富士山、槍ヶ岳、剱岳など国内の山だけでなく、キリマンジャロなど海外の山にスーツ姿で挑み続ける株式会社オーダースーツSADAの社長・佐田展隆さん。自社PRのために始めたスーツでの挑戦でしたが、世間からは本人も想像していなかった反応があったそうです。

【写真】スーツで富士山や海中までも!?チャレンジを続ける佐田社長の驚きの姿(全14枚)

卸先だった百貨店の廃業、そして東日本大震災が

スーツで難関の剱岳へ

── SNSで「スーツ姿で過酷な山々に登る人がいる」と話題になった佐田さんですが、なぜこのような活動を始めたのですか?

佐田さん:私は株式会社オーダースーツSADAという会社で社長をしているのですが、スーツで登山を始めたきっかけは、自社スーツをアピールするためでした。以前はスーツの製造卸をメインで行っていました。工場が宮城にありテーラーさんも東北が中心だったのですが、2000年のはじめに卸先の半分を占めていた百貨店が廃業。さらに2011年に東日本大震災が起き、多くのテーラーさんが廃業してしまいました。

それで自分たちで小売事業をすることにしたのですが、急に販売しようと思っても信頼を得ることや集客が難しく…。そのときに動画でマーケティングができないかという案がでたんです。今でこそYouTubeでのマーケティングは一般的ですが、2011年当時はまだそこまで主流ではありませんでした。そこで思いついたのが自社スーツで山を登るということだったんです。

── なぜ山だったのでしょうか?

佐田さん:元々、私自身が登山を趣味としていたこともありましたが、アメリカでは社長が自社製品をユニークな方法で使う動画を公開したことで、売り上げが何倍にも伸びたという事例がありました。それで我が社でもスーツを着て社長である私がなにか面白いことをしたらいいのではないかという話に。社員も私が登山好きなことを知っていたため、「それならスーツで富士山に登ったらどうか」という話になりました。企画が出た2013年は富士山が世界文化遺産に登録された記念の年だったので、最初は富士山に登っているところをYouTube「オーダースーツSADAチャンネル」に公開したんです。

── その動画が話題になった?

佐田さん:そうなんです。動画がきっかけで取材などが来るようになり、事業も少しずつ知られていくようになりました。登山以外にもスーツでスキージャンプ、山スキー、スキューバーダイビングなど、さまざまなことに挑戦しました。

事業を広めるためにはYouTubeを定期的に更新することが求められるのですが、苦労したのが毎月のアイデア出しです。百名山制覇を目標にすれば、しばらくは企画に困ることはないなと。1か月にひとつ登れば動画が1~2本更新できるし、そのペースであれば8年くらいは続けることができます。いろいろな山に登り続けていたところ、SNSやYouTubeを見てくれる人が増え、今ではたくさんの人に知られるようになりました。目標の百名山も2026年9月現在で87座まできましたよ。

ヨーロッパの貴族はスーツ姿で登山をしていた?

── 自社商品アピールのために日本の百名山や海外の山に、スーツ、革靴、ビジネスバッグで登り続けているそうですね。安全第一と言われる登山で、スーツを着て登ることに批判の声などはないのでしょうか?

佐田さん:もちろん「山をなめるな」という厳しい声もありました。でも意外なことに、そうした批判以上に「スーツで登山をするなんてすごい」「面白い」という反応のほうが多かったです。今では山に行くとファンの方に声をかけてもらうことも増えました。

── 実際にスーツで登山をすることに危険はないのでしょうか?

佐田さん:私の場合はスーツで登山をするときは安全を考えて、登山ガイドを帯同しています。登山ウェアを着た撮影隊も1~2人いっしょにいるのですが、その人たちに万が一なにかあったときのために着替えの登山ウェアや替えの靴を持ってもらい、安全対策は徹底しているつもりです。ビジネスバッグだと両手が塞がって危ないという声もありますが、岩場など危険な場所では肩にかける、たすき掛けにするなどすれば、両手は開くのでスムーズに登ることができます。

フランスのシャモニーにある山岳博物館で確認できるのですが、昔のヨーロッパでは、貴族などが正装であるスーツ姿で登山していたようです。そのため、以前にフランスとイタリアの国境にあるモンブランという山に「スーツで登りたい」と海外の登山ガイドに相談したときは、「ずいぶんクラシカルな格好で行くんですね」と言われ、反対されませんでした。

── ふつうの人では難しいですが佐田さんの経験と万全の準備があるからこそ、スーツでもこれまで無事に登頂できたのですね。佐田さん自身はスーツで登山していて、動きづらいなど不自由を感じないのでしょうか?

佐田さん:登山用のスーツにはウール100%のナチュラルストレッチ素材を使っています。ストレッチ素材なので体にフィットするのに伸び縮みしてアクティブに動きやすく、しかもシワの回復力がすごく高いんです。そのため、登山中にシワができても山小屋で休んでいる間に、あっという間に元に戻ります。

また、ウール100%なので保温性や消臭機能も非常に高く、吸水速乾性も最強。汗冷えもしにくいし、冬の登山でも寒さにとても強いです。ただ、暑さに弱いのだけが困ったところ。スーツは脱いで手に持てますが、その下に着ているベストやシャツは脱ぐことができないので、夏に標高の低い場所にいるときは汗だく。なるべく早朝に標高を上げて、暑くなる前に標高の高い涼しい場所にたどりつくようにしています。

「無事故、安全第一」批判の声も擁護に変わり

社長として日々、オーダースーツの事業に取り組む佐田さん

── スーツ登山は意外に機能性も高いんですね。これまで長く続けてきたことで事業の周知にも成功されましたね。

佐田さん:最初は自社のために始めたことですがメディアに露出する機会も増え、オーダースーツをつくりに来てくれる人はもちろん、山で会って声をかけてくれる人も増えました。私に会えると雷鳥を見るのと同じくらいのレアさを感じて感動してくれる登山者もいらっしゃいます。

また、スーツで登ることを批判する声があったときも、「これまで無事故で安全対策をきちんとしている人だ」「海外の雪山を登ることは普通の人ではできない。それを知ってから批判をしろ」など、私の登山活動を見てくれている人たちが擁護してくれるようになりました。

── これまでに印象に残った山はありますか?

佐田さん:槍ヶ岳から西穂高岳までの大キレット、ジャンダルムという死者も多く出る登山道に挑んだときのことはよく覚えています。実際に近くで滑落した人を見てしまい、我々はそれでも進みましたが、やはり引き返した人もいました。ワンミスで命を落とすような場所のため、スーツで事故を起こしたら非難されることは目に見えていたので、より慎重に挑みました。

── 百名山制覇まであと少し、がんばってくださいね。

佐田さん:百名山制覇後はいつかエベレストに登ることが目標です。登山は好きなので百名山以外にもいろいろ登りたいのですが、この企画を始めてからスーツ以外で登山をできなくなってしまったことだけがちょっとした悩みです。先日、子どもと槍ヶ岳に行くときは登山ウェアで行こうと思っていたのですが、「お父さんはスーツでしょ」と言われてしまい(笑)。たまには普通に山登りも楽しみたいです。

 取材・文:酒井明子 写真:佐田展隆