愛しのドS妻:深夜の修羅場…ドS妻の追及に思わず吐いた、男の苦しすぎる言い訳
-可愛かった妻は、どこに消えた?-
昔はあれほど尽くしてくれたのに。あんなに甘えてくれたのに。
いつの間にかドSと化してしまった妻に不満を抱く既婚男性は、きっと少なくないはずだ。
青山でイベントプロデュース会社を経営する、平野貴裕(ひらのたかひろ)・35歳もそのひとり。
妻である華(はな)とは大恋愛の末に結ばれたはずだが、結婚後5年が経ち、その夫婦関係は随分と冷え切っていた。
深夜の修羅場
-…きて-
ふわふわと、宙に浮いているような心地よさ。
暗闇を浮遊する、その遥か遠くから誰かが呼ぶ声がした。
-ねえ、起きて-
聞き覚えのある女性のものだが、その声色は尋常でなく低い。
その鬼気迫る響きに、貴裕は夢うつつながらエマージェンシーを察知した。
「起きてって言ってるの!」
暗闇を切り裂く叫び声がしたのと、貴裕が咄嗟に防御の体制(腕を顔の前でクロス)をとったのは、ほぼ同時。
想像どおり腕に痛みを感じながら恐る恐る目を開けると、そこにはまさに鬼の形相で自分を見下ろす妻・華(はな)の姿があった。
「な、なんだよ…?いま、何時…?」
窓の外に広がる、青山の夜景。鉛のように重たい体も、時が深夜であることを告げている。
「これ、何?」
貴裕の質問には答えず、華は暗闇でドスの効いた声を出した。
そして氷のように冷たい目を向けると、薄いブルーの封筒を貴裕の前にかざすのだった。
「なんだ、それ…」
そう答えながら、貴裕は思わず目を泳がせる。
-なんで、華が持っている!?
華にだけは絶対に知られてはならない手紙。
しかし今、ソレは容赦無く華の手中に収められている。
-最悪だ。
寝起きの呆けた頭で貴裕ができることといえば、シラを切ることだけ。
しかしそれで引き下がるような華では、もちろんない。
「とぼけないで。こっちはもう全部わかってんのよ。奈美子って、どこの誰」
妻の唇が無機質に「奈美子」と動くのを、貴裕は絶望とともに眺めるしかなかった。
見つかってしまった一通の手紙。差出人の「奈美子」とは、一体誰なのか?
変わってしまった妻
貴裕と華が結婚したのは、今から5年前だ。
貴裕30歳、華24歳の時である。
当時ふたりは同じ大手広告代理店に勤めており、噂になるほどの美人でありながら愛らしい笑顔を見せる華に、貴裕は一目で恋に落ちた。
入社当時、彼女には学生時代から続いているという彼(キー局のテレビマン)がいたが貴裕は諦めきれず、約半年にわたって何度も何度も直球で口説きまくった経緯がある。
ようやく鎌倉デートにこぎつけ海辺でそっと唇を重ねたときには、達成感で思わず震えたほどだ。
抱き寄せた華奢な肩も、ほんのり頬を染めて俯く仕草も。何もかもが初々しく愛おしい。
絶対に、華を他の男に渡したくない。そう思った貴裕は、早々に結婚を決意。
同期たちはまだまだ派手に遊んでいたが、華を妻にできるなら自由など喜んで差し出そう。
そう思えるほど、貴裕は彼女に惚れ込んでプロポーズしたのだ。
そしてこの結婚は、貴裕を男としても成長させた。
貴裕にはもともと独立志向があり、事あるごとに華にもその思いを伝えていた。
ただ結婚してすぐに、というのは彼女も不安があるだろうと時期を見ていたのだが、華の方から独立を後押ししてくれたのだ。
結婚2年目、32歳のとき、貴裕は代理店から独立。イベントプロデュース会社 “THクリエイティブ”を設立した。
しかし前職のツテがあるとは言っても、それだけで軌道に乗るほど事業は甘くない。
起業してしばらくは、代理店勤務を続ける華から仕事を回してもらったり、社交的で上質な人脈をもつ彼女から数多くのクライアントを紹介してもらったりして、とにかく無我夢中で働いた。
そうして文字通り二人三脚で頑張ってきたおかげで、2年目からはデザイナーや事務員を数名雇えるまでに成長。
華から「代理店を辞めたい」と申し出があったのは、この頃である。
代理店営業の過酷さは、貴裕もよく知っている。
悲鳴をあげる彼女に無理をさせるのは忍びない。
覚悟を決めた貴裕は、むしろこれまで自分を支えてくれた華に感謝を示し「これからは俺が責任を持って華を養うから」と、約束したのだった。
しかし振り返ればこのころから、華は少しずつ変わっていった。
あれは今から約半年前、某化粧品メーカーの新商品発表会を終えた翌日のことだ。
プレスの反応もよくメーカー側からの評価も上々で、広報部長から直々に「次も引き続き任せたい」とまで言われ、貴裕は上機嫌だった。
しばらくずっと帰宅が遅い日が続いていたから、久しぶりに華の大好きな『富麗華』でディナーでもしようと思いつき、妻の携帯を呼び出す。
オフィスの窓から見下ろす表参道は今日も楽しげな人々で溢れていて、貴裕の心までウキウキとさせる。
きっと喜ぶに違いない。
そう信じていたのに、しかし予想に反して妻の反応は塩対応だった。
「え?私、今夜は友達と約束してるから無理」
…先約があったことは、仕方ない。
しかしその身も蓋もない言い方に、カチンときたのだ。
塩対応の妻に苛立つ貴裕は、つい出来心で致命的なミスを犯してしまう…
ほんの出来心
妻との電話を切ったあと、貴裕はある女性のスマホを呼び出した。
半ばヤケのような、つれない華に仕返しをするような気持ちもあったかもしれない。
「今夜もしよかったら食事でもどうかな。ほら昨日の、発表会の成功を祝して」
誘った相手は、昨日まで新商品発表会の準備をともに進めてきたクライアント先の担当者、奈美子である。
初対面から絡みつくような視線を送ってきていた彼女に、貴裕は警戒しながらも、とはいえ男として悪い気はしなかった。
誘えば、たやすく乗ってくることもわかっていた。
「え♡嬉しい、ぜひぜひ!」
案の定、彼女は貴裕の誘いに大喜びだ。…華とは、まるで違う反応。
予約は『富麗華』ではなくカジュアル姉妹店『紫玉蘭』に変更したが、メールでリンクを送ると彼女は「こんないいお店、初めてです♡」と可愛いことを言ってくれた。
“会社の子たちと飲んでて、遅くなる”
22時過ぎに『紫玉蘭』を出ると、貴裕は華にそうLINEを送った。
帰ってこいと言われれば、帰るつもりだった。
しかし華からは即座に“OK”のスタンプが届いて…それだけ。どこにいるのかも、帰宅が何時になるのかも、照会されない。
-俺に、関心がないのか?
焦りのような、苛立つような感情が貴裕を惑わせた。
そう、それはほんの“出来心”だったのだ。
「もう少し飲まない?…もし疲れてたら、部屋をとってもいいし」
貴裕が、港区のホテルにあるバーの名前を告げると、奈美子はふっくらとした頬をほんのり染め、こくり、と頷いた。
決して清楚なタイプではないが、だからこそ初々しい反応が妙に艶っぽく、気がついた時には彼女を抱きしめていた。
敢えて話題にしたことはないが、貴裕は指輪をしているから、既婚者であることは最初から奈美子も承知のはず。
だから「帰らないで」とどれだけ奈美子が縋っても、貴裕は夜のうちにホテルの部屋を出ていた。
朝帰りにさえならなければ、「付き合いで」とか「仕事があって」とかなんとか言って華の追及をかわすことができる。
そう、そもそも最初から貴裕にとって、優先すべきは華だった。
当然のごとく、こんな関係が長く続くわけがない。
奈美子と男女の関係になって3ヶ月が経つころ、彼女の方から別れを切り出された。
「最後に、これ読んで」
最後だと言いながら何故かひとしきり抱き合った後、裸のまま渡された、薄いブルーの封筒。
中には便箋2枚にわたって、奈美子の貴裕に対する切ない思いが切々と綴ってあった。
じっと見つめる奈美子の濡れた瞳は、ありありと「引き止めて欲しい」と告げていたが、貴裕にそのつもりはなかった。
むしろ、奈美子の方から終わりを告げてくれてホッとしていたくらいだ。
しかし彼女の恋慕が詰まった手紙をあっさりと捨ててしまう気にはなれず、手帳の裏表紙に挟み、“男の勲章”よろしく、カバンにしまったのだ。
軽率な行動を悔いる貴裕…ドS妻の追及に、咄嗟にありえない言い訳をしてしまう!?
咄嗟の言い訳
事業が軌道に乗ったタイミングで引っ越した、青山1丁目のタワーマンション40階。
遠くに赤坂のタワマンがあるだけで、同じ目線には一切遮るものがない。
華を直視できない貴裕は、夜景を眺めるふりをして、自身の軽率な行動を痛切に悔いた。しかし、バレてしまってはもう遅い。
「この奈美子って女に、今すぐ電話してください」
冷たい華の声には震え上がるほどの圧があり、敬語だし依頼形だが命令にしか聞こえない。
「いや待って。華は誤解してるよ。それに電話なんて無理だ…今、何時だと思って…」
「は?相手は不倫するような非常識なバカ女なのよ?なんで被害者であるこっちが常識わきまえなきゃいけないわけ」
怒りMAXの華は、貴裕の言葉など聞いちゃいない。
それに否定や反論は、もはや火に油を注ぐだけだ。
「早く。あなたができないなら番号を教えなさい。私はこの奈美子って女に、慰謝料請求する権利があるの」
「ねえ、早く。教えなさいよ!」
普段はにこやかな笑みを絶やさないのに、こうと決めたら頑として譲らない彼女の芯の強さは、出会った頃から変わらない。
さらに華は貴裕と結婚し、妻として夫の独立を支援、そして事業が軌道に乗るよう尽力してきた経験を経て、その腹の据わり方はますますパワーアップしていた。
敵対心に満ちた、華の瞳。
貴裕は、彼女を説き伏せるなどもはや無理だと悟る。
しかしどうにかして、この場を切り抜けなければ…。
「…奈美子は、もうこの世にいないんだ」
それは、咄嗟に口から出た言葉だった。
自分でも無理があると思いつつ、言ってしまったからにはもう引き返すことなどできない。
貴裕は慌てて神妙な面持ちを取り繕い、ひたすら静かにやり過ごす。
「…あなたって、本当にバカね」
しばしの沈黙の後、華は呆れた表情で大きく息を吐いた。
「だけど今の言葉で、その奈美子って女が私の敵じゃないことはよーくわかった。
言っておくけど、万が一にも奈美子がこの世に存在していることがわかったら...その時は、タダじゃおかないから」
華は含みをもたせてそう言うと、別々に寝るつもりなのだろう、寝室を出て別室へと消えていってしまった。
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