「女の価値は、顔でしょ?」

恵まれたルックスで、男もお金も思い通り、モテまくりの人生を送ってきた優里・29歳。

玉の輿なんて楽勝。あとは、私が本気になるだけ。

そう思っていた。

だが、30歳を前に、モテ女の人生は徐々に予想外の方向に向かっていく…。

出勤初日から、失敗続きの優里。汚名返上をすべく奮闘するが、またもや失敗。そんな彼女の前に現れたのは…?




−う、うわっ。なんなの、これ…。

優里は、ある男のLINEのプロフィール画像にドン引きしていた。

湘南の海で騒ぐギャル男(注:死語)でも遠慮したくなるようなミラーサングラスをかけて、マフラータオルを首に巻いている。

自己紹介には、“No music No life, yeah!”と、やたらとテンションの高いメッセージ。

しばしの間、ミラーサングラスの彼を見つめ、届いていたメッセージを開封してみた。

“優里チャン。今度、食事でもどうでしょ?イタ飯でも。返信ヨロピク( ^ω^ )”

メッセージ全体から醸し出されるダサさに衝撃を受ける。

−ヨロピクなんて使う人、久しぶりに見たわ。

ところどころにある謎のカタカナ、イタ飯という表現、そして最後の顔文字。かなりツッコミどころ満載である。

それにしても、イタめなLINEと、本人のギャップに苦笑いが止まらない。

だって、普段の彼は、バカみたいに丁寧な敬語で、「えー」とか「あー」を連発させながら自信なさそうにボソボソ話す。はっきり言って、根暗っぽいのだ。

とりあえずLINEを見なかった振りをしようと、ゆっくり目を閉じる。そして、このありえない男と出会ってしまった、昼間の出来事を思い返した。


このLINEの送り主は、“あの男”。まさかの再会で…?


二度目ましての男


「お待たせしました。あ、えっ!?」

受付にたどり着いた優里は固まった。

そこには、本日二度目まして、あのコーヒーをこぼした男が涼しい顔をして立っていたのである。

すると男は、「あー。えー、お世話になっております。大野理事長とお約束をしております、武藤と申します」と一息で言い終えると、ペコリと頭を下げた。

−私のこと覚えてないわけ!?信じられない!

文句の一つや二つ言ってやりたいところだが、今は仕事中。ぐっと堪えて、応接室に案内をする。

帰りには絶対、思い出させてやる。優里には、ある秘策があったのだ。

応接室にお茶を出した後で事務局室に戻ると、丸山が「応対してもらったのね、ごめんね」と、紅茶を運んできてくれた。

「ところであなた、今お付き合いしてる人はいるの?」

『村上開新堂』のサクサクのクッキーをつまんでいる優里に向かって、突然丸山が聞いてきた。「いえ…」と首を振ると、彼女は意味深に笑った。




「今理事長のところに来ている、武藤さんはどう!?彼女募集中よ。一橋大学出身、中高は、確か、巣鴨。31歳、独身の優良物件なのよぉ」

さすがはオバちゃん・丸山。ペラペラと個人情報をしゃべりまくってくる。

「いえ、私は…」

「遠慮することないじゃない。ああ、若いって素晴らしいわ。…私、愛のキューピッドになっちゃおうかしら!」

−それは…やめて!

一人盛り上がる丸山に、余計なことはしないで欲しいと、切実に願う。正直、地味で洗練されていないルックスも、頼りない雰囲気も、優里のタイプではない。

あっちの男からしたら、自分のような女を紹介してもらえるなんて願ってもない話だろうが、優里にとってはいい迷惑だ。丸山が暴走しないようにしなくてはいけないと、心に誓った。

「そろそろ打ち合わせが終わると思うので…お見送りしてきます」

そう言って、逃げるようにして事務局室を後にした。

「きょ、今日はありがとうございました。あーっと、理事長にもお伝えください」

エレベーターホールまで武藤の見送りに来た優里は、チャンスを見計らって「これ、お返しします」と、ハンカチを差し出す。

そう。今朝、コーヒーをかけられた時に貸してもらったハンカチだ。まさかこんな早くに再会するなんて思ってもみなかった。

すると武藤は心底驚いたようで、慌てふためき始めた。

「うわ。あの、今朝の!あ、え、すいません…」

優里は、素知らぬ顔をして「私に気づかなかったなんて、最低」という視線を送ってやる。

武藤が頭を抱え、オロオロしているうちに、エレベーターが到着した。優里は彼をエレベーターに乗せて、「失礼します」と、アルカイックスマイルで見送ってやった。

「ふぅ。そろそろ17時か。長かった1日が終わるわ」

初日から失敗続きで落ち込んだが、今日はゆっくり寝て、明日からまた頑張ろう。そんなことを考えていた。


転職先で新たなスタートを切った優里。ふと、誕生日が目前であることに気づくが…?


30歳の誕生日


出勤2日目。

ランチを終えた優里は、三菱一号館の中庭のベンチに腰掛けた。

『ラ ブティック ドゥ ジョエル・ロブション 丸の内ブリックスクエア店』でコーヒーをテイクアウトしてきたところだ。

まだ2日目だというのに今日は、来客や理事長の外出準備で、朝からとにかく忙しかった。午後に備えて、美味しいコーヒーで元気をチャージするのだ。

ベンチに座って、中庭を行き交う人々を観察してみると、忙しないビジネスマンやOLはいるものの、大半は昼から優雅なひと時を過ごしているように見えた。

テラス席でおしゃべりを楽しんでいるマダムや、ベビーカーの赤ちゃんをあやしながらランチをしているママ友会など、そこにはゆったりとした時間が流れている。

そんな様子を眺めながら、優里は、1ヶ月後に迫った誕生日を思い出して急に焦りを感じた。

記念すべき30歳の誕生日を一緒に過ごす相手がいないのだ。

ここのところ、転職活動にばかり時間を取られてしまい、デートや食事会に割ける時間がほとんどなかった。

−やばい。超高速モードで、相手を探さなくちゃ。

転職先も決まった今、やるべきことは、結婚相手を探すことである。

とはいえ、デートも食事会も断り続けた結果、お誘いは激減したし、何度も誘ってくる強者もいない。数ヶ月前まで誘いのオンパレードだったLINEが嘘のようである。

−あーあ、イイ男、目の前に現れないかなあ。

そんな妄想をしながらぼんやりと中庭を見つめていると、優里の視界に“あの男”の姿がニョキッと入ってきた。




「大野理事長の秘書の方ですよね!?」

突然話しかけて来たのは、昨日二度も出くわした、信託銀行勤め、丸山イチオシの男・武藤であった。

「わ!また出た!」

まさかである。いくら職場が近いとはいえ、この30時間以内に、3回も会うなんて。

−これがイケメンだったらどんなによかったことか…。

優里はガックリと肩を落とす。タイプの男なら運命的な何かを感じるものだが、あいにくこの男には、その運命とやらを感じない。

「昨日はすいませんでした。てか、大野理事長の秘書をやってたなんて、知らなかったわ〜」

−てか?知らなかったわ?なんなの、この言葉遣い!?

突然馴れ馴れしい表現を使われて、見くびられたようでムッとした。

「はい、昨日から。まさか二度もお会いするなんて、思いもよりませんでした」

あなたに興味ありませんオーラを放ちながら、毅然とそう言い放った。

すると男は、「こんなに会うなんて奇遇っすね。LINE交換してもらってもいいですかぁ?」と、いきなりQRコードを出してきたのだ。

「え?」

優里は、キッと相手を睨む。こんな軽いノリで話しかけられるのはごめんだ。そして、申し訳ないが、武藤のことはタイプでない。

しかし彼は引き下がらず、「仕事戻らないとなんで、急いでもらってイイ?」と、上から目線の発言を続ける。結局、仕事の関係でお世話になることもあるかと無下にすることも出来ず、渋々連絡先を交換した。

「じゃ、LINE送っとくわ。シクヨロ」

そう言って武藤は去って行った。そしてこの日の夜届いたのが、あのイタい、ダサい、LINEである。

それにしても、仕事とプライベートで随分豹変する男だ。

事務所で見かけたオドオドとした武藤は、クラブミュージックをガンガンに聞いていそうなキャラとは程遠い。

−どっちが本物か知らないけど…。

根暗かチャラ男。正直、どっちもどっちだ。

−こんな男、嫌。絶対ない!

優里は、早急に誕生日を一緒に過ごす相手を探すため、LINEやfacebookで過去の男たちに「久しぶりにご飯でも行きませんか?」と次々にメッセージを送っていく。

自分から連絡するなんてポリシーに反するが、誕生日をおひとり様で過ごすなんて絶対に考えられない。

転職活動でデートも断っていたんだし、今ばかりは仕方がないだろう。こうして男たちにチャンスを与えれば、すぐに巻き返せるはずだ。

優里は、これで誕生日は安泰、とホッとしてLINEを閉じた。

▶︎Next:8月8日 木曜公開予定
社会人デビュー感マックスの武藤。優里は、とあることで武藤にぶちギレてしまうが、まさかの展開に…?

▶明日8月2日(金)は、人気連載『家族ぐるみ』

〜夫の学生時代の友人2家族と、家族ぐるみの付き合いを開始した美希(36)。マンネリな日常からの脱却に喜んだのも束の間、いつしか関係はいびつに変化していき…。続きは、明日の連載をお楽しみに!