「どちらが多く稼いでいるか」のマウンティング

飲み会にいって時折後悔することは、酒飲んだノリで無神経な本音を言う男を、こちらも酒飲んだノリで、うっかり「え、なにそれそんなこと言うわけ?」とつい聞き流さずに捕えてしまうことです。いやもうほんとイヤよね酔っ払いってさと思いつつも、その時ひっ捕えたのは、働く妻を持つカメラマンでした。なんでそんな話になったのか酔っぱらってるんで定かではありませんが、ご夫婦がそれぞれ仕事で稼ぐ収入の差の話になり、彼のほうが収入が上だから、日常を上手く回すために彼女が仕事を辞めて家事を引き受けるのは当然、的なことを言いだしたのです。

彼女が「収入のため」だけに働いているわけではない(だからこそ収入が低いという理由も)ことを知っていた私の中で、「え、なにそれそんなこと言うわけ」モードが発動し、でも君だって金のためだけに働いているわけじゃないんだし、それ考えたら奥さんの仕事への思いとか、家事への責任を感じてもいいわけで、それを「収入が上だから」みたいな言い方で片づけるのはどんなもんだろう?と反論したところ、その野郎(あ、ついうっかり)は「もし逆の立場なら、俺が辞めたっていいよ。あいつが俺より稼いでくれるならね」と勝ち誇ったように言いやがって、完全に頭にきた私はそいつの襟首をひっつかんで「嘘こけよ!たとえ妻が稼いでも、お前が仕事を完全に辞めて家事やるわけねえだろ!」と横っ面にグーパンチをくらわしながら言ってやったわけじゃないけど、そんくらいカチーンと来たのでした。

前回の『クレイジー・リッチ!』の記事では、いわゆる逆タマ婚に乗っかった男が、桁外れにリッチな妻に対して抱いているどこか卑屈な、ひねくれた思いについて書いたのですが、これって男性全般についてほんとにパターン化した「あーりーがーちー」な反応です。そこには「男のほうが女より稼ぐのは当然」みたいな固定観念に縛られている男の悲しさもあるのですが、それは同時に、夫の働く妻に対するライバル意識のようにも思えます。共働きの夫婦の家事分担が「どちがら多く稼いでいるか」である程度決まってゆくのは、もしかしたらそこを基準にしたある種のマウンティングがあるからじゃないかしら。

「どっちの稼ぎが多いか」で価値を決める人の、究極的なつまらなさ

さてそんな中で見た『クワイエット・プレイス』は、いまやハリウッドで最も売れていると言っても過言ではないエミリー・ブラントが主演の、素晴らしく面白いホラーサスペンス。目が見えないのか、わずかな音にも反応するスーパー聴力を持つモンスター――音を頼りに人間を探し出して捕食する――に支配された地上の世界で、物音をたてず、囁くような会話のみで暮らす家族の物語です。素晴らしく斬新な発想で作られハリウッドでも大評判のこの映画を撮ったのは、俳優にして脚本家であるジョン・クラシンスキー。この作品で監督デビューした彼は、長らく「エミリー・ブラントの夫」と言われ続けてきた人です。

『メリー・ポピンズ』の公開も控えるエミリー・ブラントは、話題作にバンバン主演する人気実力ともに兼ね備えた大女優です。子供を産んだお母さんでもありますが、アクション女優と言っていいほど過酷な作品への出演も多く、この映画でも、めちゃめちゃでかい釘を踏んで足血まみれになったり、恐怖に震えながら孤独に出産したり、水浸しの地下室でモンスターと戦ったり、そりゃもう頑張っています。

私がすごくいいなと思うのは、この夫婦が、この作品における互いの仕事を、わざとらしくなく賞賛しあっていることです。そこにあるのは、夫なんだから立ててほしいとか、妻だからちょっと手加減してとか、そういうくだらない甘えとは無縁の世界。二人の間にあるのは「ちゃんと仕事をしたい人」同士の当然の敬意です。そしてめちゃめちゃ稼いでいるエミリーが「私が稼いでるんだし、半端に働かなくてもいいのでは?」とジョンに言っていたら、この作品は生まれてはいなかったでしょう。

もちろん互いの得手不得手で役割が決まるのならそれもよし。でも「収入が少ない」という理由で働くことを無意味かのように言う人って、どうなのかしら。金を稼ぐことだけが仕事の醍醐味かしら。貯金通帳が友達かしら。つまんない仕事するくらいなら自分の面倒見てほしいとか思うのかしら。超絶つまんない人のように思えるけど違うかしら。

もちろん収入が高いことは意味のあることでしょうが、たまたま大企業に入っちゃったやる気のないボンクラが、中小企業でバリバリの人より収入が多いなんてこともありますし、昇進の機会もスピードにも男女差があります。さらに言えば医者を目指して医大を受けた女性が合格点取ってるのに不合格にされちゃうこの日本社会で、そんなんを理由にマウンティングするとかたまったもんじゃないと思いますが、それも違うかしら。

『クワイエット・プレイス』

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