「旦那さん、変じゃない?」友人の警告で、夫の異常性に気付いた女。妻に下された恐ろしい罰とは
可憐な妻と優しい夫。
わたしたちは、誰もが羨む理想の夫婦だったはずなのに。
若くして結婚し、夫の寵愛を一身に受ける真美・27歳。
鉄壁で守られた、平穏で幸せな生活が、あることをきっかけに静かに狂っていく。
そしてやがて、気付くのだ。この男が、モラハラ夫だということに。
優しく穏やかなはずの夫・陽介が、ある夜から少しずつ変わって行く。
突然出された「外出禁止令」をしぶしぶ受け入る真美だったが…?

「うわ、素敵〜!」
真美の自宅のリビングを見て、留衣は歓声をあげた。
「ふふ、来てくれてありがとう。すぐ準備するね!」
夫・陽介から「無断で出かけてはならない」と言われ外出禁止令を出されてからというもの、真美は必要最低限の外出以外、一切していなかった。
していなかった、と言うよりも、できなかった、と表現する方が正しいかもしれない。
毎朝恒例の「本日の予定チェック」では更に詳細を求められるようになった。真美に外出予定がない日の陽介はとても機嫌が良いのだが、その逆だと、途端に表情が曇る。
留衣と以前から約束していたランチですら、夫に切り出すのが何だか怖くて、申し訳ないと思いつつも理由をつけ先延ばしにしていたのだ。
留衣が今日代休を取る予定だと言うのを聞いた真美は、"外出でなければ陽介も怒らないだろう"と考え、自宅に招くことにしたのだった。
◆
「あー羨ましい!こんな素敵な家で一日過ごせるなんて!」
留衣はクッキーをつまみながら、真美を冗談めかして睨みつける。このクッキーは、千歳烏山にある真美のお気に入りのパティスリーのもので、無くなりそうになるといつも陽介が買って来てくれるのだ。
「…私は、留衣が羨ましいけど。自由に、どこにでも行けるじゃない。」
真美が呟くと、留衣は怪訝そうな顔をこちらに向ける。カップに紅茶を注ぎながら、真美は続けた。
「主人から、無駄な外出は控えるように言われてて、たまに息が詰まっちゃう。習い事とかもしたいんだけどね。
…とは言っても私が頼りないから心配してくれてるだけなんだけどね。事前に許可をもらえれば、外出できる訳だし。」
真美が言い訳を延々と続けるのを、ねえ、と留衣が遮る。
「それさ、なんか変じゃない?」
親友からの警告。それを聞いた真美はどうする…?
「勝手に外出できないなんて、おかしくない?専業主婦って言ったって、旦那さんの所有物じゃないんだから。」
ーやっぱり、変なんだ。
留衣は、うつむく真美の目を覗き込み、励ますように続けた。
「一度、ちゃんと話してみれば?夫婦なんだから分かってくれると思うよ。結婚式で話した感じだと、旦那さん優しくて素敵な人だったじゃん。」
働くのがダメでも外に出たいなら習い事とかもあるしね、と励ます親友の言葉に、真美は深く頷いた。
◆
留衣が帰った後、真美はその痕跡を消すように、いつにも増して入念に掃除をした。
別に悪いことをしているわけではないし、友人が家に来たと話せば良いだけなのは、分かっている。だけど、それを聞いた時の夫の反応を想像すると、どんよりと心が重くなってしまうのだ。
茶色の髪の毛が一本も落ちていないことを最後に確認した真美は、息をつき、ソファにもたれこんだ。
留衣に言われた「旦那さん優しくて素敵な人じゃん」という言葉は、その通りだと思う。
陽介は、基本とても優しく、真美の両親もとても気に入っている。同世代の平均を大きく上回る収入を得ながら、家事にもとても協力的だ。
あの時夫が苛立ったのだって、結局は真美を心配してのことなのだ。自分がスマホの充電を忘れていなければ、きっとこんなことにはならなかったはずなのだ。
ー留衣のいうとおり、もう一度話してみよう。きっと陽介さんならわかってくれる。

「フィギュアスケートやってるよ。一緒に観よう。」
夕食後、ソファに腰を下ろした陽介が、キッチンにいる真美を手招きする。
ーよし、チャンスかも。
ロシアの選手が氷上でクルクル回るのを見ている陽介に、真美は思い切って切り出した。
「陽介さん、あのね、私、ポーセラーツのレッスンに通ってもいい?」
ハーブティーを差し出しながら、真美は夫の顔色を伺う。ピンときていないのか、それともフィギュアに夢中なのか、特にその表情に変わりはない。
「お皿に模様やイニシャルをつけたりして、オリジナルの食器を作れるの。調べたら、ご近所で習えるみたいで、通いたくって…いいよね?」
いつもよりはっきりと自分の意思を伝えた真美は、ドキドキしながら陽介の表情を伺う。
「ポーセラーツか。ちょっと調べてから返事でもいいかな?」
即答はもらえなかったが、陽介の表情に怒りや苛立ちは一切感じられない。ひとまずホッとした真美は、頷いて、一緒にテレビを見始めた。
「あれ?」
クッキーの四角い缶を開けた陽介が、不思議そうに声をあげた。
「マミちゃん、今日はクッキーたくさん食べたんだね。…7枚も。」
真美の背中に、冷や汗が流れた。
そして夫は、「また買ってくるね」と言って、ぞっとするほど穏やかに笑うのだった。
毎日クッキーの数を数えていた夫。その行動が、エスカレートしていく。
真美が習い事をしたいと切り出した日から、1週間。
未だに返事はもらえていないが、ここ数日の夫の機嫌はすこぶる良い。
すでにポーセラーツ教室には体験レッスンの問い合わせも済ませてあり、今日こそは良い返事をもらいたい。真美は、夕飯に陽介の好物ばかりを準備して、午後7時30分に鳴るであろうチャイムの音を待っていた。
ピンポーン
昼間のメールで知らされていた時間どおりに、陽介の帰宅音がガランとしたリビングに鳴り響く。
真美がドアチェーンを外し玄関を開けると、満面の笑みの陽介が、大きな荷物を両手に抱えていた。
「たっだいま〜!今日は、サプライズがあります!」
リビングに入るとすぐ、陽介は鼻歌を歌いながらデパートの紙袋から次々と包みを取り出し始めた。
ーこれって、もしかして…。
大袈裟なほどの梱包が解かれていくにつれ、真美の嫌な予感が、どんどんと現実味を帯びてくる。
「ジャッジャジャーン!マミちゃんが欲しがっていた、イニシャル入りのお皿だよ!」
真美の目の前に並べられたお皿には、”Y”と”M”のイニシャルが入っている。お皿だけではなく、ティーカップにも同様の刻印が記されていた。
「ふふふ、驚いた?ティーポットには、二人の名前を入れてもらったんだよ。これでポーセラーツ教室なんかに行かなくったって大丈夫だからね!」
「…あ、りがとう」
”Y&M”と刻まれたポットを愛おしそうに抱える夫に対して、真美はその一言を口にするのがやっとだった。

「どうしたの?色も、マミちゃんの好きなピンクにしたんだけど、あ、水色の方が良かったかな。」
浮かない表情の妻を、陽介は心配そうに覗き込む。
―留衣の言う通り、ちゃんと話してみるしか…!
「陽介さん、違うの。」
真美は、覚悟を決めて口を開く。
「私は、食器が欲しかったわけじゃない。外に出て、何かやりたいの。この家から自由に出られないなんて、嫌なのよ!」
ティーポットをダイニングテーブルにそっと置いた夫は、しばらく無表情で真美を見つめた後、ブツブツと呟きはじめた。
「僕はただ、君を守りたいだけなのに。なぜ理解できないんだろう。
…どうしたら、わかってくれるんだろう。」
こんな奇妙な夫の姿を見るのは、初めてのことだ。恐怖を感じた真美は、咄嗟に部屋を飛び出した。
「マミちゃん?!一体どうしたの!」
ウォークインクローゼットでコートを掴んだ真美の背後に、陽介の焦った声が迫る。
「コンビニかな?じゃあ僕も一緒に…」
「もう、外くらい一人で行かせてよっ!」
いままでこんな大声で叫んだことがあっただろうか。
陽介も、息を荒げる妻の姿に言葉を詰まらせた。
かのように、思えたのだが。
「…こんなの、僕のマミちゃんじゃない。」
ピシャッ
突然クローゼットの扉が閉まり、驚いた真美が扉をたたくが、ぴくりともうごかない。
「元に戻るまで、君は出てきてはいけません。」
冷酷な夫の声が、狭くて寒い部屋に響きわたった。
▶NEXT:12月27日 木曜更新予定
モラハラ夫の母親が、更に真美を追い詰める…!

