自分らしく働きたい--と願うとき、「好き」を仕事にできればと考える人は多いのではないでしょうか。だけど、それってどう見つけて、どう叶えればいいんだろう。そして、「好き」を仕事にできたら本当に幸せなんだろうか。

そんな疑問を携えて、今回はお菓子絵本作家の上岡麻美さんのインタビューを行いました。

SNSに芸術的な「令和」のアイシングクッキー動画を投稿し、10万「いいね」を獲得した上岡麻美さん。

2021年には、初の絵本『おかしなおかしなおはなしえほん』(イースト・プレス)を上梓します。本書は韓国でも翻訳本が発売されることが決定。

順調に「好き」を味方に人生を切り開いているように思える上岡さんですが、かつては“迷走”していた時期もあったと言います。

前後編でお届けするインタビューの前編では、20代での転機と、現在の仕事内容について語っていただきました。

10万件の「いいね」のあと

--「令和」のアイシングクッキーが大きな話題になりましたが、どんな気持ちでしたか? 2014年からInstagramを始めて5年後に大きく“バズった”わけですよね。

上岡麻美さん(以下、上岡):いつかはと思っていたので、嬉しかったですね。「やっときた……!」って。

--ようやく世界が私を見つけた!みたいな?

上岡:いやいや、そこまでではないですよ(笑)。嬉しかったけど、偉業を成し遂げたってわけでもないですから。今でもたまにバズることがありますが、スマホを見て数字をチェックして、また一人で黙々とお菓子づくりをしています。

--私だったら有頂天になりそうですけど……。なぜそんなに落ち着いていられるんですか?

上岡:そこがゴールじゃないとわかっているから、ですかね。実は20代の頃、時間とお金と労力を注ぎ込んで、迷走してしまった時期がありました。ゴール設定を見誤っていたんですよね。あの頃の私だったら、バズったことで満足してしまったり、ひたすらバズり続けることを目標にしてしまったかもしれません……。

パティシエを辞め、起業塾に通った20代

--20代というと、上岡さんがパティシエとして働いていた頃?

上岡:パティシエを辞めた後です。パティシエって一見華やかな世界ですが、朝から晩まで働き詰めで、休みがない時期もあって。28歳のとき、結婚を見据えて退職したんです。その後、比較的緩やかに働ける調理の仕事を始めたものの、不安になってしまったんですよ。

フルタイムで働いてはいたのですが、激務だったパティシエ時代に比べると時間があまるので、「何かしなきゃ!」と焦ってしまって……。当時流行っていたフェイスブックを頼りに、いろんな業界で活躍している人にメッセージを送って、会いに行きました。そこでパティシエとは全く違う仕事をしている人に出会って、いろんな生き方があることを知ったんです。その頃、起業塾にも通いました。

--起業したかったんですか?

上岡:うーん、単純に「起業ってかっこいい」って漠然とした憧れがあって。「何かやりたい」って思ってたんですけど、肝心な「何か」が自分でもわからなかったんですよ。自分探しに踏み出したけど、走る方向が定まらなくて、ずっと迷走してました。

そんな時に、企業で社長をしている男性に会ったんです。初対面だったんですけど、「なんでお菓子を作らないんだ。きみは起業をするよりお菓子を作るべきだ!」って力説されて……。確かにそうかもなって、そこでやるべきことが明確になった感じがありました。

取材時に用意してくださったクッキー

「好きなことを仕事にする」をゴールにしない

--起業がゴールになっていたことに気づいたんですね。お菓子作りに専念するようになって何か変化はありましたか?

上岡:起業していないのに、自然に仕事がくるようになりました! 以前からブログとフェイスブックはやっていたんですが、友達に勧められて新しくインスタを始めたのも影響していると思います。

それ以降、人に会いに行くことはほとんどなくなりました。私の場合、新たに自分探しをするより、前から好きだったお菓子づくりを極めて、発信していくほうが性に合っていたみたい。

--「できること」と「理想の状態」がだんだん近づいていったんですね。

上岡:「好きなことを仕事にしたい」って思っている人は、それを目標にするのではなく、まず「仕事を通して何をしたいか」を考えたほうがいいのかもしれませんね。

それから、自分のスキルを磨くこと。考えながら行動をしているうちに「将来仕事でこんなことができたらいいな」「こんなこともできそうだな」っていうものが見えてくるはず。私自身、そういう気持ちを持ちながら毎日お菓子を作り続けたことで、仕事に繋がるきっかけをつかめました。

--だけど、最初は「理想の仕事」ばかりではなかったのでは?

上岡:そうですね。最初はちょっとしたレシピ開発の仕事が多かったんです。お試し的な意味もあって、報酬も安めでしたね。私が目指していた仕事とは違ったんですが、「この仕事をやったら次につながる可能性があるかもしれない」と思って引き受けていました。

でも数年前から、少しずつアート系のお菓子づくりを依頼されることが増えてきたんです。いま一番多いのは、「キャラクターを使ったお菓子を作ってください」とか「とにかく何かすごいものを作ってください」っていう依頼ですね。

--「とにかくすごいもの」って、大変そうです(苦笑)。

上岡:私、めんどくさいことが大好きなので、それがすごく嬉しいんですよ! 最初に来たレシピ開発の仕事よりも、私ならではの表現ができるのも、嬉しかったです。迷走したし、遠回りもしたけど……。最近になって「全部無駄じゃなかったのかもしれないなぁ」と思えるようになりました。

後編は7月21日(木)公開予定です。
(取材・文:華井由利奈、撮影:大澤妹・編集:安次富陽子)