女性向け人材サービスを運営するビースタイルで週3日だけ会社員をやりながら週4日はダンサーとして活躍する「踊る広報」こと、柴田菜々子(しばた・ななこ)さん。

一度は大好きなダンスに専念するため会社を辞めようと決意するも、「ダンスと仕事と生活と、3つを実現できる方法を考えてみては」という社長のひと言をキッカケに週3日勤務のパラレルキャリアをスタートしました。

パラレルキャリアをスタートして2年弱。ソロやチーム活動でのコンテスト受賞経験もあり、アーティストのプロモーションビデオやミュージックビデオにも出演している柴田さんに聞きました。

踊る広報柴田菜々子さん。女性向け人材サービスを運営するビースタイルに週3日だけ勤務。ダンス歴15年、出勤日以外はダンサーとして活動している。

仕事は楽しいけど、ダンスがしたい

「大学時代にダンスを専攻していたんです。でも、ダンス業界という狭い世界で生きるのもなぁ……と考えて会社に就職しました。実はダンス業界には就職する人はあまりいなくて、アルバイトをしながら活動している人が多いんです」

こうして就職する道を選んだ柴田さんは、社会人生活を思いきり楽しんでいたそう。フルタイムで勤務しながら、プライベートでは大学の時から続けていたチームのメンバーと踊っていました。ところが、社会人2年目になった頃、どんどん自分の身体が動かなくなり、チームの足を引っ張っていることに気づきます。

「動かないとまずい……。私が働いている時間はみんなダンスをしている……」

チームの中で自分だけが動けなくなっている現実がつらくなってきたという柴田さん。「仕事は楽しいけど、今やるべきことは他にあるのかも」と思い始めます。

「社会人2年目の時に、このまま仕事を続けるか、ダンサーになるのか1年間悩み続けました。そして最終的に、こんなにモヤモヤするなら、いったんダンスの時間を確保した方がいいんじゃないか、と考えて退職を決意しました」

3つを実現できる方法はないの?

「ダンスのために会社を辞めよう」と決めて、まずは上司に報告すると、「君のキャリアを考えると辞めない方がいいけど、ダンスって言われるとわからないな。止めないと思うけど社長にも相談してみて」という言葉が。

次に社長に報告すると、今度は意外な反応があったそう。

「社長に『10年後の自分のビジョンは?』と聞かれたんです。5年後まで語れたんですが、それ以降はもう運だめしと思っていたところもあって、ビジョンを語れなかったんです。どうやってダンスで稼いでいくのか、説明できなくて」

言いよどむ柴田さんに社長は、「ビジョンのないやつは絶対成功しない!」とビシッと厳しい言葉をぶつけました。さらに「そもそも、どうやって生活していくんだ?」と聞かれて、「アルバイトしながら」と答えるしかない自分。将来を真剣に考えていないことを鋭く突かれてしまいます。

「社長に『ダンスと仕事と生活と、3つを実現できる方法を考えてみては』と言われて。結局いったん考え直すことになりました」

24歳の再スタートだから、やりたいこと

「会社を辞めよう」と決めた時点で柴田さんは24歳。ダンサーとしての年齢的リミットが徐々に近づいていました。

「プロを目指すにはすでに少し遅い。なので、私は違う勝ちかた、生きかたをしないといけない。同じようにダンスだけをやっていてはダメだなと思っていました」

「自問自答していく中で、ダンサーになったとしても自分は満足しないという結論にたどりついたんです。実はダンス業界には“稼げない文化”があって、本業だけで生計を立てるのは難しい。ダンスをやる以上、その文化をなんとかしたいな、ダンサーが生きていける選択肢を増やしたいなと。そうなるとビジネススキルも必須だし……」

ダンスの世界に戻るなら、ダンス業界そのものに関わりたい。社長の言葉をキッカケに、柴田さんは本当にやりたいことを突き詰め始めます。

「一度は会社を辞めようと決めましたが、考え直してみると、やっぱりキャリアは継続したいという思いも出てきて。ただ、ダンスをやりたいのは、私のわがままなので、会社に迷惑かけるわけにはいかないし……」

会社に迷惑をかけずに、ダンスの世界に戻るにはどうすればいいか? 悩み続けた末に柴田さんは、ある方法を思いつきます。

「こらからの1年間に、何時間くらいダンスができたらいいか、何回くらいコンテストに出場できたらいいかを具体的に考えてみたんです。出たいコンテストをリストアップして、必要な練習時間を計算しました。すると、週3は出社できることが見えてきて」

計算をもとに作成したスケジュール表を持って社長に会いに行くと、「それで頑張ってみろ」と許可が出ます。こうして柴田さんは、2015年7月から出勤日を減らして、ダンサーとして活動を開始しました。

会社で成果が出せない居心地の悪さ

ようやく週3勤務でダンサーとのパラレルキャリアをスタートさせた柴田さんでしたが、最初から順調にはいかなかったようです。

「週3勤務が始まった時は、思うように成果が出せなくて。すると、だんだん居心地が悪くなってきてしまい……。もちろん、まわりの同僚は何も言わないですよ。でも、この働きかたをさせてもらっている以上、きちっと成果を出さなければいけないし」

限られた時間で、会社の仕事とダンスの両方で成果を出さなければいけない。そんなプレッシャーを感じる中で、「とにかく生産性をあげないとムリ」と結論した柴田さん。働きかたの工夫をして、まずは業務を一つひとつリスト化。それぞれにかかる時間を割り出して生産性の高そうなものから取り組み、それ以外は同僚にお願いするなど、環境を整え始めました。

仕事のやりかたを変え、週3勤務のパラレルキャリアにも馴れてきた頃、柴田さんは、いくつかのメリットを感じるようになったそう。

「会社とダンスという2つのコミュニティを持っていた方が、相乗効果があるなと感じました。特にダンス面でいい影響がありました」

「舞台業界の課題のひとつは、特定のファンしか劇場や公演に足を運んでくれないことです。でも、ダンス以外の世界にいる私が出ることで、知り合いが観に来てくれたり、コンテンポラリーダンスというものに興味を持ってくれる人がいたり。そんな機会が増えました」

その他にも、公演したい時に自分で企画や段取りをするスキルが身についたこともメリットのひとつ。会社で広報の仕事をして身につけたスキルが、ダンスの世界で何かしようと思った時に武器になっているそうです。「これからは、社会人経験を積んでからダンス業界に来る人が増えてもいいかも」と柴田さんは話します。

パラレルキャリアを始めてから同僚の反応も違ってきました。

「入社当時から、ダンスが好きで続けていきたいという話はしていましたが、週3日勤務が決まってからは、『ダンスやるんだね〜!』とじんわり自然に周囲が受け入れてくれるようになりました。私以外にも柔軟な働きかたをしている社員はいるので、比較的理解を得られやすい環境だったとは思いますが」

「休日に広報で取材を受ける時も、社用携帯で同僚と連絡を取り合うこともあります。ダンスの時間と仕事の時間を分けないようにしていますが、対応できない場合は、上司や同僚が代わりに対応してくれたり。とても助かっています。社員が好きなことをここまで応援してくれる会社はなかなかないと思うので、本当にありがたいですね」

ダンスは特に身体性が必要で体力勝負で練習量がモノをいう職業であるため、実際には、フルタイムの会社員と両立するのは難しいそう。「ダンサー以外にも、フルタイムの仕事とは両立できない職業も他にたくさんあると思うので、どちらかを諦めるのではなく、私みたいに両方やる道もあるよ、と伝えたいです」と柴田さん。

まじめな人ほど、かつての柴田さんのように二者択一で考えてしまいがちですが、パラレルキャリアでどちらも続けるという道もあるんですね。

構成・写真:成瀬夏実(ワードストライク)