-年の差婚-

40代のリッチな夫に、20代の美しい妻。

多くの人は思うだろう。打算で結ばれた男女。
そこに「愛」などあるはずはない、と-

保険調査員の小林真奈(30)は、51歳で急死した資産家・山中修也の妻、塔子(30)の元をたずねる。4年前に結婚した夫妻は、22歳の年の差婚だった。

-夫を、愛してはいませんでした。

そこで塔子の口から次々と飛びだす、にわかに信じられない告白の数々。

-私、男性経験1人なんです。相手は夫じゃありません。

塔子には山中との結婚前、「私のものにならないなら死んじゃえばいいと願った」ほど愛した男がいたらしい。

その男とは、一体何者なのか-




美しい指の男


-私、山中とは寝ていないんです。出会ってから4年半、一度も。

小林真奈(30)の頭の中で、未亡人の言葉が何度もリフレインする。

ありえない。出会ってから、一度も?

しかも相手はあの塔子だ。20代の頃の松嶋菜々子と黒木メイサを足して、壇蜜のエッセンスをまぶしたような。

山中修也の年齢的・身体的な問題か、それとも…。真奈は頭のモヤモヤを追い払うように、ぐっとビールを飲み干した。

銀座駅C6すぐ、雑居ビルの一角にある『銀座バードランド』。真奈はここで、ある男を待っている。かれこれ30分も。

男の名は、古賀佳文。36歳。塔子と同じ大手化粧品会社の宣伝部に所属するコピーライター。

そして塔子が唯一、体を許し、狂おしいほど愛した男。

正直、古賀への聴取は保険調査という業務の範囲を超えている。会社に見つかったら懲戒解雇ものだ。

でも真奈は好奇心を抑えられなかった。

山中修也と塔子。あの年の差夫婦には“何か”がある。その“何か”を握っているのが、古賀という男である気がしてならないのだ。それにしても、遅い…

「すいません、もう一杯ビール!」

叫びかけたとき、入り口の琥珀色の扉が静かに開いた。

男は、湿った夏の夜の空気とともに、猫のようにするりと店内に滑り込んで来た。

特に悪びれる風も、あわてる様子もなく、テーブル席にいる真奈を見つけるとひらひらと手を振る。古賀佳文だ。

男にしては華奢でキレイな指だな、と真奈は思った。


塔子が唯一愛した男が語る、もう一つの真実


商社マン、医者、弁護士などいわゆる花形ではないが、女優やアナウンサーを射止めたという話もよく聞く、“隠れモテ職業”。それがコピーライターだ。

真奈はその理由が、古賀佳文(36)に会ってよく分かった気がした。

女が、男に与えつづけて欲しいもの。

それは贅沢な食事でも宝石でもなく“言葉”だから-




“二宮塔子”の話


びっくりしましたよ、いきなり会社にメールもらって。

二宮塔子さんと付き合ってたのは、もう5、6年も前の話で…ああ、二宮さんというのは旧姓です。山中夫人ですよね、今は。

ねえ。正直なところ、どうなんですか。

保険調査員さんがわざわざ僕なんかに話を聞きに来る理由ですよ。疑われてるんですか?あいつ。

…へえ、なんだ。そういうことじゃないんだ。

まあいいか。冷めちゃう前に、食べましょう。
ここの焼き鳥、白ワインと合わせると絶品ですよ。



初めて会ったのは、僕が代理店から転職してきてすぐだから6年前かな。香水のネーミングの仕事がきっかけでした。調香した人に話を聞こうと思って。それが塔子。

美しい目をした人だな、っていうのが第一印象です。

で、帰りに軽く飲みましょうか、ってことになって。そこでね、いきなりワンワン泣きだすんですよ、彼女。

塔子はいわゆる“泣き上戸”って言うのか、酔いが回ると感情がワーッとあふれ出しちゃうタイプみたいで。でもその時は知りませんから、なんで初対面の僕の前で大泣きするんだろ、って。そこから妙に気になりだして。

…まあ、彼女からしてみれば僕なんて、数多くの元彼の1人っていうか、大して印象に残ってないと思いますよ。

え?違うんですか。

なんて言われたのか気になるなあ。

でも、恨まれてはいるのかな。
別れ方はあんまりキレイじゃなかったから。

悪いのは僕ですね、完全に。



ねえ、小林さんは彼氏いるの?

ごめんごめん、そんな顔しないで。口説こうってつもりはないからさ。

言いたかったのはね、誰かを好きになる理由と、嫌いになる理由って実はつながってるよね、って話。

僕が塔子を好きだと思ったのは、あのクールな見た目に似合わない気性の激しさだったんだけど。なんかしんどいな、と思ったのも同じところで。

付き合って半年くらいだったかな。色々重なって「距離をおこう」って言ったんだよね。それが…逆に火をつけちゃったみたいで。

電話攻撃、長文メール攻撃、いきなり家に来る攻撃…みたいな感じになっちゃって、僕も困り果ててさ。

当時よく仕事をしてた取引先の女の子に、たまーに、グチを聞いてもらってたんです。そしたら、まあ気づけば…みたいな。コレですよ。

その女の子から“生理がこない”って言われて。
で、はい。責任を取ったといいますか。

社内ですから、僕が結婚したって話は嫌でも塔子の耳に入るでしょ。それで幕引きって感じだったかな。

今ですか?まあまあ幸せですね。
娘はかわいいし、嫁もうるさいタイプじゃないし。

だからね。僕が塔子について話せることなんて、あんまりないんですよ。

結婚したって聞いたときは、素直によかったなと思ったけど。亡くなった旦那、総資産何億だったっけ。

ああいう頭がよくて真面目そうな人ほど、分かりやすい色仕掛けにコロっとやられちゃうんだろうね。

大きな声じゃ言えませんけど、あいつ、すごいんですよ…。


深まる謎。そして新たな証言者も登場…!?


彼女、クールに見えてすごくエロいんです。

底なし沼っていうか、搾りとられるっていうか。初めは僕もハマったけど、だんだんついていけなくなって。今となっては、いい意味で懐かしいけどね…

塔子、落ち込んでました?

ほとぼりが冷めたら連絡してみようかなあ。

そう言えばあいつ、なんで金持ちと結婚したのに会社は辞めなかったんですかね。調香師は確かにうちの研究所の中ではエリートではあるけど、給料はたかが知れてますよ。

僕もね、そろそろ転職しようかなーと思ってて。小林さん、相談のってくれます?

…やばい。電話だ。ちょっと待ってて。

あー、この感じは行かないとまずそうだなあ。ごめん、ちょっと仕事のトラブルで。

お会計だけ済ませておくよ。…え?そちらの経費で?
いやー悪いね、ありがとう。

次はぜひ僕にご馳走させてね。連絡して。じゃ。




新たな証言者


翌朝。通勤ラッシュの人波にゆられながら、小林真奈は昨夜のことを考えていた。

自腹で『銀座 バードランド』は痛い出費だったが、焼き鳥は美味しかったのでよしとしよう。

古賀からは期待したほど大した情報は得られなかった。でも一つだけ分かったことがある。

塔子さん。あんた、あの最低男を選ばなくて…

-本・当・に、よかったよ!!!

思い出しても腹が立つ。何が“ここの焼き鳥、白ワインと合わせると絶品で〜”だ。焼き鳥にはビールだろう。

それにしても。

激情家で、酒に酔うと泣き、「底なし沼」の塔子。それが自分の目の前にいたあの塔子と同一人物とは、どうしても思えない。

そして山中夫妻が寝ていないのが本当だとすれば、原因は山中の方にあるということになる。つまり…

「小林!昨日どこにいた?携帯切ってただろ。お客さんがずっと待ってたぞ」

真奈の思考は突如、上司の怒鳴り声にさえぎられた。

「お客さん?私にですか」

おかしい。昨日のアポは一件もなかったはずだ。

「こないだ亡くなった、山中社長の秘書の女性だ。これお前に渡してくれって」

山中の秘書が今さら何の用だろうか。
手渡された紙袋には、布のようなものが入っている。

きれいに洗濯された白いシャツに、男ものの下着…?

同封されていたメモを見た瞬間、真奈はガンと頭を殴られたようなショックを受けた。

“小林さまにお話したいことがあります。ご連絡ください。ちなみにこのシャツと下着は、山中が私の部屋に泊まる時のために置いていたものです”

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