◆これまでのあらすじ

レスに悩む元同級生の、医師の陸と外資コンサル勤務のミナト、そして弁護士の幸弘。

ミナトは妻と仲直りし、離婚の危機を乗り越える。

一方、浮気をした陸は家を追い出され、杏に離婚届を渡す。

幸弘は両親と縁を切り、離婚届を用意して…。

▶前回:「仲は悪くないんだけど…」広尾在住、結婚3年の子なし夫婦が離婚を決断したワケ




辻家/ミナトの中国移住


「お、陸。お疲れ」

冬の気配が感じられるようになった11月の第1週目の土曜日。

陸はミナトに呼ばれ、彼の家を訪れた。

「ミナト、もう全部運び終わったの?」

「ああ、荷物はもうまとめて送った。後はホテルに移動して3日後に中国に発つ予定」

カリンと話し合った1ヶ月後、ミナトは会社に退職届を出し、リユース関連のスタートアップ企業に転職した。

それから3ヶ月ほど渡航の準備をしてきたが、いよいよ3日後には中国に渡る。

「でも良かったね、家族も一緒に行けることになって」

「ああ、むしろカリンの方が張り切ってるよ。住むところもカリンが決めて、娘の学校のこととか今じゃすげー詳しい。毎日中国語のレッスンも受けてるし」

そう語るミナトの表情は、最近見たなかで一番幸せそうだった。

「あとさ俺、克服したよ。レス問題」

「おー、おめでとう。でもどうやって?カウンセリングでも受けた?」

「そのつもりで予約してたんだけど、受ける前に自然とそういう雰囲気になって…。あれだけできなかったのに、カリンの想いを再認識した途端、付き合いたての頃を思い出してさ。

俺も前みたいにカリンを子どもの母親じゃなく妻として大事にするようになったら、不思議とできるようになったんだよ」

「やっぱり最後は愛か…」

陸が羨ましそうな顔をしてミナトを見る。その表情に気がついたのか、ミナトは自分の話をすぐにやめた。

「あ、これ家の鍵。この家、自由に使っていいから。でもなるべく汚すなよ?」

「ありがとう、格安で貸してくれて。ちょうど住むところ探してたから助かるよ」

「知らない人に貸すより、信用できるやつに貸した方がいいだろう?部屋の中、案内するわ」

家具だけが残るがらんとした部屋を見渡し、陸が言った。

「いいところだな。俺1人で住むには、勿体ないな」

「だったら幸弘呼べよ。2人で住めばいい」

「はは、絶対『嫌』って言うよ。有り難く1人で快適に住まわせてもらうよ」

陸が乾いた笑いを浮かべる。そんな陸を見て、ミナトが言った。


「陸は結局、もう決まったんだよな?離婚」

「うん、先週離婚届を出した。と言っても、杏から『出した』って連絡が来ただけ」

「そうか…」

「なんか、ほんとあっさりだよね。もっとドロドロ揉めるかと思ったけど、弁護士を介して財産分与だけして、それだけ。後は紙を出して終わっちゃった。この数年間がさ、一瞬で終わったよ」

寂しそうな陸の言葉を聞いて、ミナトが思わず涙した。

「やだな、なんでミナトが泣くんだよ。大丈夫、これは前向きな一歩だから。お互いに幸せになるための選択だから、後悔してない。前の大学病院に戻ることも決まったし、1からやり直すよ」

「そっか、お互いこれから頑張ろうな。次会った時には独身ライフを楽しんで、俺を羨ましがらせてよ」

「ああ、そのつもりだよ」

2人は笑い合いながら、お互いの未来を祈った。


佐々木家/離婚という結末


「多分陸の物はこれで全部だと思う」

次の日の朝。陸は杏から連絡を受け、元の家に来ていた。

「ああ、ありがとう」

「ちょっと、お茶していく?何も予定ないんでしょう?」

杏に促され部屋に上がると、陸が住んでいた時よりも整頓されていた。

「ふふ、陸がいた頃と違うでしょう?物もだいぶ減ったし」

「ああ、杏らしく綺麗にしてるね。僕は掃除が苦手だったからさ」

杏は『Fortnum & Mason』のEnglish breakfastを淹れると、陸のいるソファに持ってきた。




「そうね。でも片付けてみるとこんなに広かったっけ?って思った。陸がいる時は文句ばっか言ってたけど、綺麗に片付きすぎてると、なんだかそれはそれで寂しいわ」

杏の意外な言葉に、陸はどう返していいのかわからず黙る。

「私さ、陸が出て行ってからやっとちゃんと2人のことを考えた。それまでは“私はこうしたいのに”とか“私の夫なんだからこうあってほしい”とか、自分のことばかり考えてた。2人がどうすれば幸せになれるのか、そんな当たり前の視点が欠けてたわ」

「それは、僕も同じだよ。僕ばかりが苦しいって思ってた。僕ばかり我慢してるのにって」

「そうだね、お互いに自分勝手だったのかもね」

離婚を決めてから、きちんと話し合いをしていなかった2人は、やっとお互いにきちんと向き合えた。

「陸が苦しんでるのはなんとなくわかってた。でも、結婚したんだから頑張ってよって心の奥で思ってた。離婚したのはね、陸を嫌いになったからじゃないよ。ただ、解放してあげたかったの」

「わかってる、杏の優しさだって。ありがとう。そしてうまくできなくて、ごめん。今まで色々とあったけど、杏のことは本当に好きだった」

「うん、知ってる。今更だけど、私もあなたのことを好きだったわ。元気でね、体に気をつけて」

相手への愛情表現よりも不満や注文ばかりを口にする結婚生活だったが、最後はお互いを思いやり、幸せを願うことができた。


小野家/幸弘の出発


「では、お世話になりました」

寒さが本格的になり始めた12月の終わり、幸弘は事務所を訪れていた。

代表に深々と挨拶をすると、代表が少し困った顔を見せた。

「そんなかしこまらないでくれ、なんだかこれが最後みたいじゃないか。それよりも“行ってきます・立派になって帰ってきてがむしゃらに働きます”とでも言ってくれよ」

7ヶ月前、幸弘は辞める覚悟で代表の元へ訪れた。

「ここで働かせていただいたことは本当に感謝しています。ただすべてが父のおかげだとわかった今、これ以上、ここに居座るつもりはありません」

「…まあ、座って」

珍しく興奮気味の幸弘を落ち着かせようと、秘書にコーヒーを頼むと、代表は幸弘をソファに座らせた。

「入社も出世も自分の実力ではなく、父のおかげだと知っています」

幸弘がそう言った途端、代表はハハッと大きな笑い声を上げた。

「確かに、君のお父さんに頼まれたのは事実だよ。だけど、そんなので私が人を雇ったり出世させたりすると思うか?」

「えっと…違うんですか?」

「そんなことしていたら、コネ入社ばかりでうちは潰れるよ。私は優秀な人材しかいらないんでね。出世だってそう。そんなことで決まってしまったら、本当に優秀な人が離れていくよ」

代表の言葉が本当なのかなだめるためなのかわからず、幸弘は怪訝な顔をした。

「まあ、それでもって言うなら…小野くんはニューヨークに興味あるかい?」

「え、ニューヨークですか…!?」

「そう。うちの提携先が今日本人のヘルプを欲しがってるんだ。そこで色々学ぶといい。向こうなら親父さんの影響力もないだろう。その後君が望むなら、残ってNY州の弁護士資格を取っておいで。急げば願書も間に合うし、そこで自分の力を試したらいいよ」

代表は驚く幸弘を見て、穏やかな表情を浮かべた。

「私の言葉が信じられないのなら、“君が優秀だ”って自分で自分に証明してみなさい。一番疑っているのは小野君自身じゃないのか?」

代表のその言葉が、幸弘の胸に刺さった。

結局、自分が一番自信がなかったのかもしれない。父親にすがらなければ、自分は何もできない。琴子の気持ちすら、掴むことができなかったと。

代表のその言葉のおかげで結局幸弘は考え直し、事務所を辞めずにニューヨークへ行くことにしたのだ。

「わかりました、では行ってきます」

「ああ、ちゃんと勉強して経験して、また戻っておいで」

強面の代表が、クシャリと笑顔を見せた。




ニューヨークへ旅立つ日。

空港でチェックインを済ませた幸弘は、琴子と離婚した日のことを思い出した。

離婚を言い出したのは琴子の方。

「私たち、離婚しましょう」

琴子が幸弘の浮気の告白を聞いてから、1ヶ月後のことだった。

離婚を覚悟していたとはいえ、やはりショックを受ける幸弘に、琴子が言った。


「幸弘も私も、随分親たちに振り回されたし、もういい嫁を演じるのに疲れちゃった。このまま問題に蓋をして有耶無耶にしたところで、結局元に戻ると思う。だから一旦区切りをつけたいの。それぞれ、自分で決めた道を歩いていきましょう」

「ああ…わかった」

「でもね、これは一旦リセットして一から始めるため。幸弘とは出会いからやり直したいの」

2人で離婚届を出しに行った後、琴子がスッキリとした顔で言う。

「これでもう幸弘とは他人かぁ。よし、じゃあ…初めまして。琴子です」

「…初めまして、小野幸弘です」

琴子は爽やかに笑うと、握手をするために右手を差し出す。その笑顔が、とても綺麗だった。

それからは別々に暮らし、特に連絡を取っていたわけではない。

だが、旅立つ前にどうしても琴子の声が聞きたくなった幸弘は、電話をかけた。




「琴子?俺、これからニューヨークに発つよ」

「そっか、もう行くんだね」

「あぁ…もう琴子には関係のないことだけど、なんとなく知らせたくて…」

「体に気をつけてね。ニューヨークでも頑張ってね」

「うん、琴子も」

この先どうなるかはわからない。もう、幸弘の前にはレールが敷かれていないから。

だからこそ怖くてでもワクワクして、幸弘は未来に向かってようやく1人で歩き出した。


35歳になった3人の男たち


― 2年後

「うわー久しぶりだな、2年ぶり?ってか陸、痩せてカッコ良くなったな。どうせ独身ライフ楽しんでんだろう?」

「ミナトはなんか太った?幸せなパパって感じだな。そういや下の子、半年前に産まれたんだっけ?」




麻布十番にある『ホンダ』に集まったのは、陸と一時帰国中のミナト。そして…

「いや、幸せなパパっていうよりは中年太りだろ、ミナトの場合」

遅れてきたのは、最近帰国したばかりの幸弘。

「お前、俺が羨ましいからってそんな言い方。ちょっとは幸せのお裾分けしてあげようか?ほら、これ子どもたち。可愛いだろう?まあ子ども嫌いのお前には、この可愛さがわからないだろうけど」

ミナトが家族の待ち受け画像を見せると、幸弘が目を細めて微笑んだ。

「うわ、幸弘が笑った。とうとうお前も人間になれたか!?」

「本当だー。幸弘も年を取って丸くなったんだね」

3人は高校時代に戻ったように、楽しくじゃれ合う。

1時間ほどして、幸弘のスマホが鳴った。

「わかった、今からそっちに行くよ」

「お、誰だよ?俺らより大事な人か?」

「あぁ、彼女…」

「え!?」

「…になって欲しい人」

幸弘の返しに、ミナトと陸は一瞬驚いたものの、笑顔を見せた。

「どうせ琴子さんなんだろ?早く行けよ、今度はちゃんと大事にしろよ」

「ああ、絶対大事にするよ。じゃあまたな」

幸弘はそう言うと、嬉しそうな顔をして琴子との待ち合わせ場所へと急いだ。

Fin.




▶前回:「仲は悪くないんだけど…」広尾在住、結婚3年の子なし夫婦が離婚を決断したワケ

※公開4日後にプレミアム記事になります。

▶1話目はこちら:「実は、奥さんとずっとしてない…」33歳男の衝撃告白。エリート夫婦の実態