自分らしく働きたい--と願うとき、「好き」を仕事にできればと考える人は多いのではないでしょうか。だけど、それってどう見つけて、どう叶えればいいんだろう。そして、「好き」を仕事にできたら本当に幸せなんだろうか。

そんな疑問を携えて、今回はお菓子絵本作家の上岡麻美さんのインタビューを行いました。

SNSに芸術的な「令和」のアイシングクッキー動画を投稿し、10万「いいね」を獲得した上岡麻美さん。

2021年には、初の絵本『おかしなおかしなおはなしえほん』(イースト・プレス)を上梓します。本書は韓国でも翻訳本が発売されることが決定。

順調に「好き」を味方に人生を切り開いているように思える上岡さんですが、かつては“迷走”していた時期もあったと言います。

インタビューの後編では、迷走期を乗り越えた現在と今後の展望について伺いました。

時代に逆行しても、自分の「好き」を貫く

--上岡さんの著書『おかしなおかしなおはなしえほん』は、見開き1ページ分のお菓子を2週間かけて作って撮影、という流れを15回以上繰り返して作ったそうですね。大変な時間と労力がかかっているんですね。

上岡麻美さん(以下、上岡):私、もともとめんどくさいことをやるのが好きなんです。例えばラプンツェルのページは、モグラの上のクッキーがほんのわずかに斜めになっているのが、どうしても気になって。何度も直していたら、ラプンツェルがいる塔(ふわふわのロールケーキ)が重みで縮んでしまい、後から下の土台部分を付け足しました。できることなら、もう一回全部やり直したいです(笑)。

--もう一度ですか!? 上岡さんレベルの技術があれば、かわいいアイシングクッキーを大量生産して売るとか、もっと効率よく稼ぐこともできそうですけど。

上岡:そうですね、お菓子の本を作るにしても、時短をキーワードにしたもののほうがよく売れているし、稼げるのかも。時代に逆行してるなっていうのは、自分でも感じています。

--逆行しているとわかっていてやめないのは、なぜですか?

上岡:理由は2つあって。1つ目は、やっぱりこだわるのが好きだから。大量生産して販売するとなると、工程を考えたり、発送作業をしたり、何かと大変じゃないですか。どっちも大変なら、私は自分が苦でないほうをやりたいって思います。

2つ目は、時短をキーワードにしたり、大量生産したりすると、海外進出できなさそうだから。

--海外進出を目指しているのですか?

上岡:そう。私、海外に向けても仕事をしてみたくて。でも、例えば私が時短の達人になって、本を出版したり、お菓子教室を開いたりしても、海外には広まらないと思うんですよね。だから、「自分がいる国まで教えに来てほしい」って言われるくらいに技術を高めたいと思っています。先日も、日本らしさを出すために和柄を取り入れたアイシングクッキーに挑戦しました。今後は和柄とキャラクターを組み合わせたお菓子を作ってみようと検討中です。

仕事の波の受け止め方

--でも、人の真似をせずに我が道を行くのって、勇気がいりますよね。不安になることはないですか?

上岡:仕事の依頼がまったく来なくなると不安になりますよ。SNSでバズると一点集中ですごい量の仕事がくるんですけど、とても静かな時期もあって。

--不安になったときは、どうしていますか?

上岡:「新しいことを考える時間にしよう」って気持ちを切り替えてます。独自性を追求して作品を作って発信するのって、フリーランスにとって大事なことだと思うから。今まで作ったことのないお菓子を探して、装飾を考えて、挑戦しています。そうこうしているうちに、次の仕事が舞い込んできたりするんですよ。

--迷走期を経て掴んだ淡々と前向きにやり続けること、ですね。

上岡:そう言ってもらえると嬉しいですけど、ポジティブを装ってるだけで、本当はネガティブなんです。自分で自分を盛り上げていかないとどんどんネガティブになってしまうので、「私は大丈夫!」って自分に言い聞かせています。

「ハッピーな物語」にこだわった理由

--そういえば、『おかしなおかしなおはなしえほん』には、白雪姫がりんごのパーティをしたり、アリスがダンスパーティをしたりと、原作の物語とは違う部分がありますよね。あえてストーリーを変えたんですか?

上岡:そうですね。編集さんからは白雪姫が毒リンゴを食べてしまったり、アリスがハートの女王に追いかけられたりするような本来の物語のキモとなるようなシーンを入れてもいいのではと提案をいただいたのですが、最終的にはカットする判断をしました。絵本を読んだ後、読者にハッピーな気持ちになってほしかったから。

--「ハッピーな物語」にこだわりが?

上岡:個人的な思いではありますが、製菓学校を卒業してパティシエになりたての頃、社会の荒波に揉まれたというか……。あまりにも仕事ができなかったので、毎日先輩に怒られていたんです。それが本当にしんどくて。愛ゆえの叱咤激励だったと思うんですけど、私としてはやっぱり毎日楽しいほうがいいなって。だから絵本も、読んだ人が幸せになるように考えて作りました。

--そういえば、上岡さんがインスタにアップしてるお菓子の写真も、ハッピーな雰囲気ですよね。

上岡:そうですね。かわいいお菓子を見て幸せになってもらえたら、と思って作っているので。この前、「嫌なことがあったけど癒されました」っていうコメントが届いたときは、「やっててよかった〜!」って心底嬉しくなりました。

絵本に仕掛けた、密かな遊び心

--海外進出と言えば、『おかしなおかしなおはなしえほん』は、韓国での出版が決まっているそうですね。

上岡:そうなんです。韓国の出版社からわりと早い段階でオファーがあったようで、驚いています。実は私、BTSのファンで、絵本のなかに「Dynamite」の決めポーズを入れてるんですよ。不思議の国のアリスのページの左側、三月ウサギとその後ろに列になっているトランプたちを、よく見てみてください。

--わっ、楽しい秘話をありがとうございます(笑)。インスタなどのSNSに、海外の人からメッセージが来ることもありますか?

上岡:「Amazing!」っていうメッセージはよく届きます。ポケモンのお菓子の画像をアップしたときに、長文でメッセージをいただいたこともありました。英語だったので翻訳機能を使って読んだんですけど、たしか「私の子どもはポケモンのゲームをしています。あなたの作品はとても素敵だと言っています」って書いてありました。

その他にも、タイでお菓子教室を開いてほしい、という話もありました。ちょうど妊娠していたので、断ってしまったんですけど。今は中国でお菓子教室を開くために、少しずつ話を進めているところです。自分にしかできないことを追求して、技術を磨いて、いつか世界に飛び出していけたら嬉しいです。

(取材・文:華井由利奈、撮影:大澤妹・編集:安次富陽子)