−この結婚、本当に正解だった?−

かつては見つめ合うことに夢中であった恋人同士が結婚し、夫婦になる。

非日常であったはずのときめきは日常となり、生活の中でみるみる色褪せていってしまう…。

危機を無事に乗り越える夫婦と、終わりを迎えてしまう夫婦。その違いは一体、どこにあるのか−?

前回は、起業し年商1億超となり、“夫の年収を超えた妻”の言い分を聞いた。今回は夫・健吾の言い分を聞いてみよう。




危機事例? 結婚3年目の立場逆転−夫の言い分−


【田所家・結婚3年目の事情】

夫:健吾(仮名)
年齢:35歳
職業:メガバンク

妻:萌(仮名)
年齢:35歳
職業:アパレル経営

「応援しているに決まっているじゃないですか」

師走の丸の内。『GARB TOKYO』の窓際席。

イルミネーションで賑わう仲通りをぼんやりと眺めながら、田所健吾はそう静かに語り始めた。

「何年も苦戦を強いられて…それでも粘り強くああでもない、こうでもないと試行錯誤していた萌を、ずっとそばで見てきました。僕は彼女のそういう努力家なところが好きだし、尊敬もしています。それできちんと結果も出して…いや、素晴らしいですよね。自慢の妻です」

落ち着いた口調で、時折、記憶を手繰るように宙を見上げて話す健吾。「自慢の妻だ」と言い切る彼の瞳は真っ直ぐで、何かを隠す気配も、取り繕う様子もない。

しかし先週、彼の妻・萌はこう話していた。

某有名モデルがSNSで紹介してくれたことをきっかけに、萌の経営するアパレル会社の売り上げが急増。年商1億円を超えた頃から、健吾が僻みっぽい言葉を口にするようになった、と。

夫婦で認識が異なっているようだが、どういうことなのだろうか?


「妻を応援している」と話す夫。しかし、少なからず不満はあるようで…


「もともと僕は彼女の収入を当てにしていません。結婚した当時、妻の事業は赤字続きでしたしね。彼女はとても頑張っていたから、うまく行くよう願ってはいましたが、別に生活を豊かにしたいとか、資産が増えることを望んでいたわけではないんですよ」

健吾はサラリーマンだが、メガバンクの本社に勤務しており、身にあまる贅沢さえしなければ妻子を養う力はある。

もともと浪費するタイプでもなく、高級品や美食にそれほど興味もない。

「お互い忙しく働いているので、普段はゆっくり食事をするタイミングもなかなかない。でも、たまの休みに萌がブランチを用意してくれて…それをのんびり食べる時間が幸せだった。そう。僕はそういう平凡かつ些細なことで、十分に幸せを感じていたんです」

当時のことを思い出したのか、健吾はそう言って微かに目を細める。

そんな彼の表情から、健吾が妻・萌を心底愛し、結婚生活をとても大事に考えていたことが伺える。

しかし次の瞬間、彼は表情を曇らせ、苦しそうにため息を吐いた。

「多分、僕の考える幸せと萌の望む幸せの形が、いつの間にか違ってしまったのでしょう…いや、もしかしたら最初から違っていたのかも」




結婚当時、萌の事業がまだ軌道に乗っていなかったとき、彼女は自宅で仕事をすることが多かった。

というのも、二人で借りた飯田橋の家のほかに、彼女は渋谷に小さな事務所を構えていたのだが、狭いスペースは大量の在庫で埋め尽くされており、とても仕事ができるような状態ではなかったからだ。

平日は健吾も帰りが遅いし、萌の仕事は終わりがない。

しかしたまに「早く帰るよ」と連絡をすると、好物のハンバーグを作って待っていてくれたり、先ほども語っていたが、週末の朝、健吾が昼前くらいに起きてシャワーを浴びリビングに向かうと、まるでおしゃれカフェのようなブランチが用意されていたりした。

「彼女の仕事は週末だろうと休みではないし、僕のことなどお構いなしでずっとPCに向かっている日もある。それでも基本的には家にいるし、休みの日くらい家で食べたいでしょ?と言って、けっこう手料理も作ってくれていたんですよ…」

ところが。萌の事業がだんだんと軌道に乗り、金銭的に余裕ができてくるに従って、彼女の言動が少しずつ変わっていったのだという。

「ちょうど1年ほど前、萌はこれまでの3倍の広さの事務所に引っ越しをしました。場所は同じ渋谷です。アシスタントも一気に増やしたそうで、彼女もほぼ毎日事務所に出勤するようになったんです」

もともと帰宅の遅い健吾ではあったが、それでもこれまでは、家に帰れば必ず萌が迎えてくれた。

しかし事務所を移転したあと萌はほとんどの時間を事務所で過ごすようになり、その結果、夫婦のコミュニケーションが激減してしまったらしい。

「これまでは日付が変わる頃に帰っても、萌も仕事をしながら起きて待っていてくれて、軽く一杯飲みながらその日の出来事をお互い話したりしていたんですが、最近は真っ暗な部屋に帰ることも多い。

後から帰ってきた萌が、興奮気味に仕事の話をしてきたりすることもありますが、もう寝ようとしているタイミングで聞くには重くて…ついあしらってしまい喧嘩する、なんてことも増えました」


萌の事業拡張で生活スタイルが変わった。そしてすれ違いはどんどん広がっていく…


また、事業の拡大は、萌の生活スタイルだけではなく、価値観そのものを変えていったようだ。

健吾の話によると、以前は忙しい中でも積極的に作ってくれていた手料理も、最近はいつ最後に食べたか思い出せないのだという。

「単純に仕事が益々忙しくなり時間がないというのが理由なのだと思いますが、休みの日のブランチも当然のごとく『外に食べに行こう』と言うようになりました。また、以前は『手料理ってやっぱり美味しいよね』なんて言っていたのに、この間は『手料理ってコスパ悪いよね。外で食べた方が効率的』と言っていた。特に反論はしませんでしたが、ああ、変わっちゃったなぁと感じたのは事実です」




萌の変化は「手料理はコスパ悪い」発言だけではなかった。

有名モデルが彼女のブランドのお洋服を気に入り、私服でも着てくれるようになったことをきっかけに、萌の交友関係はみるみる華やかになっていったらしい。

健吾には未知の世界だが、何やら派手なパーティーに誘われ外出したり、そのためにドレスやジュエリーを新調したりもしていた。

もちろん、社交だって仕事のうちであることは理解している。高そうなドレスやジュエリーを購入することも、彼女が稼いだお金をどう使おうが自由だと思っている。しかし...。

「そうやって着飾り、頻繁に出歩く妻は以前とは別人に見えました。本当に自分の奥さんなのだろうか?と疑問に思うくらい」

さらに健吾は最近、萌の別の発言にも引っかかるものを感じていると話を続けた。

「アパレルの仕事が楽しくて仕方ないのはわかるのですが、やたらとメガバンク時代のことを悪く言うんです。例えば…あんなつまらない仕事やめて正解だった、とか。悪気はないのかもしれませんが、僕はそのつまらない仕事を今も続けているわけで。何度も言われるとさすがにカチンときて『萌は好きなことで稼げていいよな』とかって嫌味を返してしまいました…」

健吾は「僕も大人気ないですが」と付け加え、バツが悪そうに笑う。

しかしその笑い声は潤いを欠いており、どうにもやるせなく響いた。

…夫婦は合わせ鏡である。

夫だけが変わったわけでも、妻だけが変わったわけでもない。どちらが先も後もない。

お互いがそれぞれに、少しずつ変わってしまった。それが、真実なのかもしれない。

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