最後の男:「君のこと、すごいタイプ」。耳元で囁かれた女が、男の誘惑に負けた夜
港区には、モードな男たちが多数出没する。
スタイリッシュで、品があり、上質なファッションを纏う『港区モード』な男たち。彼らが街を歩けば、そこにドラマが生まれる。
この連載では、『港区モード』な男を目撃した人々に起こる、小さなドラマをご紹介しよう。
初回は、千沙(28歳)の物語。

思えば私は、22歳の時からずっと「最後の男」を探してた。
大学生から社会人になる頃、それまでよりも少しだけ「結婚」というものをリアルに考え始めるようになった時。自分の人生で「最後の男」となる結婚相手は、一体誰なんだろう?と胸を弾ませながら度々考えていた。
だから、今付き合っている孝太郎が「最後の男」になるのかもしれないと考えたのも、当然のことだった。
2年前、会社の先輩である薫さんと一緒に食事しているところに、たまたま居合わせたのが孝太郎だった。
メガバンク勤務の孝太郎は、薫さんの大学時代からの友人だと名乗った。その日は挨拶程度の会話しかしなかったが、後日会社で薫さんに会った際に、満面の笑みでこう言われた。
「孝太郎が、千沙ちゃんに一目惚れしたみたいで。あの時の女性を紹介してくれないかって言ってきたの」
嬉しくはあったものの、その時の私は正直なことを言うと、孝太郎のことをあまり覚えていなかった。嫌な印象はなかったな、というくらいの記憶だ。
「孝太郎ってちょっと地味だけど、誠実だと思うよ。孝太郎がこんなこと言ってくるなんて、本当に珍しいんだから」
そんな薫さんの言葉に悪い気はしなくて、私はデートの誘いを受けることにした。
最初のデートから約2年。今でも私は孝太郎と付き合っている。最初は「ちょっと地味だな」と思った彼だったけれど、知れば知るほど彼の誠実さや優しさに惹かれていった。
まさに結婚向きの男。だから、やっぱり孝太郎こそが「最後の男」になるのかもしれないと本気で考えるようになっていた。
でも最近は、孝太郎の全てが色褪せて見える。
それは、何か大きな原因があるわけではない。不満に思うことがいくつかあるだけ。ちょっとしたことの積み重ねだから、大したことはないと、そう思っていた。
でも実は、大きな原因がない今の状態の方が、付き合いが長くなった恋人同士にとっては危険なのかもしれない。
最近になって、そう思うようになっていた。
少しずつ積み重なった千沙の不満とは?そしてついに、終わりがくる…!?
最初のデートでは毎週新しいレストランを開拓していたのに、今では互いの家の近くにあるバルやビストロで、ささっと済ませることが増えたこと。
週末は金曜の夜から月曜の朝までずっと一緒にいたのに、この頃は週末に一度も会わないこともあること。
孝太郎のことは、地味だけど誠実で結婚向きな男と思っていたのに、全然オシャレじゃないし実は面白みのない男なんじゃないかとさえ思うようになってしまっていること。
そういう些細な不満が、私に小さなアラートを鳴らしているようにも思える。
◆
“ごめん、10分くらい遅れそう!どこかお店にでも入ってて”
日曜日の六本木ヒルズ。
薫さんから届いたLINEを確認し、ウェストウォークの入り口前で、私は周囲をぐるりと一望した。
どこかお店に入るか、それとも10分くらいならこのままここで待つかと考えながら、昨夜の孝太郎との会話をふと思い出す。
「この前も言ったけど、明日薫さんと映画観に行くんだ。夜時間があれば3人でご飯食べようって言ってたけど、予定見えた?」
私が聞くと、孝太郎はとぼけた声でこう言った。
「あ、ごめん忘れてた。うーん、予定はないんだけどちょっと疲れてるから、家でゆっくりしたいかも」
ー忘れてた…。
最近、孝太郎の口から頻繁に聞くようになったこの言葉。
もう、がっかりすることさえ無駄に思えて、私は「わかった」と一言だけ返して電話を終えた。
こんな状態の時、自分以外の周りの人が皆幸せそうに見えてしまう。
六本木通りのエスカレーターを上ってきて、楽しそうに彼の方へ走り寄る女の子や、手を繋いで寄り添って歩くカップル、スマホを見ながら黙々と急ぎ足で通り過ぎる男性さえも、自分より幸せそうに見えてしまう。
私は移動する気にもならず、なんとなく恨めしい気持ちでぼーっとしていると、一人の男性が視界に飛び込んできた。

年齢は40後半から50歳くらいだろうか。スーツに詳しくない私でも一目でわかるくらい仕立ての良いものを身に纏い、颯爽と歩いている。
普段は男の人に色気を感じることなんてほとんどないけれど、その男性からは色気のような、特別な何かを感じた。

「孝太郎も、あんな男性になってくれればいいのに。…無理だろうなぁ」
気づけばそんな本音が漏れていた。
◆
「孝太郎の良さはさ、そんなところじゃないじゃん」
映画を観終えたあと、六本木ヒルズ5階の『ビキニシス』で、今日の昼間に見かけた素敵な男性のことや、孝太郎への最近の不満までを薫さんに報告すると、彼女はそう言って笑い飛ばした。
知り合った時から、薫さんの言葉には不思議な説得力がある。
だからこの日、私の不満を薫さんに一蹴されたことで、しばらくの間は気を持ち直すことができていた。
けれど、その1週間後に事件は起こった。
千沙がキケンな男と、出会ってしまう…。

私はこの日、女友達に誘われるまま久しぶりに食事会に参加していた。
もちろん罪悪感はあったけれど、「他の男の人を見て、自分の彼氏の価値を再確認することもあるよ」などと女友達にそそのかされて、参加することにした会だった。
3 on 3のお食事会。ここで私は、一番イケメンで一番スペックの高い男・向井から、なぜか気に入られたのだ。
180cm近い長身と綺麗な二重の目元。清潔感あふれる容姿で、外資系大手IT企業で働くエリートの向井。そんな彼が、食事会の終盤で急に仕掛けてきたのだ。
「千沙ちゃん、待ってたよ」
お手洗いから、皆がいる個室に戻ろうとした時、向井から声を掛けられた。さらに彼は私の耳元にぐっと顔を近づけて、こう言葉を続けた。
「ねえ、千沙ちゃん。二人で抜けて飲みに行かない?俺、千沙ちゃんのことすごいタイプでさ」
いくら久しぶりの食事会とはいえ、今までだったらこんな軽い誘いに乗ることはない。
でも……ただの言い訳かもしれないけど、向井は人の“心の隙間”に上手に入りこむ男なんだと思う。
私が「無理です」と断っても、向井はそんなことお構いなしに「じゃあ、30分後に『マデュロ』で会おうね」と言ってくる。
それを無視することもできず、きっかり30分後に私は『マデュロ』を訪れていた。
向井は、私がずっと求めている「最後の男」になんて、絶対になり得ないような男。
そんなことは分かっていても、私の中に、引き返すという選択肢はなかった。
▶Next:6月4日 火曜配信予定
向井と二人きりになる千沙。孝太郎との関係は…?

今週の港区モード:「ジョルジオ アルマーニのスーツ」
“モードの帝王”とも評されるアルマーニが手がける一着は、フルキャンバス仕立てにより構築的なフォルムのスーツ。

スーツ¥450,000、シャツ¥49,000、タイ 参考商品、ベルト 参考商品、時計¥155,000、シューズ¥120,000〈すべてジョルジオ アルマーニ/ジョルジオ アルマーニ ジャパン03-6274-7070〉、その他/スタイリスト私物
この上なく上質なのに主張しない一着だから生まれる、凛とした佇まい。それこそ、男を魅力的に演出する最高のスパイスだ。

正統派とされるネイビーの一着は、薄く肩パッドの入った水平なショルダーラインが身体を美しく演出し、グッと絞り込まれたウエストラインからは、そこはとなく色気が漂う。

一見品の良いビジネスマンのように見えるが、ウールにシルクを混紡させたことによるほのかな光沢感が、何気ない動きで感じられ、只者ではないという空気を醸す。





