恋に落ちると、理性や常識を失ってしまう。

盲目状態になると、人はときに信じられない行動に出てしまうものなのだ。

だからあなたもどうか、引っ掛かることのないように…。

恋に狂った彼らのトラップに。

▶前回:お泊まりデートの当日、彼が待ち合わせ場所に現れなかった…。女が後から知った、酷すぎる理由




「はあ、また悪口ばっかり…」

私は、あるネット掲示板を眺めながら大きくため息をついた。『ayuこと高柳愛由は詐欺師』というタイトルがつけられたスレッドには、私に対する匿名の書き込みが続いている。

「ステマで荒稼ぎしてる」だとか「紹介している化粧品は、どれも粗悪品だ」という、嘘の情報ばかりに心がざわつく。

私はふと、友人のルイがかけてくれた言葉を思い出して、気持ちを落ち着かせた。

「愛由、アンチが現れてからが勝負だからね!」

私とルイは、ともにフォロワーが10万人を超える美容系のインスタグラマーだ。3年前に友人を介して知り合ってから、お互いのインスタで度々2ショットをアップしている。

そのとき、あるコメントが目に飛び込んできた。

『ayuって松木グループの松木伸英に遊ばれてるらしいよ』

― えっ、なんで伸英のこと知ってるの?

私は3ヶ月前から、大手通信会社の跡取り息子である伸英と付き合っている。

彼とは、ある食事会で出会ったのだが、そのときの伸英は彼女にフラれたばかりで傷心中だった。その弱っている隙に付け込んで猛アプローチし、交際をスタートさせたのだ。

伸英は32歳の若き社長候補。現在はインフルエンサーのインスタ運用をサポートする新規事業を立ち上げたばかりで、私のフォロワーも増えるかも?という下心もあった。

焦った私は、すぐに彼へ電話をかける。

「ねえ伸英。今、LINEにリンク送ったから。すぐに見て」

「…えっ、何これ。ネットの掲示板?」

こうして私への誹謗中傷が書き込まれたスレッドを、彼に見せた直後。伸英は予想もしなかった言葉を口にしたのだ。


落ち込む愛由に、伸英がかけた言葉は…


「愛由さ、インスタの投稿控えてもらえないかな。俺も今、叩かれやすい立場だし…。それにプライベートな投稿はしないでって前にも言ったよね?」

「えっ!?伸英って特定できる内容は一切あげてないよ?」

「そうだけどさ…。でも『松木グループの2代目もヤバい女に捕まったね』とか、嫌なコメントもついてるし」

そして彼は、電話の向こうでため息をついた。

「俺も大事な時期だから、頼むよ」



翌日のランチタイム。私はルイと『GARB東京』で落ち合い、相談することにした。

私と同じ美容系インスタグラマーをしていた彼女。しかし最近は路線を変更し、胸元を強調した過激な写真で男性フォロワーを集めている。

「ごめん、打ち合わせが長引いちゃって。何があったの?」

私のプライベートな情報がネット掲示板に書き込まれていた件について話すと、ルイは自分のことのように怒ってくれた。

「ほんと、ひどい話だよね。…でも、なんでバレたんだろう」

「それが全然わからないの。伸英と付き合ってることは、仲のいい人にしか言ってないし」

ルイは氷だけになったアイスコーヒーをすすると、スマホを手にした。

「…もしかして、あの子かも」

「えっ、誰?」

「インスタグラマーの友達に聞いたんだけどね。伸英さんの元カノがなんかヤバい子で、別れた後もストーカーっぽいことされてたらしいよ。

彼の周りにいる女子に嫌がらせして、インスタのコメント欄を荒らしたり。確か写真が…。あ、あった!」

ルイが差し出してきたスマホの画面には、6人ほどの男女が食事をしている様子が映っていた。右上にはルイの姿もある。

「あれっ、ルイも一緒…?」

「そうそう。2年前くらいの写真なんだけど。インフルエンサーの交流会で、私も偶然居合わせて。この子が当時、伸英さんと付き合ってた中村沙月」

そこには伸英に寄り添うようにして微笑む、小柄な女性が写っている。

「たしかインスタグラマーとして活動しながら、出版社の児童書宣伝部で働いてるはず。こういう子に限って、ストーカー化するんだよね」

それからというもの、沙月が書き込んでいると思われる掲示板のコメント内容は、日増しにエスカレートしていった。

『ayu、若作りして玉の輿に乗ろうと必死ww』
『加工しすぎてて、もはや恐怖』

我慢の限界に達した私は、ルイの協力を得て沙月のインスタを特定した。投稿のほとんどは、オススメの児童書を持った彼女の写真だ。

しかしコメント欄は閉鎖され、最近の更新頻度はガクッと落ちているようだった。

『いい加減にしてください。これ以上続くと訴えますので』

私は、沙月にダイレクトメッセージを送った。しかし返信はなく、掲示板の過激なコメントは収まらない。

伸英に相談しようか迷ったが、激務が続き2週間に1度しか会えない彼に無駄な心配をかけたくなかった。

そこで私は弁護士に相談し、開示請求に踏み切ることにしたのだ。





それから5ヶ月後。開示請求が完了したという連絡を受け、私は丸の内にある弁護士事務所へと向かった。

電車の中で、沙月のインスタアカウントにメッセージを送る。

『最終通告です。19時にここへ来てください。来なければ損害賠償請求します』

今夜、伸英と食事する予定のレストランのURLを送りつける。すると彼女から、初めて『わかりました』と短い返信が届いた。

2人の前で開示請求の結果を突きつけて、沙月にとどめを刺す予定なのだ。しかし弁護士事務所に到着した私は、思ってもみなかった現実を突きつけられた。

「こちらが、投稿者の実名です」

弁護士が差し出した書類を見て、私は絶句した。


掲示板に、愛由へのアンチコメントを書き込んでいたのは…


「えっ、嘘でしょ…?」

渡された書類に書いてあったのは、ルイの本名だったのだ。弁護士事務所を出ると、震える手で彼女に電話をかける。

「…もしもし」

「あ、愛由ごめーん!」

恐ろしいくらいに明るい、ルイの声。

「ねえ、どういうつもりなの?」

「ごめんごめん!開示請求まですると思ってなくて、ビックリしちゃった…!最近の愛由、惚気投稿でフォロワー増えてたし、イラっときちゃって」

「…私のフォロワーが増えたのが気に食わなくて、こんなことを?」

「それに私、ずっと前から伸英くんのこと狙ってたの!私よりフォロワーが少ない愛由と付き合うとかありえないし。これでPR案件が愛由にいくようになるのも、嫌だなって思って」

言い訳し続けるルイの口は、一向に止まらない。

「中村沙月も、伸英くんと付き合ってフォロワーが10万人に増えたんだよ?だから私『男遊びが激しい浮気女』って掲示板に書き込んだの。そしたら2人は別れたし、彼女のフォロワーも減ってて〜」

電話口でケラケラ笑うルイの声を聞いて、背筋が凍る。と同時に、私はあることを思い出した。

─ 沙月がレストランに来ちゃう。伸英に、何があったか話さなきゃ!

私は慌てて電話を切ると、彼と待ち合わせしたレストランへと駆け出した。




レストランに到着すると、すでに伸英と沙月が向かい合って座っていた。

「ごめん、遅れちゃって…!」

すると彼は無言で私をジッと見つめ、こちらにスマホを差し出してくる。そこには私が沙月のインスタに送信した、大量のダイレクトメッセージが表示されていた。

『ayu:ストーカーですよね?訴えるから』
『ayu:今も伸英に付きまとってるの?気持ち悪すぎ』

伸英は見たことのない表情で、私を睨みつけている。

「沙月のフォロワーが10万人を超えた2年前くらいから、インスタに妙なDMやコメントが届くようになったって聞いてた。…愛由、全部お前だったんだな」

「えっ違うよ!伸英、それは私じゃなくて…」

「何が違う?…俺も騙されてた。沙月、気づいてやれなくてごめん」

「ううん、伸英くんは悪くないの。『彼氏と別れないなら、あなたの個人情報を晒します』って書き込まれて、怖くて。誰を信じたらいいのかわからなくなって…」

涙を流す沙月の手を取り、伸英が立ち上がる。

「愛由、もう俺たちに関わらないでくれ」

「ち、ちょっと!伸英!」

彼は振り返ることもなく、沙月とともに店を出て行ってしまったのだった。



伸英と連絡が取れなくなって、1年が経った。

私は変わらずインスタグラマーとして活動し、最近は過激な水着での自撮り投稿が男性に好評だ。おかげでフォロワーは20万人を超えた。

最近の日課は、掲示板にインスタグラマーの悪口を書き込むこと。しばらくスレッドをチェックしていると、あるニュースのリンクが目に飛び込んできた。

『松木グループ社長、出版社勤務の27歳一般女性と結婚』

「へえ、あの子27歳だったんだ。私の10個下か」

久しぶりに中村沙月を検索する。彼女のインスタグラムに結婚報告の投稿はなく、淡々とオススメの児童書紹介が続いている。…フォロワーは私より5万人少ない15万人。

「…地味な投稿。これ以上フォロワーは増えないわね」

昨日届いた開示請求書の封筒をゴミ箱に捨てると、私は加工アプリを自分の顔に向けた。

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