「アメリカならパニックに…」国際結婚の日本人母が驚いた、日本の子どもたちの優秀さ。一方で感じた「入試制度のもったいなさ」とは
長男カイくんの「日本の高校に進学したい」という希望をきっかけに、2021年に悠子さんと3人の息子たちは日本へ移住しました。
前編では、当初アメリカの大学を第一志望としていたカイくんが日本の大学を受験した理由や、大学受験の裏側についてお伝えしました。後編では、受験直前に重なった悠子さんの父の急逝という試練や、カイくんの巣立ちなどについて聞いていきます。
◆受験1週間前の、父の訃報
悠子さん(以下、悠子):カイの受験の1週間ほど前に父の危篤の知らせがあり、私は急遽1人で東北の実家に帰ることになりました。実家に着いたのは翌日の夕方。その日のうちに、父は息を引き取りました。
カイは大切な受験を控えている、でも父も母も大事だという葛藤がありました。ただ、私の兄弟はみんな外に出て働いているので、自由に動けるのは在宅で仕事をしている私だけ。気落ちしている母のそばについていてあげたかったんです。子どもたちのことは、アメリカから夫のビルに来てもらって任せることにしました。
ビルが日本に到着するまでの間、ママ友が「サポートするよ」と言ってくれて、ご飯を作りに来てくれました。息子たちはある程度は家のことはできるのですが、本当にありがたくて、「この街に移住してよかったな」と心底思いました。
――悠子さんは、悲しみをどう乗り越えたのでしょうか。
悠子:父はすごく明るい人で、湿っぽいのは嫌いだったので、あまり暗くならないようにしていました。母と、「これからは、やりたいことできるじゃん!」と言ったり(笑)。カイには、悲しんでいるところは見せないようにしていました。
カイの受験を元気に応援することが、私自身にとってもよかったと思います。志望校に合格できるかどうかは本当にわからなかったので、無事に合格したときは「おじいちゃんが入れてくれたんだね」と話していました。
◆本番直前に発覚した、思わぬ落とし穴
――本番の入試では、どんなことが大変でしたか?
悠子:口頭試問の練習ができなかったことです。出題された問題をホワイトボードに書きながら解き、先生方の前で説明する試験があったのですが、カイはほとんど黙って解いてしまい、相当落ち込んでいました。
学校では口頭試問の指導が難しかったので、塾で指導してもらう予定でした。総合型選抜に特化した塾に通っていたので、口頭試問の指導をしていただくために多額の授業料をお支払いしていたんです。面接の練習はしてもらいましたが、本番の1ヶ月前になっても口頭試問の指導はありませんでした。
不安になって問い合わせると、「順番に指導しますから心配しないでください」と説明がありました。そうなんだと思っていたら、結局本番まで口頭試問の練習を一切してくれていなかったんです。
そのため、カイは本番で初めて挑戦することになり、「どうしよう……」とかなり緊張してしまったようでした。
――本番直前にそれが発覚したのは、かなりつらかったのではないでしょうか。
悠子:私は父の葬儀を終えて東北の実家で母に付き添ったあと、そのまま直接カイの入試が行われる東京へ向かいました。東京に着いて初めて、口頭試問の対策をまったくしてもらっていなかったことを知り、唖然としました。合格したあと、塾から「合格実績に名前を載せたい」と電話があったのですが、「それはダメです」と思わずお断りしてしまいました(笑)。

