父子家庭育ちで「母という存在がわからなかった」ビッグダディ三女・林下詩美。成人した今、取り戻す「母娘の時間」
物心ついたときには両親は離婚。ビッグダディこと林下清志さんの父子家庭で育った三女の詩美さん。両親の再婚に伴い、2年ほど生活を共にした時期もありますが、当時は「お母さんという存在とどう接していいかわからなかった」と口にします。しかし、成人した今、母娘はかつての時間を取り戻すように、絆を深めているそうです。
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「ビッグダディの娘」として世間の注目を集めて
── 父・林下清志さんの波乱に満ちた人生や、詩美さんを含む8人の子どもたちとの大家族の日常を放送したテレビ番組『痛快!ビッグダディ』。番組は2006年9月の第1回放送以降7年間、不定期で放送されて大きな話題を呼びましたが、詩美さんの学校生活への影響はありましたか?
林下さん:私が小学生の頃はとくになかったですね。当時、奄美大島に住んでいましたが、生徒数が1学年6人ほどと少なかったんですよ。「テレビ観てるよ」とたまに言われることはありましたが、そこまで大きな話題にはならなかったです。
でも、中学生になって父の仕事の都合で愛知に引っ越すと状況は一変。生徒数が多い学校に入ったことで「ビッグダディの娘だ!」と急に注目を集めるようになったんです。「今日も撮影してるの?」「きょうだいに会わせて!」ってすごく言われるようになって。私は家族が大好きなので、「なんでよく知らない人に家族を会わせなきゃいけないんだろう」って思ってました。
── たしかに複雑ですね。
林下さん:あと、中学に入学して早々に友達ができてすごく嬉しくて、その子の家に遊びに行ったんです。でも、家のドアを開けた瞬間に「お母さん、ビッグダディの娘を連れてきたよ!」と言われて。その言葉に、人に対する不信感を持ってしまったことも。自分が何かミスをして「ビッグダディの娘がやらかした!」と家族に迷惑がかかるのは嫌だったし、「私がビッグダディの娘だからみんなが話しかけてるんじゃないか」って勘繰ってしまうようにもなって。学校ではほとんどしゃべらなくなりました。
── テレビの影響でいじめられるようなことはありましたか。
林下さん:私はいじめられていたようですが、気づかなかったんですよ。クラスにいじめられている子がいて、そのことを先生に相談に行ったら、「林下さんもいじめられているけど大丈夫?」って聞かれて。「え、そうなの?」って。
── いい意味で動じないのでしょうか。そうした生活への影響を受けて、番組の放送を途中でやめてほしいと思ったことはありませんでしたか?
林下さん:それはなかったですね。スタッフさんがいい人ばかりだったのですごく仲よくさせてもらっていたし。1回目の放送だけ記念ってことで家族で観ましたが、あとは自分たちの日常が流れているので、「これ、面白いの…?」と思って、実はあんまり観てないんです。
実母との同居も「どう接していいかわからず」
── 実のお母さんについても伺わせてください。父・清志さんは詩美さんの実のお母さん(父の1人目の妻)と3度も結婚・離婚をしています。詩美さんが物心がついたときには2回目の離婚後で父子家庭だったそうですが、詩美さんが小学4年生のときに両親が3度目の結婚(2回目の再婚)をされて一緒に生活することになりました。
しかも、お母さんは2度目の離婚後に別の方と再婚。3つ子をもうけた後に離婚をしていたところで、両親の3度目の結婚に伴い、3つ子とも一緒に暮らすことになったそうですね。
まず、詩美さんが3、4歳の頃以来、約6、7年一緒に暮らしていなかったお母さんですが、小学4年生のときに対面してすぐにお母さんだとわかりましたか?
林下さん:わかりました。家に母の写真があったので「あ、お母さんだ!」って。知らない人を見た感じではなかったです。もともと父から母について「俺とは別れたけど、お前らにとっては母親だ。お前らが嫌って思う必要はないから」と聞かされていたので、母に対してネガティブなイメージはなかったし、「お母さんが来てくれた!」って嬉しかったですね。3つ子たちともすぐに仲よくなりました。
ただ、それまで母がいない生活が当たり前だったので、「お母さん」という存在とどう接していいかわからなかったような気もします。両親が3度目の結婚をした後も、父が家事をしていたし、母に何かお願いごとをすることはなかったですね。父が出稼ぎで家を空けるときは上のきょうだいが家のことをやっていたので、ただ一緒の空間にいる感じというか。
私が中学に入学するときに奄美大島から愛知に引っ越すことになりましたが、その頃には両親が3度目の離婚。母と暮らしたのは2年ほどでした。
── 中学に入るとお父さんが2人目の妻、18歳年下の美奈子さんと結婚されます。当時、お父さんは46歳、美奈子さんは28歳。美奈子さんには5人の連れ子がいました。
子どもたちきょうだいが自立して家を出たり、父と美奈子さんの間にも子どもが誕生したりと時期によって子どもの人数も変わったそうですが、最大で13人の子どもが一緒に生活していたそうですね。思春期ですし、新しい家族が増えることについて、複雑な思いはなかったのでしょうか?
林下さん:私は特になかったですね。再婚相手についても「俺の奥さんになるけど、お前らのお母さんではないから」と聞かされていたので。私にとって母は1人ですし、「父の新しい奥さんだな」と思うくらいでした。当時は美奈子さんが28歳で私が13歳だったので、46歳の父より年齢が近く、お母さんというよりお姉ちゃんみたいな感じだったような気がします。
今になって取り戻している母娘の時間
── 美奈子さんと再婚すると、『ビッグダディ』では家族のケンカシーンがよく放送されていました。娘の立場で、夫婦ゲンカをどう思っていましたか。
林下さん:うちは父が絶対だったし、父に最大のリスペクトをしていたので、「え?お父さんにそんなこと言う人がいるの…?」ってはじめはびっくりしました。小さいことでずっとケンカしていたので、子どもながらにソワソワしましたね。でも次第に「またやってるわ」って慣れた気がします。実際家族でケンカすることもありましたが、家族の絆が強かったので、そこまで不安はなかったかな。
結局、父と美奈子さんとは2年くらいで離婚することになって、その後も父は再婚、離婚を繰り返していきました。でも婚姻サイクルがだんだん早くなっていくんですよ。半年とか、1年未満とか。再婚相手の方と会えないままに終わったこともありました。6月に父は8回目の再婚をしましたが、お相手の方とは私はまだお会いできていません。いつかご挨拶できたらいいなと思っています。
── お父さんはYouTubeも配信されていて、詩美さんの実のお母さんとも共演しています。離婚後は元パートナーと「口もききたくない」という人もいますが、おふたりは違うようですね?
林下さん:ふたりとも自由で個性的ですが、普通に友達として付き合うぶんにはすごく気が合うんだと思います。父も離婚したからといって人との関係をザッと切る人じゃないし、母も嫌なことをいつまでも引きずらないからですかね。
── 林下さんは実のお母さんと一緒に暮らした期間は短かったと思いますが、大人になった今、お母さんに対してどんなことを思いますか。
林下さん:なんだかんだ言っても私にとって唯一の母ですし、父同様、絶対的な存在ですね。不思議なもので、子どもの頃に母と一緒に過ごせなかったぶん、今になって母との時間を取り戻している感じがします。
私は高校を卒業してプロレスラーになりましたが、母の家の近くで試合があれば、母に会いにいきますし、母が家でご飯を作ってくれたり、母に悩みごとを聞いてもらったりしています。大人になって私が変わったというより、時間が経って母が変わったのかな。ちゃんと聞いたことはないですが、母は母で、私たちのお母さんとしての時間を取り戻そうとしているのかもしれないですね。母も言葉に出さないだけで、見えない苦労もあったんじゃないかなと思います。
父の再婚、離婚によっていろいろありましたが、今まで一緒に過ごせなかったぶん、母とはこれからも母娘の話をたくさんしたいですね。そして、会えない期間が長かったのに母と今、良好な関係が築けているのは、やっぱり父のおかげだと改めて思います。
取材・文:松永怜 写真:林下詩美

