-女は、愛されて結婚するほうが幸せ。

その言葉を信じて、愛することよりも愛されることに価値を見出し、結婚を決める女性は数多くいるだろう。

めぐみも、夫からの熱烈なアプローチを受けて結婚を決めた女のひとりだ。

だけど、男女の愛に「絶対」なんて存在しないのだ。

好き放題やってきた美人妻・めぐみ(30)は、夫の様子がおかしいことに気づく。夫を大切にすることを完全に忘れてしまった妻の行く末は…?

◆これまでのあらすじ

義母に謝罪に行ったものの、さらに火に油を注いでしまっためぐみ。夫・弘樹がついに出張から帰って来るが…?




20時半。めぐみは、リビングで夫・弘樹の帰りを今か今かと待っていた。

飛行機は19時頃に羽田に到着したようだから、そろそろだろう。

今日ばかりは、炊き込みご飯に味噌汁、あじの干物、青菜の煮浸しにがんもどきの煮物など、食事の用意もちゃんとしてみた。

本気で心を入れ替えたというわけではない。とにかく、弘樹と話がしたかったからだ。

“おかえり!久しぶりに和食食べたいかなと思って頑張って作ったよ。待ってるね”

こんな殊勝なことをするなんて、新婚以来…いや初めてかもしれない。もし世界白々さランキングなどがあれば、圧倒的1位に輝けるほどの白々さだと思う。

だが、他に良い策が思いつかなかった。

−我ながら、キャラ変にも程があるわ。献身的な女アピールもいいところね。

めぐみは、自分自身に、冷静なツッコミを入れる。

−ああ、でも、そんなこと考えてる場合じゃない。

頭をブンブンと振り回して、良い妻モードに切り替える。

弘樹の不在中の気づき、自分なりの反省など、彼に伝えたいことはそれなりにあるのだ。感情的にならないようにしなくては。

ふぅっと大きく深呼吸をしていると、玄関の鍵がガチャッと開いた。


夫・弘樹のことを考え直すきっかけとなった件とは一体…?


これまで強気な態度を貫いていためぐみが、多少演技をしてでも良い妻アピールに徹しようと思うに至ったのは、義母に謝罪に行った日のことがきっかけだった。

あの日、義父の見舞いを終えた義母とめぐみは、お茶でもしましょうと、『カフェ マメヒコ 三軒茶屋本店』に入った。

「わざわざ来てもらって悪かったわね」

マンションから病院に行くまでの間、ずっと無言の重苦しい空気だったから、このまま一言も口を聞いてもらえないと思っていためぐみは少しホッとする。

先ほどまでの雰囲気とは打って変わり、義母の表情は柔らかい。

「こちらこそ…、申し訳ありませんでした」

めぐみが頭を下げると、義母は「ちょっと疲れたわね。甘いものでも食べましょう」と、優しく答えた。

「突然のことだったから私もいっぱいいっぱいで…」

義母によると、義父が腹痛を訴えたため病院に行くと、腸閉塞と診断され、そのまま入院になったのだという。

慌てて弘樹に電話したが海外出張中でどうにもならず、めぐみに助けを求めたものの電話が繋がらない。

不安で一睡も出来ないまま朝を迎えてしまった。朝8時を過ぎても折り返しの連絡がないことに苛立ってしまい、痺れを切らせて再度電話をかけたようだ。

めぐみは、そんな義母の心細さも知らず、夫以外の男と夜遅くまでお酒を飲み、酔っ払って熟睡していた自分が情けなかった。

「それで、深夜まで飲んでたって聞いたら、こんな大変な時に…ってカッとしちゃって。さっきは、きついこと言ってごめんなさいね」

義母は、めぐみの目をじっと見たまま話し続けた。




「夫、いわゆる亭主関白なのよ。結婚後、私が夜中まで飲みに行くなんて許されなかったから、めぐみさんが深夜まで飲みに行ってたって聞いて驚いたわ。

でも、弘樹とめぐみさんは“今風カップル”だから、価値観も違うのよね」

今風カップルというのが何を指しているのかよく分からないが、文脈から想像するに、昔ながらの亭主関白、家父長制の家ではないということだろう。

めぐみは、夫の入院という突然の出来事でパニックになっていた義母の気持ちを察し、申し訳ない気持ちで一杯になった。

自分も、もし弘樹が突然入院するとなったら、パニックに陥るし、間違いなく周りに助けを求めるはずだ。そんな時、誰も反応してくれなかった時の絶望感といったら…。

想像するだけで身震いしそうだ。義母に申し訳ないことをしてしまったのだと、改めて思った。

「私で良ければお手伝いしますので。何でもおっしゃってください」

めぐみがそう言うと、義母はニコリと笑って「ありがとう」と答えた。


義父の入院。めぐみの中に、ある心境の変化が生まれる…?


夫がいないと、生きていけない


−もし弘樹が倒れたら…?

義母と別れためぐみは、帰りの電車の中でぼんやりと考えていた。

そんなことは絶対にあってほしくないが、物騒な事件も多い世の中、いつ何が起こるか分からない。

弘樹頼りの生活をしている自分は一体どうなってしまうのだろう。

めぐみの両親は、横浜にあった実家を最近売却し、コンパクトなマンションに引っ越したばかり。自分が戻れるスペースはない。

リアルな話、保険だってこれから考えようと思って掛け捨ての生命保険にしか入っていないのだ。

今の自分の給料では、自分一人すら養うことは出来ない。得体の知れない不安がめぐみを覆う。

ブルーな妄想を繰り広げていたその時、先日の大げんかで“離婚しても良いんだから”と口にした時の、弘樹の「俺も」という言葉がフラッシュバックした。

−待って、待って。私、弘樹いなかったら生活出来ないじゃん…。

現実に気づかされためぐみは、これは早急に弘樹と仲直りしなければいけないという焦りを感じた。

これまでと違い、今回は弘樹から全く歩み寄って来ない。もしかして、これは由々しき事態なのだろうか。

自分の未来のためにも、今回は自分から謝らなければ大変なことになる。めぐみは、弘樹に謝罪しようと、心に決めたのだった。




「ただいま」

出張から帰宅した夫の声が聞こえた。

めぐみは玄関まで小走りで向かい、「おかえり、お疲れさま!」と明るく迎える。

「ご飯出来てるよ。あ、お風呂先に入る?疲れが取れるように、入浴剤も買ってあるの」

そう言って優しい笑顔を向けるが、弘樹は急なキャラ変に対応出来ていないようで、「あ、ああ…」と言っただけで、不思議そうな顔をしている。

二人の間に、何とも言えない微妙な空気が流れていた。

「じゃあ、とりあえず汗流してくるわ」

「はーい、行ってらっしゃい!」

リビングを出て行った弘樹の背中を見送りながら、めぐみはせっせと食事を温め直したり並べたりと、準備に取り掛かる。

今日はビールも買って冷やしてあるし、つまみにガーリック枝豆も用意済みだ。

「ふぅ。さっぱりした」

頭をタオルで拭きながらリビングに入ってきた弘樹に、「はい!」とビールを手渡した。するとやはり夫は、怪しげな目を向ける。

「早く、早く!座って、ご飯にしよう」

めぐみがテーブルにつくように急かすと、弘樹は「ずいぶん豪華な食事だな。す、すごいな」と、目をパチパチさせながら固まっていた。

「出張はどうだった?」

「どんな美味しいもの食べたの?」

「どこの国が一番良かった?」

食事中、めぐみは積極的に質問を投げかける。対する弘樹は、「仕事だから」とか「シンガポールはもう4回目だし」などと、首を傾げながら答えていた。

「お土産にTWGの紅茶とマカロン買ってきた」とぶっきらぼうに呟く弘樹に、「めちゃくちゃ嬉しい!」と大げさに喜んでみたものの、「そんなに?」と乾いた声で言われてしまった。

今日の目的は、弘樹と話す時間を作ること。何としてでも達成しなければならない。

「ねえ、お土産の紅茶飲んでも良い?ちょっと、話したいことがあるの」

めぐみは、食事を終えてテーブルを立とうとしていた弘樹に声をかけた。

「ごめん、出張で疲れてる。明日で良い?」

良い嫁アピールの努力も虚しく、NOが返ってきたが、ここで引き下がるわけにはいかない。そう自分を奮い立たせて「ちょっとだけ。お願い!」と、可愛くねだってみる。

しかし弘樹は面倒そうに「もう寝たい」を繰り返すばかりだ。

彼の腕を引っ張って、テーブルに連れて行こうとしたその時、衝撃的な言葉がめぐみの耳に響いた。

「俺、めぐみと話したくない」

弘樹は、そう吐き捨てるように呟くと、めぐみの手を乱暴に振り払って寝室へと行ってしまった。

−私と話したくないって言った…?これって、もしかして、もう手遅れ…?

今日で冷戦終了だと思っていためぐみの頭の中は、真っ白になった。

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ついに本格化した、夫の反乱。怒りを爆発させた夫の逆襲が始まる。

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