モテキ参上!:その日は、突然訪れる…?理系オタク⇒モテ男への華麗なる転身をした、夢のような一夜
男ならだれでも一度は夢を見る、“モテキ”。
しかし突然訪れた”モテキ”が、人生を狂わせることもある。それが大人になって初めてなら、なおさら。
茂手木 卓(モテキ タク)、29歳独身。趣味は微生物研究。
これまでの人生、「モテることなんて何の価値もない」と思っていた男。
しかし一度味わってしまった際限のない欲望からは、簡単には逃れられないのであるー。
窓の向こうには、満天の星空のような東京の夜景が広がっている。
窓に映る男は、上質なスーツに身を包み、1本10万円のシャンパーニュを口にしながら、東京を見下ろしている。
…それがまさか自分だなんて、今でも時々夢を見ているような気分だ。
「タクさん、今日はお招きいただいてありがとう〜♡」
背後から声をかけられ振り向くと、名前も知らない女が立っていた。
今日はあるプロジェクトの成功を内輪で祝う予定だったが、いつの間にか部外者が増えているのは、ジェイの仕業だろう。
メゾネット様式のパーティー・スタジオの上階には、豪快に笑っているジェイと、その取り巻きがいつものように騒いでいる。
―あいつが集めると、いつもこうやからな…。ま、いいけど。
「ねえ、タクさんのお部屋、みてみたいな♡」
肩と脚を丸出しにした女が耳元でささやくが、この程度では何も感じない。
「今日は先約があるから、ごめんね。」
そういってくるりと向きを変えると、残念そうに去っていく女の姿が窓に映って、消える。
ほんの1年前まで女性と話すだけでも右往左往していたというのに、こんなあしらい方ができるようになるなんて、過去の自分に教えてやりたい。
モテ期が到来するだなんて予想すらしていなかった、あの頃の僕に―。
華やかな夜を過ごすタクとは、一体何者なのか?!
ごく普通の秀才、茂手木卓
―電卓のタクちゃん―
細かな記憶はないが、小学校のころ、僕はそう呼ばれていた。
大阪の枚方(最近では“ひらかたパーク”で有名)という町の、両親は揃って銀行員というごく普通の幸せな家庭で育った僕は、優れた計算能力を持つだけではなく、とても勉強ができたのだ。
父がそろばんの有段者で、幼少期から教えてもらったり、母の教育方針でテレビよりも図鑑や本に触れる時間が多かったことが影響したのか、特に苦労することもなく、難関といわれる灘中学に入学した。
中高では生物部に所属し、同じような思考回路をもつ部員と過ごす時間はとても充実していたのを覚えている。
思春期を迎え、女に興味がないわけではなかったが、恋愛とは無縁の学生生活を送っていた。そんな自分に転機が訪れたのは、高校2年の春だっただろうか。
文化祭で淡水魚の説明をしている時、僕の目の前で、女子が数人立ち止まったのだ。
どうみても“メダカの保護育成の実態”の発表に興味があるようには思えなかったが、久しぶりに見る女子というふんわりとした生き物に緊張しながら、早口で説明を終える。
「…な、何か質問はありますか?」
揃ってメガネをかけた少年たちが一斉に手を上げる中、去っていく女子たち。そのうちの一人が、こうつぶやいた。
「オタクじゃん。」
…その言葉は、大きなトラウマとして心に残ることになった。
そしてあれ以来、『電卓のタクちゃん』ではなく『オタクのタクちゃん』と自覚した僕は、ストレートで京大理学部へ進み、邪念を振り払い生物学に没頭。
半ば強制的に入らされたインカレサークルの飲み会には何度か顔を出したが、他校の女子とはうまく話すことができず、次第に誘われることもなくなった。
最初のうちは、彼女持ちとなった友人が羨ましく、話術を研究したり、服装を模倣してみたりしたが、何をやっても所詮はオタクなのだ。
―笑いものになるくらいだったら、こっちの世界で勉学に没頭しよう。
俗世からの解脱を図ってからは「女子と話したい」という願望すらなくなったと思っていた。
あっちの世界の勝者、速水慈英(ジエイ)と出会うまでは。
イケメンセレブ、速水慈英との出会いとは?!
タクとジェイの運命の出会い
―やっぱ、グラビティ―ダムはいいなぁ。
大学院で微生物研究に熱心になり、その生態系に大きくかかわるダム巡りは、僕の趣味となっていた。
「滝畑ダム」と書かれたダムカードをゲットして帰ろうとした矢先、僕はあいつの目線に気づいた。
「すみません。ダム、詳しいすか?」
そういいながら近づいてくる男は、背が高く彫りの深い顔立ちで、モデルといっても通じそうだ。
「オレ、初心者で、ちょっと教えてくれたら嬉しいんすけど…どうすか?」
その慣れ慣れしさに少々驚いたが、同年代の“ダム・フレンド”ができるかもという淡い期待で付き合ってやることにしたのが、すべての始まりだった。
◆
「いやー助かったよ!乾杯!」
固辞したにも関わらず、イケメンの押しに負けて二人で飲むことになってしまった。
この僕が気の利いた店など知るはずもなく、断られること前提で家の近くのお好み焼き屋チェーンを提案したのに、予想に反して快諾されてしまったのだ。
「えっと、速水さんは…」
「あ、慈英って呼んでよ!みんなはジェイって呼ぶからそれでもいいよ!」
キラリ、という擬音が似合う笑顔でビールを飲みほすこの男は、どうやら東京からきたお坊ちゃまらしい。
聞いてもないのに「小学校から慶應だ」と言っていたし、枚方までタクシーで行こうと提案してくる金銭感覚も、僕のような庶民には理解できないものだった。
(東京では小学校から慶應というのはお金持ちが多いらしい。タクシー代2万円を、見たこともない色のカードで支払っていた。)
どうやら彼は、父親が立ち上げた会社の跡取り息子で、視察か何かでとりあえずダムに訪れたようだ。しかし何を見たらいいかわからず、ダムカードをファイリングしていた僕なら詳しいだろうと声をかけたそうだ。
また会って数時間で、彼はかなりの“人たらし”であることが分かった。
「おっ、お姉さん。焼くの上手っ!」
「ありがとうございますっ♡」
お好み焼きを焼いてくれるバイトの女の子の顔が真っ赤に染まり、いつもより頻繁にひっくり返しているように感じる。
「でさ、タクは京大でなんの勉強してるんだっけ?」
イケメンのお坊ちゃまの質問には、多少馴れ馴れしくとも答えなくてはならないだろう。
「生物学…おもに微生物です。」
ぱっとジェイの顔が明るくなり、子供のように身を乗り出す。
「まじかよ!すげーよオレ!超ラッキー!」
こいつは何をいっているんだろう。バイトの女の子も驚いてるじゃないか。
「タク!オレと一緒に会社やらない?ていうか、やろう!」
イケメンお坊ちゃまからの突然のお誘い!どうする?!タク?!
◆
ジェイの突然の誘いから3か月、僕は東京にいた。
最初は冗談だと本気にしていなかったが、ジェイの強引ともいえる熱心さに負けて話を聞くうちに、あながち夢物語でもないことが次第にわかってきたのだ。
ジェイの父の会社は、富裕層向けの高性能キッチンディスポーザーなどで成功を収めており、彼は前々から微生物を使った新規事業に参入すべきだと、父親に熱弁していたらしい。(ディスポーザーは微生物の力によって生ごみを分解する。)
「今後人口減ったら戸数も減るっしょ?そしたら一家に一台のものなんて売れなくなって、ウチの会社パァじゃん!オヤジは海外でもやったらいいっていうけど、オレ英語できないしさぁ。」
しれっとジェイはそう話すが、彼の考えは間違ってはいない。
ダムの説明をしている時から感じていたが、この男は頭の回転が早く、理解能力も高い。それに加えて、稀に見る“人たらし”ときた。きっといい経営者になるに違いない。
それに研究室で顕微鏡を覗き、論文のためのデータをとる毎日よりも、微生物を使った新たな挑戦ができる機会があるのなら、これこそが自分が進むべき道なのではないか。
―これは、チャンスだ…!
そう思った僕は、大学院を休学し上京することを決意した。
「タク!こっち!」
少し飲もうとジェイに呼び出された先は、パークハイアットの『ニューヨーク バー』だ。
わざわざジャケットを持って行ったものの、ファッションなど勉強したことが無いので自分の服装がTPOに合ったものか自信がないが、ジェイのカジュアルな服装を見て少し緊張がほぐれた
「お疲れ!いよいよだねー!」
この数か月で、起業に必要な準備は全て終わった。
“TJマイクローブ CTO 茂手木卓“
そう書かれた名刺を手にした瞬間、夢が一気に現実になったかのように感じたものだ。
「これから、よろしくな…!」
そういって男同士の熱い握手を交わそうとした矢先、背後から「ジェイ!」と呼ぶ高い声に邪魔された。
「やっぱ、ジェイだー!」
「おー!今日はふたり〜?こっちおいでよ!」
あっけにとられるタクの意見を聞くことなどなく、女2人がカウンターからカクテルグラスとともに移動してきた。
「タク、こちら、玲奈ちゃんと美香ちゃん。オレの友達!」
「タクくんっていうんだー!よろしくねー!」
スカートの短い玲奈と、赤い口紅の美香。
2人とも美人な部類に入るのだろうが、真正面から顔をみる余裕など、僕にはない。
「も、茂手木卓です。よろしく…」
どうしたらいいのかわからず、作ったばかりの名刺を差し出す。
「えー!CTOってすごくない?あれだよね、CEO的な!」
「最高技術責任者、って書いてあるよー!やばーい!」
目をキラキラさせてにじり寄ってくる女たちに手の震えは止まらないが、不思議と気分は悪くなかった。
美しい夜景と共に窓に映るこの男は、もう『オタクのタクちゃん』じゃない。
僕は自分にそう言い聞かせて、震える手に力を込めて、一気にビールを飲み干した。
▶NEXT:8月6日 月曜更新予定
次週 タクにモテキ到来!人生初の経験が訪れる!