あなたが大阪に抱くイメージは、どんなものだろうか?

お笑い・B級グルメ・関西弁。東京とはかけ離れたものを想像する人も少なくないだろう。

これは、そんな地に突然住むことになった、東京量産型女子代表、早坂ひかりの大阪奮闘記である。

結婚も視野に入れて付き合っていた隆二と離れ、大阪で孤軍奮闘することを決意したひかり。

しかし着いて早々、先輩の淳子から大阪の“鉄の掟”を叩き込まれて意気消沈することに。そんな時に出会ったばかりの絵美子から、お食事会に誘われて…?!




―意外といっぱいあるのね。

大阪で過ごす初めての土曜日、ひかりはYou Tubeで大阪に関連する歌をかたっぱしから聴いていた。

演歌歌手が悲恋を嘆くものから、関西のアイドルグループがたこやきについて熱く語っているものまでいろいろあったが、大阪弁の歌詞を聴いていると、自分が大阪にいることを改めて実感する。

“大阪のやり方で勝負する。それが、大阪鉄の掟やで“

淳子にそう言われてから、大阪の良い面を見つけるよう意識して仕事に臨み、なんとか1週間を乗り切った。心身ともにくたくただ。

「1週間やっと終わりました。疲れたよー!はやく会いたいな」

隆二に送ったLINEは既読になっているが、午後2時を過ぎてもまだ返事はない。物理的な距離が離れていると、こんなに返事が待ち遠しいだなんて想像もしなかった。

まるで、高校時代にガラケーが鳴るのを待っていた自分に戻ってしまったようで、少し笑えてくる。

電話してみようかな、と迷っていたら、村上絵美子からメッセージが届いた。初日に連絡先を交換したあと、簡単な挨拶とスタンプのやり取りをして以来だ。

「今日16時で上がるので、ごはんどうですか?営業チームとその友達もくるので、プチ歓迎会兼ねて、お好み焼きいこー!」

当日のお誘いに少々面食らったが、今日は特に予定もない。

―これも大阪を学ぶいい機会だわ!

「お誘いありがとうございます!本場のお好み焼き、楽しみ〜!」そう返信し、急いでクローゼットに向かった。



「ごめんなさい!お待たせしてしまって…!」

待ち合わせ場所に指定された泉の広場にたどり着くまで、改札から20分近くかかってしまった。同じ日本のはずなのに、まるで初めて来た国みたいだ。

なんとか待ち合わせ場所付近にたどり着き、派手なワンピースを着た絵美子が大きく手を振っているのを見つけたときは、心からほっとした。

「うちも今来たばっかりやから大丈夫!それにしてもひかりちゃん、前会ったときスーツやったから、一瞬誰かわからんかった!その靴めっちゃかわいいやん!」

ありがとう、と言いながら、ガラスに映る自分を確認する。

お好み焼きにふさわしい服装がどんなものか悩んだ挙句、無難なネイビーのワンピースを選んだ。その分足元は華やかに、ビジューモチーフのついたウエッジソールを合わせて、万人ウケするスタイルにした。

「今日は営業の男の人らと、その友達も呼んでくれてるねん。あと女子は私の同期と淳子さんを誘ったから、全部で8人くらいの予定!」

―合コンってわけじゃないけど、隆二に言ったら怒るだろうな。

ふと気になってスマホを確認したが、返事はまだないままだ。


初めての大阪お食事会!東京量産型女子の必勝パターンは通用するのか?!


「絵美子、ひかり!こっちこっち」

先に到着していた淳子が手を振る。

にぎやかな店内には、大阪弁とソースの焦げる香ばしい香りが飛び交って、“これぞ食い倒れの街だ!”とひかりは内心興奮していた。

「淳子さん、ひかりちゃんお好み焼き初めてらしいんですよー!いっぱい種類頼んでわけっこしません?」

ひかりは着いて早々メニューをのぞき込む絵美子の横に座り、向かいの淳子に目をやる。仕事の時と違って緩くカールさせた黒髪から、ターコイズの大ぶりピアスがのぞく。いつにもまして美しくて、思わず見とれてしまう。

―初日は注意を受けてしまったけど、一週間で挽回できたみたいでよかった!

淳子が休日にも会ってくれ、絵美子と同じように下の名前で呼んでくれたことに、ひかりはほっとした。




「というわけで、早坂ひかりさんです!」

メンバーが揃うやいなや、絵美子がひかりのことを紹介してくれた。

聞くと、営業の一人が絵美子の同期で、定期的にお食事会を開催しているらしい。淳子は普段は参加しないが、今日はひかりの歓迎会を兼ねているという設定だったため、足を運んでくれたようだ。

―それにしても、みんなすっごくしゃべるのね。

“聞き上手”なんて言葉は、関西には存在しないのかもしれない。しかも男女関係なく、ストレートに物事を言うのには驚いた。

男性が淳子のピアスをみて「うちの風呂場のタイル盗んでつくったやろ!」といきなりつっかかったときはヒヤッとしたが、淳子も淳子で、「カビ取るの大変やったわ!」と返す。こんな大阪ならではのやり取りに、あっけにとられるばかりだった。

「ひかりちゃん、お好み焼き焼いたことある?」

ツッコミの攻防戦に入れないひかりに、声をかけてきたのは、吉本太郎だ。

大阪市内の商社で鉄鋼を扱っているそうで、「金のないアイアンマンです!」と自己紹介していた。体育会系出身なのか胸板は厚く、春先だというのにすでに半袖を着ており、お好み焼きをひっくり返すコテが異様に似合っている。

「もんじゃならありますけど、お好み焼きはないです!吉本さん、焼くのとっても上手ですね」

「そやろ?寝返り打つより、お好み焼きひっくり返すほうが早かったって親も言ってたわ!」

―どう反応したらいいのか、わからないのよね…。

「そうなんだ、ウケる!」

思わず発した東京では万能な言葉も通用しなかったようで、太郎は戸惑ったように笑いながら「ネギ追加〜」と向こうを向いてしまった。

―今日は、おとなしくしておこう。

そう思って座りなおした時、光るスマホが目に入る。隆二かもしれない、と期待したが、東京にいる同期の梨花から、信じられないメッセージが届いたのだ。

「大変!隆二くん、浮気してるかもしれない!」


隆二、まさかの裏切り?!遠距離恋愛初心者に襲い掛かる試練!


「ミッドタウンで、隆二くんが女の子と腕を組んで歩いてたの。最初は見間違いだとおもって、いろんな角度からチェックしたんだけど、間違いない。」

店を出て梨花に電話をかけたら、興奮状態でそう言われた。話している最中に、ひかりの心拍数もどんどん上がっていく。

仕事柄、女性のクライアントもいることは知っているが、果たして仕事相手と腕を組んで歩くだろうか。用心深い隆二のことだから、恋人でもない女性と公衆の面前でそんなことをするなんて、想像もつかなかった。

「私もびっくりしちゃってさ、遠巻きに追ってたんだけど、さっきタクシー拾って二人でどっかにいっちゃって、そこからは追いかけられなかった。ひかり、隆二君に連絡したほうがいいよ!」




―連絡っていっても、一体どうすればいいの…。

電話を切って席に戻ってからも、手の震えはとまらない。

今まで浮気をしたことも、されたこともないはずの自分がこのような状況に置かれるだなんて、思ってもみなかった。席では相変わらず絵美子が場を盛り上げているが、ひかりの耳には何も入ってこなかった。

「どうしたん?顔色、悪いで。」

声をかけてきたのは、また太郎だ。

いつの間にか席が変わっていて、気づいたら向かいに座っていたのにも気がつかなかった。さっきまでお好み焼きを焼いていたからか、額にはうっすら汗をかいている。

「…実は、東京にいる彼氏が他の女の人といるかもしれなくて、どうしたらいいのかわからないんです。」

初対面の男に話すことではないことは分かっていた。

ただ、これ以上一人でこの感情を処理できない。それに加えて、太郎の福々しい顔がとても聞き上手に見えたというのもある。

「もしかしたら人違いってこともあるし、今朝から連絡もつかないので、とりあえず連絡を待っているしかできなくて…。」

もし違ったら隆二の機嫌を損ねることになるかもしれない。それに、もし本当に浮気だったとしたら、もう立ち直れない。

「そんなん、あかんって!!」

急に身を乗り出して、太郎が声を荒げる。

「鳴くまで待とう、じゃ、あかんで!気になることあるんやったらすぐに聞いた方がええって。まだ最終間に合うから帰り!俺、新大阪まで一緒に行ったるわ!」

興奮して今にも立ち上がらんとする太郎を見て、逆にひかりは冷静になった。

「あ…ありがとう。まずは、電話してみる!」

そういって席をたつひかりに、太郎の「頑張れ」という声が聞こえた。



家に帰ってからも何度か隆二に電話してみたが、やっぱり出ない。

「鳴かぬなら 鳴かせてみせよう ホトトギス」

太郎からメッセージとともに送られてきたLINEのスタンプは、豊臣秀吉のイラストだった。

こんなに辛いのに思わずクスっと笑ってしまうタッチが気に入って、すぐに買ってしまった。

―いい人だな、太郎さん。それに比べて、隆二ったら…。

思わず二人を比較してしまいそうになり、その気持ちを必死にこらえる。

―来て早々、なんでこんなことになっちゃうの…!

ひかりはなかなか鳴らないスマートフォンをじっと見つめながら、隆二のトークルームをおもむろに開いた。

“なんでやねん“

秀吉がツッコミを入れているスタンプを選んで、無反応の隆二に送信する。しかし、そのスタンプはなかなか既読にならないのだった。

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