「博多ライトアップウォーク 博多千年煌夜」開催時の人魚塚と観音堂

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地下鉄祇園駅からほど近い、大博通り沿いにある「龍宮寺」(福岡市博多区)。寺が建つ場所は創建された当時は海辺だったことから浮御堂と称されていた。

【写真を見る】人魚が葬られたことから龍宮寺という名前に変わった。山号は冷泉山

毎年秋の「博多ライトアップウォーク 博多千年煌夜」期間中は、普段、一般公開されていない本堂が開放され、きらびやかにライトアップされた仏壇を拝むことができる。

■ 寺に伝わる人魚伝説

現在は博多の街の真ん中に位置し、海沿いといわれてもイメージが湧かないが、一つだけ海との関わりが深いエピソードがある。それが寺に伝わる人魚伝説だ。鎌倉時代のはじめの1222(貞応元)年、地元漁師の網に八十一間(現在の約147m)とも伝えられる巨大な人魚がかかり、吉兆として同寺にて手厚く葬った。

その際、「人魚は龍宮の使い」ということで、寺の名を龍宮寺と改めたとも伝えられている。寺の中には人魚の骨の一部や人魚の姿を記した掛け軸が大切に保管されているが、現在、一般客が見られるのは「人魚塚」として建てられた石碑のみ。ただ、その歴史を知って見る石碑はまた一味違う印象に。

■ 博多七観音巡礼地

また、もう一つの見どころが境内に建つ「観音堂」。聖観世音菩薩を祀るお堂として、1223(貞応2)年に建立されたもので、博多七観音(大乗寺観音、妙楽寺観音、龍宮寺観音、聖福寺観音、東長寺観音、観音寺観音、乳峯寺観音)の一つとして昔から多くの人の巡礼の場となっている。

博多駅からもほど近い大博通り沿いの寺に息づく人魚伝説。今日では人魚は空想の生き物だが、歴史的な文献に残る人魚がとらえられたという記述、龍宮寺に大切に保管されている骨など、鎌倉時代から伝わる逸話はロマンにあふれている。同地に葬られたといわれる巨大な人魚に思いを馳せながら参拝してみよう。

【九州ウォーカー編集部/取材・文=諫山 力】