あなたはご存知だろうか。

日本国内最難関・東京大学に入学を果たした「東大女子」の生き様を。

東京大学の卒業生は毎年約3,000人。

しかしそのうち「東大女子」が占める割合は2割にも満たず、その希少性ゆえ彼女たちの実態はベールに包まれている。

偏差値70オーバーを誇る才女たちは卒業後、どのような人生を歩んでいるのか。

これまでには愛人枠に甘んじる文学少女や、量産型女子を演じる理三卒女医、夫に内緒で別宅を構えるバリキャリ、ハイスペ男しか眼中に入らない美女、仮面夫婦でも母になることを選んだハイスペ嫁が登場。

いよいよ最終回となる、今週は?




<今週の東大女子>

氏名:丹野 未希
年齢:30歳
職業:レストランオーナー
学部:農学部
住居:神泉
ステータス:バツイチ独身

渋谷から東急本店を過ぎ更に行くと、東大駒場キャンパスとの間に松濤の閑静な住宅街が広がる。

その一角、個人宅にも見える小さな一軒家で3年前、とあるレストランがひっそりとオープンした。

「もう3年かぁ…ようやくという感じもしますが、本当にあっという間でしたね」

さっぱりとした白いシャツに黒のエプロン。オーナーを務める丹野未希はそう感慨深げに振り返り、愛おし気に厨房のカウンターを撫でた。

オープンキッチンに、10人掛けの大きなダイニングテーブル。レストランというよりは、友人のダイニングに招かれたような印象を受ける。

店内のそこかしこに飾られた野花を、傾き始めた強い日差しが照らしていた。

「うちは、ご紹介のみの完全予約制でやらせて頂いてます。この通り、ダイニングを皆さんで囲んで頂くスタイルですので…。

その時集まったお客様が、皆そろって大家族のような雰囲気で寛げるお店を目指しています」

30歳という若さだが、未希の声には“一国一城の主”としての誇りと貫禄が感じられた。

豊かなロングヘアをさっぱりと1つに束ね、ゆったりと微笑む未希。

彼女の媚びない美しさに惹かれて訪れる客も少なくはないだろう、と感じさせる。

…しかし、ここである疑問が頭に浮かぶ。

何故、“東大女子”である未希が、飲食業という道を選んだのだろうか。


東大女子があえての飲食業に進んだ理由とは、いったい?


飲食業に進んだ理由


「小さい頃から美味しいものが大好きで。小学生の頃なんかは“食い意地が張りすぎててみっともない”ってよく母に叱られていました(笑)」

未希は少し照れたように、苦笑いをした。

「うちの実家は農家で、どちらかと言えば貧しい方だったと思います。外食は誕生日やクリスマスなんかのイベントの時だけで、そのたまの外食が本当に楽しみでした。

それがきっかけですね、“東大に入ろう”と思ったのは。

東大に入れば、一発逆転エリートの道が開け、好きなだけ美味しいレストランに行けるって思ったんです」

“好きな人と同じ大学に行きたかった”や“祖父のお小遣い500万円獲得のため”など、これまで様々な東大女子の“東大を目指した理由”は取り上げてきたが、“美味しいものを食べたい”をモチベーションに東大を目指すとは驚きである。

何はともあれ、努力の甲斐あり無事東大入学を果たした未希。

しかしそこから、彼女の人生は当初の計画を大きく逸れていく。

「すごく美味しくて、月に1、2度は通うレストランがあったんです。家庭教師のアルバイトは時給が良かったんで、大学生にしてはお金にも随分ゆとりがあって。

何度か通ううちにオーナーシェフと話していたら、バイトしないかって誘われたんです。それ以来、飲食業の魅力に取り憑かれてしまって、学業そっちのけでバイトしてました」

そしてなんと、彼女は卒業後そのまま、そのレストランで正社員として働くことを決めてしまった。

「就職も一応考えましたよ。なんせ私は家系で初めての“東大生”で、家族みんなにものすごく期待されてたんです。せっかく東大に入ったんだから、お願いだから“エリート街道”を歩んでくれって、それこそ母には泣かれましたね」

しかしその頃には“好きなレストランで豪遊する”エリートになるより、“美味しい”を人に届けることが彼女の人生の目標になっていたのだという。

「綺麗で楽しいだけじゃないレストランの裏側もたくさん見てきましたが、それでも、“美味しいもので人を笑顔にしたい”と感じたその時の気持ちが、今の原点です」




そして、正社員として勤め出して間もない頃、もう一つ彼女の人生を大きく変える出来事が起きる。

「オーナーシェフに、プロポーズされたんです。私も彼の料理に心底惚れていたし、いつも自分そっちのけで人を気遣える彼の優しいところを尊敬していました。

付き合うこともなくいきなりのプロポーズで驚きはしましたが、何年も一緒に働いていてお互いの信頼感もありましたし、そのまま結婚することに違和感は無かったんです」

25歳の決断だったという。その頃には、彼女がレストランでマネージャーを務めるようになっていた。

腕の良いシェフとそれを支える妻、2人で営む幸せなレストラン。

…しかし、それも長くは続かないのだった。

ここで彼女の“東大女子”らしい一面を垣間見ることとなる。


エリート街道を外れていても、根はやっぱり東大女子なのだった。


“情”には流されない


「ある時、店の方針の違いで揉めたんです。そもそも彼が始めた店ですから普段は彼の主張を優先するんですが、どうしても納得できないことがあって。

散々、それはおかしいからと論理的に話し合おうとしても、彼は全く聞く耳を持ってくれず…」

ふぅ、と小さく息を吐く未希。

記憶の奥底に仕舞い込んでいた苦い思い出をそっと引っ張り出すとき、人はこんな顔をするのかもしれない。

「その時気づいてしまったんです。私が愛しているのは彼の料理とこの店で、彼自身じゃないって」




「自分の夢」をかなえたい


「彼は私のことを本当に大切にしてくれました。飲食業にはよくあることですが長時間労働で倒れそうになっても、いつも私のことを気遣ってくれて。

…あんなに愛してくれてたのに、同じだけ愛せなかったことは、今でも申し訳なく思います」

悔やむ言葉を口にしながらも、窓の外を見つめる彼女の目は強い光を放っている。珍しく朝方に雨が降り、その日の夕陽はいつも以上に鮮やかだった。

「私は人の夢じゃなく自分の夢を叶えたいんだと、その時強く思ったんです。...だから彼の店を辞めて、自分のやりたい店を始めようって決めました」

夫婦ふたりが揃って飲食店を営む場合、もはやプライベートの時間を合わせることはほぼ不可能である。

未希が店を辞める決断をした時点で、2人は話し合いにより離婚も決めたのだという。

それから2年後、未希は晴れて自分の店をオープンさせた。

「離婚はしたものの彼はずっと協力してくれて。知り合いの料理人や出資者なんかと繋いでくれたのも彼でした。店が軌道に乗ってからはお互い忙しいのであまり会うことも無くなりましたが、今でも休みの日はたまに遊びに来てくれますよ」

ここで未希は、何かを思い出したかのように小さく微笑んだ。

「よく“東大入った意味あったの?”と聞かれるんですけど、今でも私は東大に入って良かったなぁと思うんです。

“美味しいものが食べたい”という一心で一生懸命勉強した高校時代が、今も私の価値観の根底にあります。あの時“自分の夢に向かって頑張る”ことを学んだから、今がある。

成し得た結果というよりも、東大合格に向かう過程で培われた力だったり成功体験が今の私を作っている。

10代の、人生の早い段階でそれに気付けたことは幸運だったと思います」

いつの間にか、窓から覗く空は鮮やかなオレンジから深い青に変わっていた。

もうすぐ、開店時間だ。

未希の横顔は、過去を振り返る人のそれから、今目の前を全力で生きる人のそれに切り替わっていた。

Fin.