透き通る海と、どこまでも続く青い空。

ゴルフやショッピング、マリンスポーツなど、様々な魅力が詰まったハワイ。

2022年に行われたある調査では、コロナ禍が明けたら行きたい地域No.1に選ばれるほど、その人気は健在だ。

東京の喧騒を離れ、ハワイに住んでみたい…。

そんな野望を実際にかなえ、ハワイに3ヶ月間滞在することになったある幸せな家族。

彼らを待ち受けていた、楽園だけじゃないハワイのリアルとは…?

◆これまでのあらすじ

由依(35)と夫の圭介(38)は家族でアラモアナの高級マンションで3ヶ月間の短期移住をすることに。由依は圭介が、元妻と何かあるのではと疑う。圭介も、由依が元彼と会っていることに気がつき、2人は喧嘩に。そんな時、玄関のチャイムが鳴り…。

▶前回:離婚して10年経っても、元妻に会い続ける男。不審に思った現妻が、夫を問いただすと…




Vol.10 元妻の訪問


ピンポーン

突然部屋に鳴り響くチャイム。

夫とケンカ中だというのに、子どもたちがもう帰ってきてしまったのかと、由依は玄関に行く。

しかし、覗き穴から見えたのは、子どもたちでも、姪の日菜子でもなく、40歳くらいの女性。

目鼻立ちのはっきりとした美人で、サングラスを手に持ち、新作のシャネルのチェーンバッグを肩から下げている。

圭介の元妻・藤井直子だとすぐにわかった。

驚きのあまり、由依の体が硬直する。

だが、長い間由依が悩まされていた直子が、今、実際に目の前にいるのだ。

怖さよりも、彼女と話してみたいという気持ちが勝ち、由依はゆっくりとドアを開けた。

「えっと―…」

言葉がうまく出てこない由依に対し、直子は余裕の態度で微笑む。

「こんにちは。ねえ、圭介、いる?」

明るい声で直子はそう言ったかと思うと、由依の返答も待たずに、勝手に中へと入ってくる。

「ちょっと…」

由依が困ったように言うと、異変を感じた圭介が、リビングの方から「どうした?」とやってきた。

そして直子を目にした途端、圭介も驚いたように目を見開いた。

「お前、こんなとこで何してんだよ…」

「素敵なところじゃない!」

直子はずかずかとリビングに入っていき、ソファにどかっと腰を下ろした。

そして、キョロキョロと部屋を見渡して言った。

「ねぇ、愛香は?いないの?」

「ちょっと、なんなんですか?勝手に入ってきて…」

由依は怒りをあらわにするが、直子は全く動じない。


「何って、圭介の元妻で愛香の母親。あなたが圭介と再婚した由依さん?」

「そうですけど…」

「今まで、愛香を育ててくれてありがとう」

直子は由依の神経を逆なでするような言い方をする。

そして、圭介と由依を交互に見て告げた。




「愛香と、そろそろ一緒に暮らそうかなって思って」

「は?何言ってんだよ。その話はもう終わっただろう?」

「私は終わったつもりはないけど?」

直子と圭介が言い争いを始めたので、由依が制止した。

「2人とも…黙って。何で2人で話を進めてるの?どうして私に内緒にしてたの?」

「それは…由依に心配をかけたくなかったから」

口ごもる圭介に、直子が可笑しそうに笑った。

「やだ、圭介。由依さんに話してなかったの?どうして?私とキスしちゃったから、話しづらかったの?」

「それは直子が…。ちょっと、黙ってくれ。話がややこしくなる」

「ややこしくないでしょう?事実じゃない」

そこでとうとう由依が、静かにキレた。

「…うるっさい。2人とも、うるさい。圭介、初めからちゃんと説明して。直子さんは黙って。あなたの言い分は後で聞くから」

直子は不服そうな顔を見せたが、由依から漂う気迫に負けたのか、仕方なく口を閉じる。

そして圭介が、直子と出会った日のことを話し始めた。




俺が直子と再会したのは去年の冬。

自分が1から起業した会社を手放すことが決まり、我が子を手放すようなどうしようもない寂しさを埋めたくて、1人で渋谷にある『æ(ash)[zero-waste cafe & bar]』のバーで飲んでいた。

そこで偶然直子と再会した。

それまでは、直子と再会することがあったら、どんなことを言ってやろうかと、ずっと考えていた。

まだ幼い愛香を置いて行ったこと、そして俺に一言もなく行ってしまったことを許せていなかったから。

それなのに、実際に直子を目の前にすると、一言も出てこなかったのだ。

怒り、恨み、憎しみ、そしてわずかな愛情。

この思いをどう処理していいかわからず、俺は一旦、店を出ようとしたとき、直子が俺に向かって言った。

「ごめんなさい…本当にごめんなさい…」

そして、彼女はその場で泣き崩れたのだ。

でも、そのときは俺はどう対応すればよいのかわからず、すぐにその場を去った。

そして、直子は、よくその店に現れるようになった。

直子を許せない気持ちは変わらなかったし、自分の罪の意識を軽くしたいために謝っているだけだろうと俺は呆れた。

でも、謝罪を続ける直子を、そのうち邪険に扱えなくなっていった。

ある日、1人でバーで飲んでいるとき、直子が現れて隣に座ってきた。

「どこまで追い回すんだよ」

「どこまでも。あなたが許してくれるまで」

「今さら…」

その日、やっと彼女と本音で話した。


「ずっと、愛香に会いたいって思ってた。だけど、申し訳なくて、どうしていいのかわからなくて、会いに行けなかった。

あの時、産休と育休で休んでいるたった4ヶ月の間に、私が信頼していた人に、フットエステサロンの店を乗っ取られていたの。

気がついた時には、店はもう自分のものではなくなっていて、名前も変わっちゃって。そのうえ、忙しいあなたに変わって、私が1人で愛香を見ないといけなかったし…」

確かに当時の俺は、自分の仕事で手一杯で、愛香のことを任せきりにしていた。

俺は思わず唾を飲み込む。




「愛香は繊細でさ、全然寝てくれなかった。仕事のことで苦しむ私の気持ちが伝わるのか、すごく不安定になって。なのにあなたには頼れなくて。自分がこのまま壊れて行く気がした」

「…そんな。知らなかった、話してくれていたら…」

「話していたら、何か変わった?そもそもあの時、私の話を聞く時間もなかったでしょう?」

直子の様子が変なことに、多少気がついていたが、彼女の話をゆっくりと聞いてやる余裕がなかった。

だから「育児が大変なら、シッターとかハウスキーパーを雇えばいいよ」なんて言って、解決したつもりでいた。

俺は、信頼できるシッターを探すことすら直子任せにしていた。

「本当に悪かった。でも、それでも話してほしかった。君が出て行って、愛香がどれだけ寂しかったか。それに、俺は本当に君を愛してたから、理由もわからずに出て行かれて、苦しんだ」

酔った勢いもあり、俺も本音を漏らした。すると直子は、悲しい目をしてこちらを見た。

「限界だったの。あの時は、この場所からとりあえず離れないと愛香も私もダメになるって思った。でも、今は後悔してる。私は、愛香もあなたも愛してた。あんな形で終わらせるべきじゃなかったわ」

そうして、直子が俺の目を見つめる。気がつくと、彼女の方からキスをしてきた。

避けようと思えば避けられたはず。だが、そうしなかったのは、わずかに残った愛念か、それとも彼女への罪悪感からか。

「私ね、あれからIT系のベンチャー企業に再就職したの。今はそれなりにキャリアも積んでるわ。いつか、愛香に会うために、自分を立て直したかったの」

直子はそういうと、少し言葉を詰まらせながら言った。

「愛香に…少しでもいいから会わせてくれない?」

「それは…できない。君の存在を、愛香は知らないから」

俺がそう告げた時の直子の瞳には、絶望の色が映っていた。



「あれから、しばらく俺の元に現れなかった。なのに、急にまた現れたかと思ったら、“愛香は私が育てる”って言い出した。

ハワイに行って少しの間距離を取れば、直子も諦めるだろうと思ったんだ」

圭介の話が終わると、溜め込んでいたかのように直子が言った。

「当たり前でしょう。愛香は私の実の子だもの。それにね、ハワイのことも家も教えてくれたのは、愛香なのよ」

その時、玄関のほうでガタンと音がした。




みんなが振り返ると、驚いた表情の日菜子と春斗が立っていた。

「あ、ごめん…春斗がトイレしに帰りたいって言って…」

「え、それより、愛香は?一緒じゃないの?」

「え?一緒に帰ってきたけど…」

驚いた日菜子が玄関の方を振り返る。だが、愛香の姿が見えない。

「愛香ー?どこにいるの?」

気がついた時には、愛香はもう、家を飛び出していった後だった。

▶前回:離婚して10年経っても、元妻に会い続ける男。不審に思った現妻が、夫を問いただすと…

▶1話目はこちら:親子留学も兼ねてハワイに滞在。旅行気分で浮かれていた妻が直面した現実とは

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夜のワイキキで、家出をした愛香。必死で探し回る3人の元に、ある人物が現れ…