「彼との関係って、一体何なの…?」男と朝を迎えてしまった女が、翌日目の当たりにした光景とは
「女の価値は、顔でしょ?」
恵まれたルックスで、男もお金も思い通り、モテまくりの人生を送ってきた優里・29歳。
玉の輿なんて楽勝。あとは、私が本気になるだけ。
そう思っていた。
だが、30歳を前に、モテ女の人生は徐々に予想外の方向に向かっていく…。
男性からの誘いがゼロ。慌てた優里は、武藤とのデートに臨んだものの、彼の話がつまらなすぎて飲みすぎてしまった。その後、どうなったのか…?
−バレませんように…。
予備で置いてある白のジャケットを羽織る。この暑い中、ジャケットなんか着たくないが、昨日と同じ洋服ということがバレないようにするためだ。
冷房が苦手で…などと、それっぽい理由を言っておけば大丈夫だろう。
今朝は、いわゆる朝帰り。武藤の部屋からオフィスへ直行したため、着替える時間がなかったのだ。
化粧も普段より薄いが、幸い来客の予定もないから問題ないはずだ。こういう時、化粧でごまかさなくても美しい顔の自分はラッキーだと思う。
「おはようございます」
事務局室に入ると、丸山とバッチリ目が合った。彼女は目を大きく見開き、ニヤリと微笑んだ。何かに気づいたらしい。
−もしかして…バレた!?
首筋にじんわりと汗が伝う。ジャケットを着ているせいで、いやに暑い。
尋問されないように、素知らぬふりをして世間話にもっていく。
「今日も暑いですね。ほんと、嫌になっちゃいます」
すると、丸山がピクッと反応した。
「ジャケット脱いだら?」
どうやら墓穴を掘ったらしい。丸山は確信したようにニヤニヤしているではないか。
優里は、後から事情を聞かれるのだろうと、腹を決める。
そして、ついさきほどまで一緒だった武藤との出来事を思い返した。
最悪だった初デート。飲み過ぎてしまった優里が、朝目を覚ますと…?
なんだか、しっくりくる
「頭、痛いなぁ…」
ガスコンロを点ける、チチッという音で目がさめた優里は、現実を受け入れるのに時間を要した。
見覚えのない部屋で、ソファーベッドの上にいる自分。
目の前では、武藤がキビキビと動いており、右手にはフライパン、左手にはフライ返しを持っている。
「おはようございます。あとちょっとでご飯炊けますので」
「あ、ありがとう…」
反射的に返事をしたものの、やはり状況が飲み込めない。自分はここで何をしているのだろうか。
ブランケットの中でモゾモゾしていると、武藤がコップにミネラルウォーターを入れて運んできてくれた。
一気に水を飲み干し、ようやく目が覚めてきた優里は、咄嗟に自分の服装を確認する。
幸い、服装は昨日のまま。脱いだ形跡はない。まずは一安心だ。
「ご飯が炊けるまでの間、シャワー浴びますか?あ、男用のスカルプシャンプーしかないですけど…」
この際、スカルプシャンプーでも何でも良い。優里は急いでシャワーを浴びた。
優里がリビングに戻ると、朝ごはんが並んでいた。
なめこ汁、卵焼き、鮭、納豆、冷奴、煮豆に、炊きたてのご飯。
バランスの取れた完璧な朝食に驚いてしまう。それに、ミョウガ、ネギ、生姜、大葉などの薬味まで用意されているのだ。
「いただきます…。お料理上手なんですね」
優里が呟くと、武藤がニコッと笑った。
「家庭的な男アピールですよ!料理出来た方がモテるかもって思って始めたんですけど、だんだんハマっちゃって。
いつもは一人で消費するので寂しいんですけど。誰かに食べてもらうの、初めてです」
そう言って納豆をかき混ぜていた武藤が、思い出したように続けた。
「念のため言っておきますけど、昨日は何もありません。僕は、自分のベッドで寝ました。安心してください」
「あ、そう…」
朝ごはんを終えると、ネスプレッソマシーンでコーヒーを淹れてくれた。武藤と優里は、ソファに並んで座り、朝の情報番組を見る。
「大野理事長、金融関係だし…。リブラとかどう思ってるんでしょうね」
「さあね。私も勉強しなくちゃ」
そんな会話をしながらテレビを見ていたが、一緒にいて驚くほどしっくりくる。この関係は一体何なのだと、優里は自分でも不思議でならない。
番組の最後、占いの時間になったところで、「お誕生日いつなんですか」と、武藤から聞かれた。
「そういえば…。もうすぐだわ」
優里がボソッと呟くと、武藤はそれ以上何も言わず、「そろそろ出ましょうか」とエアコンのスイッチを切った。
駅まで歩きながら、優里は道路に生息する植物に目をやる。
「ねえ、ヒメジョオンって知ってる?」
武藤は「大野理事長の影響ですか?僕、お勉強はそれなりに出来たので、植物はまあまあ詳しいですよ」と、笑った。
「暇な時で良いので、またご飯に行ってもらえますか?次は、優里さんに言われた通り、タクシー使いますし、自分の話ばかりしないようにしますから」
「そ、そうね…」
優里は、これまで男性に感じたことのない居心地の良さを、武藤に感じ始めていた。
丸山から詰問される優里。そして、再び武藤と会うことになるが…?
弱った時に頼れる男
「それで…?詳しいこと、聞いても良いのかしら?」
昼休みになり、『POTASTA』でテイクアウトしたサンドウィッチをデスクで食べていると、丸山が近寄って来た。その顔は、ワイドショーを食い入るように見るおばさんそのものである。
「ちょっと飲みすぎてしまって…」
歯切れ悪く答える優里に、丸山は遠慮なくズケズケと質問をぶつけてくる。
「すぐに気づいたわよ。そういうカンだけは悪くないのよね、私。で、相手はどんな人なの!?結婚は?あー、気になっちゃう」
「いえ、お付き合いとかそういうのでは…」
優里は、余計なことはしゃべるまいと決め、曖昧な表現で逃げ切ろうと必死だ。
すると、丸山はボソッとつぶやいた。
「武藤さんだったりしてねえ」
「は、はい!?」
声が裏返ってしまった。嘘をつくのが苦手な優里は、言い当てられて動揺してしまったのだ。心臓がバクバクして、うっすらと汗がにじむ。
「ええ!もしかして、ほんとに武藤さんなの?いつの間に、そんな関係になったのよぉ?早く言ってよ、もう!」
完全にバレてしまった。
「ヒューヒュー!アベックって良いわねえ」
ヒューヒューもアベックも完全に死語だが、丸山はなぜか一人テンション高く盛り上がっている。
「だから…付き合ってはいないんです。食事に行っただけで」
「私、口堅いから安心してちょうだい。事務局のみんなには黙っておくから。あー、次に武藤さん見かけたらニヤニヤしちゃいそうだわ」
これ以上は、丸山に何を言っても無駄だと判断した。
「なんだか身体がだるい…」
帰宅した優里は、関節の痛みと寒気を感じた。昨日飲みすぎたせいだと思っていたが、頭はガンガン痛くなるばかり。足元もふらついてしまう。
おかしいなと思って体温を測ってみると、なんと38.7度もある。
−うそでしょ…。
フラフラとベッドに入ったきり、そのまま動けなくなってしまった。家には、風邪薬もなければ栄養ドリンクもない。次第に、とてつもない孤独感に襲われる。
すると、枕元にあったスマホがピコーンと鳴った。
“優里さん、ハンカチを忘れていったみたいです。すぐ気づかなくてごめんなさい。
今度お渡します、ちゃんと洗っておくのでご安心を( ´ ▽ ` )“
それは武藤からだった。
“連絡ありがとう。私…風邪ひいちゃったみたい”
意識が朦朧としていたせいだろうか。助けてほしいとかそういう意図はなかったのだが、武藤にそんなLINEを送ってしまっていた。
すると、すぐに彼から電話がかかってきた。
「大丈夫ですか?昨日寒かったのかな…。ごめんなさい」
すっかり弱っていた優里は、武藤の優しさに思わず涙ぐんでしまう。
「ご飯は食べましたか?薬は飲みましたか?寒くないですか?」
武藤は矢継ぎ早に質問した後、こう言った。
「お家どこですか?薬とかご飯買って持って行きます。渡したらすぐに帰りますから」
デリバリーサービスも豊富なこの時代、わざわざ来てくれるなんて。それに、昨日から彼と過ごした時間の中で、彼は信頼出来るという確信もあった。
思い切って、素直に甘えてみよう。気づけばそんな風に考えていた。
住所をLINEで送ろうかと尋ねると、武藤は「暗記は得意です。言ってくれれば覚えます。余裕のよっちゃんです」と言って電話を切る。
そして、45分後。
優里の部屋のインターホンが鳴った。
栄養ドリンクや市販の薬、フルーツやレトルト食品を大量に抱えた武藤が、ゼエゼエと息を切らしながら立っている。
−本当に来てくれるなんて…。
ドアを開けた優里は、思わず武藤に抱きついた。
▶︎Next:8月22日木曜公開予定
武藤と付き合い始めた優里。まさかの展開が待っていた…?
▶明日8月16日(金)は、人気連載『家族ぐるみ』
〜夫の学生時代の友人2家族と、家族ぐるみの付き合いを開始した美希(36)。マンネリな日常からの変化に喜んだのも束の間、いつしか関係はいびつに変化していき…。続きは、明日の連載をお楽しみに!