさか私が」と精神的な病に抵抗あるかもしれないし、家族や友人が「病院へ行きなさい」と言っても本人がその気にならないと精神科の受診は難しいかもしれません。でも、思い当たる症状がある人はひとりで悩まないで、一度病院へ行ってみてはどうかとお伝えしたいですね。
取材・文:富田夏子 写真:松野有里巳

