川や湖などで、カヌーを操り、アクロバティックな技の難易度を競う競技「フリースタイルカヤック」。世界女王・高久瞳さん(42)の冬の練習場はなんと公立小学校の屋上プール。競技への向き合い方や川にいるからこそ感じる、自然の変化について話してくれました。(全3回中の3回)

【写真】「ありえない!」水上で一回転する躍動感が伝わる競技シーン ほか(全16枚)

冬の練習場探しに苦労「小学校がプールを貸してくれて」


── 現在は海外で練習することが多いそうですが、日本にいるときは八王子市立第七小学校のプールで練習しているとのこと。どんなきっかけで利用することになったのでしょう?

高久さん:練習は海外を拠点にしているのですが、帰国した際の練習場所が見つからなくて、困っていました。とくに冬場の川は凍結などにより水位が下がり、練習ができなくなるんです。たまたま八王子によく行くお店があり、毎年、秋に河原でバーベキュー大会を開催していたんです。ある年、参加してみたら、河川敷がいっぱいになるくらい、200人くらいの参加者がいました。同じ席に八王子市役所に勤務されている方がいらっしゃいました。

私がカヌーの選手で練習場所を探している話をしたら、教育委員会の方を紹介してくれて、さらに八王子市立第七小学校の校長先生につなげてくださいました。第七小学校のプールは緊急時の防火・消火用水として冬でも水を張っていたんです。「ぜひ練習に使ってください」と、言ってもらえました。川と違ってプールは水の流れがありませんが、技の形を練習できます。冬のプールは藻が生えているけれど、川よりずっときれい。練習するのに困らないし、ありがたいです。小学校の生徒さんには、講演する機会をいただき、5、6年生の前で演技を披露したこともあります。

八王子市立第七小学校で小学生に演技を披露する高久さん

── 現役のプロスポーツ選手と接することができるのは、小学生にとっても貴重な機会だと思います。

高久さん:演技を見た生徒さんたちは、一人ひとり直筆の感想文を送ってくれました。「これをきっかけにカヌーを始めてみたい」とか、「いままで知らなかったことを学べた」、「あきらめないことの大切さを知った」などと書かれていて、とても感動しました。もし、私の経験が誰かの心に響いたのなら、とても幸せです。

「五輪種目での採用」だけがすべてじゃない

── フリースタイルカヤックがオリンピック種目になったら、もっと注目が集まると思うのですが、可能性はありますか?

高久さん:残念ながら、フリースタイルカヤックがオリンピック種目になるのは難しいと思っています。カヌー競技は非常にたくさんの種類があります。あらたなオリンピック競技に選ばれるとしたら、フリースタイルカヤックより歴史が長い競技になる可能性が高いんです。もちろん、もしオリンピック種目になったら、いまよりもっとフォローを受けられるだろうとは思います。マイナー競技だから、なかなかスポンサーがつかないのが現状で、金銭的にはかなり大変ですから…。

カヌーの裏側は自分でデザインした花柄で中央の赤い円は日本を表している

とはいえ、資金面の負担があっても、現状は苦になりません。大好きなことに取り組むのが、楽しくてしかたがないので。私がフリースタイルカヤックに出合ったとき、そのかっこよさに心を打ちぬかれ「生涯をかけてこのスポーツに取り組もう」と誓いました。難しい技を習得すると、さらに難易度の高い技に挑戦したくなります。とにかく奥深くて、それがずっと夢中で続けられる理由だと思います。

とはいえ、このスポーツの楽しさはたくさんの人に知ってもらいたいし、競技人口も増やしたいです。だから、地方に行ったときは体験会を開いてお子さんに挑戦してもらったり、講演会を行ったりしています。

川にいるから思う日本の自然や水難事故の危うさ

── フリースタイルカヤックは川や湖で行う競技です。日々、自然と触れ合うなかで、感じることはありますか?

高久さん:自然環境の変化を肌で感じています。日本は水が多い国ですが、フリースタイルカヤックを行える川が年々少なくなっているんです。なぜならダムでせき止めている川が多く、水が流れなくなっているから。土砂も蓄積されていき、水位が浅くなっています。以前は関東にも、フリースタイルカヤックができるスポットがありましたが、近年はほとんどなくなってしまいました。水が少なくなったために、魚などの生き物も減っているようで、日本の自然との向き合い方を変えていく時期が訪れているように思います。

20年来師事している宮川さん(左)と練習をともにしている

また、最近は水難事故が多発し、子どもたちに「川で遊んではいけない」と指導する場合が多いようです。安全のためには当然のことではあります。でも、事前に危険を排除しすぎるよりは、適切な配慮をしたうえで幼いころから川になじんだほうが、危ないことが察知できるようになる気もしています。フリースタイルカヤックは、ライフジャケットを身に着けています。安全をしっかり確保したうえで、川やカヌーの楽しさを知ってもらいたいですね。

── 日々、自然と向き合っているからこそ感じることですね。今後、どんなことをしていきたいですか?

高久さん:今年もドイツのワールドカップ・女子カヤック部門で1位、という成績を残せました。もともと体力が続く限り、できるところまでとことんフリースタイルカヤックに取り組もうと思っていました。応援してくださる方もたくさんいます。これまで支えてくれた方たちに恩返しするためにも限界まで漕ぎ続け、ずっとずっと楽しみ続けられたら最高です。

PROFILE 高久 瞳さん

たかく・ひとみ。1982年生まれ。東京都出身。フリースタイルカヤック選手。社会人となった22歳の夏からカヤックを始めた。2011年度から国内大会に出場し始める。2012年度には日本代表選手となりワールドカップへ参戦開始、2013年度にはワールドチャンピオンシップでK1種目で銀メダル獲得。2019年、ワールドチャンピオンシップで念願の金メダルを獲得。

取材・文/齋田多恵 写真提供/高久 瞳