犯罪捜査一筋30年の頑固な鬼刑事が、警察内の音楽隊に異動となり、ドラム奏者に任命される--8月26日(金)公開予定の映画『異動辞令は音楽隊!』は、そんな物語です。原案・脚本・監督は『ミッドナイトスワン』の内田英治さん。

不本意なキャリアチェンジを強いられる鬼刑事・成瀬を、阿部寛さんが演じています。インタビュー後編では、第一線を走り続ける阿部さんが、いまもチャレンジを続ける理由、周りとのコミュニケーションで心掛けていることを伺いました。

不本意な異動をきっかけに人生を前進できた理由

--成瀬は、音楽隊への異動辞令というきっかけを得て、人生の転換点を迎えます。

阿部寛さん(以下、阿部):不本意な異動であっても、成瀬はそこで新たな人生を見つけました。自分を振り返ってみても、転換点にぶつかって考え方を変えなきゃいけないことってたくさんあったし、人生にはそんなことがたくさん起きる。

自分を変えられず、仕事も家族も破綻しそうになっていた成瀬が自分と向き合い、変わろうとする姿は、この映画の大きな魅力になっていると思います。彼にもアップデート能力があったということが、すばらしいですよね。

--阿部さんご自身は変化を受け入れられるタイプですか?

阿部:わかりません。ずっとこの仕事一筋にやってきたから。また都合の良いことに、役者は、役柄を通じてつねに新しい価値観と出会う機会をもらえます。つまり小さな異動が年中あるという仕事なんですよね。一作一作で、新たなメンバーと新たな役柄に出会えるから、大きく変える必要に迫られてきませんでした。ただ、これからどうなるかは分かりませんけどね。

劇中より

現状維持は、安泰じゃない

--過去の成功パターンや懐古に浸ってしまうことはないんですか?

阿部:浸りたくないから、すごく抵抗します(笑)。たとえば、映画やドラマでパート2をやるときは、前作を絶対に超えていきたいと思う。同じものを求められるのはつまらないから、自分なりに新しいチャレンジも取り入れます。そもそも、過去の成功パターンにすがって、また勝てるとは思わないですね。観ている方もそんなものは求めていないはず。いつもアップデートしていかなきゃ、時代に勝てないと思います。

--阿部さんほどの実績があって「現状維持では勝てない」と考えるのが、すごいですね……!

阿部:そうですか? 現状維持はまったく安泰じゃないですよね。止まっちゃったら、生き抜けないじゃないですか。年齢を重ねると、ある程度のことは経験や知識でカバーできるから、がむしゃらに頑張る人の数って減ってしまうかもしれないけど、僕は60代になっても70代になっても、がむしゃらでいたい。そっちの方が楽しいから。

予想外のオファーほど面白い

--そうですね。でも、それが自分の意思ではなかったら? 例えば、成瀬のように望まない異動を命じられたり、不本意な仕事がきたりしたら、阿部さんならどうすると思いますか?

阿部:役柄ならなんでもやるし、すべて楽しめるだろうと思います。むしろ「なんで俺にこんな役がくるの?」ってほうが面白い(笑)。『テルマエ・ロマエ』のときだって、先方は僕に断られると思ったとおっしゃっていましたが、僕はすごく面白いと感じました。

ただ、役者以外のことは考えたことがないので、正直わからない。僕は芸術が好きなので、関連する仕事なら何らかの楽しみを見出せるかもしれません。

意見を言いやすくするために気をつけていること

--年齢を重ねたり、キャリアで実績があると誰にも何も言われなくなるというのは、ミドルのあるあるお悩みです。阿部さんも役者として第一線を走り続けているぶん、周りから指摘を受けたりすることは減っているのではないでしょうか?

阿部:どうでしょう……この仕事をしていると、注意や指摘をしてもらえないことはないと思いますね。僕から「なんでも指示してください」とお伝えしているし、監督もみんなちゃんと挑んでくれます。みんないい作品を作るために真剣なんですよ。ただ、僕から相談するときは慎重さが必要かなと思います。

--どういうことですか?

阿部:僕が相談すること自体が、(相手への)プレッシャーになっているかもしれませんよね。そういう空気を感じたら、まずは自分から一度演じてみせて「何か言ってくださったら、そのやり方もやってみます」と言ったりします。僕はなまじでかいし、ひげも生えていてすごみがあるから……周りに遠慮されてしまわないように気を付けているんです(笑)。

聞く姿勢を持てないのは「損」

--確かに。遠慮はいらないとはいえ、大先輩に何か言うのは緊張しちゃいますね。阿部さんの気遣いが素敵です。

阿部:だって、そうしないと損じゃないですか? 自分が知っている「自分」なんてものは、10%もないと思うんです。周りの人は僕のことがその数倍見えていると思うし、それこそ演出家にはもっと見えているはず。

せっかく人が意見をくださるのに、自分自身が聞く姿勢を持てないでいるのは損ですよね。

--成瀬の心がほぐれたのは、音楽隊の若い仲間たちとのつながりも大きかったように思いました。阿部さんご自身の周りにも年下のスタッフや共演者が増えていると思いますが、阿部さんが周囲とのコミュニケーションで心掛けていることはありますか?

阿部:話せるときは積極的に話すようにしています。だいたい格闘技の話に引き込むんだけど(笑)。いまの若者って、K-1とかUFCとかボクシングとか何かしら見ている人が多いし、僕は全部見ているから。まずはそうやって仕事じゃない話から入ることで、同じ目線で話せるような気がします。

劇中より

(ヘアメイク:AZUMA(M-rep MONDO-artist)、スタイリスト:土屋シドウ、取材・文:菅原さくら、編集:安次富陽子、撮影:青木勇太)

■映画情報

『異動辞令は音楽隊!』
2022年夏 全国ロードショー
©2022『異動辞令は音楽隊!』製作委員会
配給:ギャガ

阿部寛、清野菜名 磯村勇斗、高杉真宙、倍賞美津子
原案・脚本・監督:内田英治 『ミッドナイトスワン』
主題歌:「Choral A」Official髭男dism