『虎に翼』©︎NHK
『虎に翼』(NHK総合)で岡田将生が演じる判事・星航一の髪型が、どうもひとりだけ現代的過ぎるとSNS上で話題だ。

 確かにそうかもしれないが、でもどうだろう。ここまで丹念に時代考証が続けられた端正なドラマ世界だというのに、そんな単純な齟齬が生まれるだろうか。もしかすると、あえて当時代性からズラすことで、逆に豊かな化学反応を生じさせているのではないだろうか?

 考え過ぎかもしれない。でも岡田将生が演じるからにはそれなりの意味合いが付与されて当然だと思う。イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、どうして現代的な髪型にスタイリングされているのか、その理由を考える。

◆昭和のメンズ・ヘアースタイル

 昭和の男性たちの髪型は七三分けばかり……。みたいな古くさい男性像はたぶん、お笑いコントなどによく登場するステレオタイプのお父さんが、揃って和装姿で七三分けのカツラを装着しているイメージからきていたりするのかな(実際には1960年代に日本で大流行するアイビースタイルの髪型)。

 昭和とひとくくりにしても64年もの期間がある。特に戦後はアメリカ文化の影響を直に受けながら、メンズ・ヘアースタイルの変遷は約10年ごとに区分できる。

 たとえば、終戦後すぐの昭和20年代中頃以降(1950年代)。1954年のヘップバーンカットなど女性のヘアースタイルの流行にばかり気を取られてしまうが、メンズにだって流行のヘアースタイルはちゃんとあったのだ。そのことを踏まえ、確認しながら、『虎に翼』のある男性キャラクターの髪型に注目してみたい。

◆時代考証がおかしいという意見

 その人は、最高裁判所初代長官の息子。主人公・佐田寅子(伊藤沙莉)が、東京の家庭局から新潟地家裁に異動になったタイミングで、新潟地方裁判所の判事になっている。すごく真面目というのか、どこまでも取り付く島がない人物像だ。

 そんなキャラクター性の人なら、髪型は絶対に七三分けが相場だろうと決めつけたくなる。だけど、実際に星航一を演じる岡田将生を見ると、七三分けどころか、毛先がボサボサしているのに、ほどよいショートマッシュ風(2010年代に流行)の現代的スタイルなのだ。

 航一のこの髪型についてネット上では賛否両論。特にX上をパトロールしてみると、主要登場人物の中でひとりだけ現代的過ぎる髪型であり、時代考証がおかしいという意見が総じて散見される。

◆事実にこだわることは映像表現の矮小化になりかねない

 でもね、時代考証ばかりが映像作品の核心でないことを理解する必要がある。確かに本作は戦前、戦中、戦後の歴史的な事象を(ときに巧みな省略を駆使しながら)見事に反映した骨太ドラマである。

 だからといって何でもかんでも事実に基づいて描写することだけが、優れた表現力に結びつくわけでもない。むしろ映像表現の矮小化になりかねない。実際その矮小化の果てに、昭和メンズは七三分けというイメージが根づいてしまったのではないか(というのも暴論だが)。

 映像は時代を写す鏡だという慣用句的な表現も筆者には安易に聞こえてくる。なのでここからは、時代考証的な観点を半分、自由な映像表現の考え方を半分として、“現代的”と批判される航一のヘアースタイルについてフレキシブルに考えてみることにする。

◆リーゼントスタイルが話題になった『なつぞら』

 ところで、これまでに出演した作品で岡田はどんなヘアースタイルだったろう。『虎に翼』と時代設定が近いNHK作品にしぼって確認してみる。まず、老けメイクを施して落語の名人を演じた『昭和元禄落語心中』(NHK総合、2018年)。第1回冒頭、1977年の八代目有楽亭八雲(岡田将生)は、白髪混じりの綺麗な七三分けスタイルだった。