11月14日(月)

女社長、鰻を食べる

国立だし、個室取れなかったし、食事に関しては全く期待していなかったが、あんまりな食事が出て「囚人か!」と朝から一人爆笑する。

こんなのきました。

一人で笑っていてはもったいないと、盟友の金沢悦子に「今日の病人食です。」とLINEを送ると、「そんな食事じゃ精がつかない!」と怒り心頭で鰻弁当を買ってきてくれた。彼女の夫と(悦ちゃんのビジネスパートナーの)つっちーと4人、病院の待合室でもりもりもりもり鰻を食べる。生産的なことは何もしていないが、病院をいつも徘徊しているためお腹は減るのだ。

アルコールを絶って1週間、甘いものは苦手なので、病人生活は味気ないものよと思っていたけれど、3人のお陰で一転晴れやかな気持ちになる。子供ができてからの私は、普段一人で食事する習慣がほとんどない。だから、鰻弁当そのものももちろん美味しかったのだが、大好きな3人とのわいわいした食事が何より嬉しかったんだと思う。

夜は執事と新規事業関連の数名がお見舞いに来てくれた。

仕事仲間とは言え、40歳を過ぎて「パジャマ&すっぴん姿」を人様にこんなにも晒(さら)すことになろうとは。ガンになるということは、予期できなかった様々な覚悟がいるものである。見せられる側にも相当の胆力が必要ではあるが。

女社長のパジャマ&すっぴん姿

執事の手にはお見舞いの品と、なぜかたくさんの事業計画書の束が携えられていた。誠に残念ながら、「病室と事業計画書とガン患者」が「部屋とワイシャツと私」のようには素敵にマッチしないし、ほのぼのもしない。ただ、仕事に飢えていた私にとって数字の羅列されているそれは、娑婆(しゃば)の空気そのものだった。

私は仕事好きだが、普段から「仕事をしたくてしたくてたまらない」わけではない。こうやって自由に動けなくなって、降ってわいた余暇に飽き飽きして、仕事のありがたみがしみじみと解る。

それにしても、2週間も明けたので執事をはじめ仕事の仲間たちには随分と迷惑をかけてしまった。早く良くなって挽回せねばと気だけが焦るが、これでまた無理をして再発したら目も当てられない。私はニュー川崎貴子になったのだから、甘えるところは甘えて、私がピンポイントで、絶対に必要な場面でちゃんと結果を出し、「社会に必要とされる仕事」を仲間と実現してゆきたいと思う。ガンになって大人になったなぁ、私(笑)。

11月15日(火)

長女、謝りに来る

夕方になると、学校を終えた長女が謝りに一人でやってきた。本当は昨日が約束だったのだが、「いろいろ考えて今日にした」と長女は言った。

小さなころから好奇心旺盛で、自分のやりたいことが常にいっぱいある長女は、小学六年生になると嘘が巧妙になり、他人や家族に迷惑をかけてでも力技でそれを実現しようとするようになった。特に私が不在の時、鬼のいぬ間に果たしたい野望が数えきれないほどある長女は結局、今回家族中に迷惑をかけることになり、私に電話で怒られ、謝罪に来たのだ。

一応神妙にしているものの、十分に反省していない事は表情を見るだけで解るし、謝ってもすぐに忘れてしまうということも経験上よく分かっている。二人で食堂に行き、本当は何を考えているのかを聞き、私自身冷静にならなければと何度も思う。

私が冷静にならなければいけないのは、「彼女の今の状態をフラットに見なければならない」からで、「彼女自身の問題として向き合わなければならない。」からだ。私はこんな時、いつも、どうしても、脳裏で元夫のことを思い出してしまう。長女はそのバイタリティも欲望もごまかし方も、謝っている表情まで、元夫にそっくりだからだ。

女社長、亡き元夫を想う

彼女の生物学上の父親は、それはそれは好奇心の塊のようなベンチャー経営者で、人に好かれて才能に恵まれていた傍ら、一度でも興味を持ったものは妻や会社のナンバー2がどんなに止めても我慢できない傾向があった。

39歳の若さで突然死してしまうのだが、葬式に来てくれた友人たちはみな、「彼はやりたいことをやって悔いはないはずだよ」と口々に言った。それぐらいのびのびとやりたい放題だったわけだが、果たして「悔いはない」に関しては、彼の本当のところは解らないと私は訝(いぶか)ったものだ。特に、彼の両親が葬式で泣き崩れる姿を見た時、正視できないぐらい彼の後悔を思った。

まだ4歳だった長女が泣いていた姿にも、元妻だった私がどうして止められなかったのか?いつ?何を止めたら彼が死ななかったのかわからないぐらい原因は無数にある気がしたが、彼が後悔なく死んでいったとは到底思えないのだった。

彼と長女の気質がとても似ているからと言って、彼と長女は別の人間である。彼女が剛腕に自分の好奇心を何としても満たそうとするのは個性であり、周囲が見えなくなるのは未だ子供だからであり、親の言うことを聞きたくないのは思春期だからかもしれない。そのまま行ったとて、若くして早死にする可能性が高まるわけでもない。

ただ、どうしても私には彼の、未だ若かった死に顔がべっとりとこびりついてしまっていて、このように問題が起きると自分をフラットにするために時間を要してしまうのだ。

「ママはどうして私のことがわかるの?」
と、長女は言った。

正直なところ、長女がもっと大きくなったら、解らないことだらけになるだろうと思う。

だから、今しかないのだ。そんなに高いところで、そんなに足場が悪い所でふざけていたら落ちてしまうということを。信頼を紡いでいかないと、「そこは危険だ」と誰も教えてくれなくなることを。私が彼に言ってあげられなかったことを、長女が大人になる前にちゃんと伝えなければならないのだ。と、また考えが飛躍してしまい自分を平常心に戻す。何度も感情を行ったり来たりさせながら多くの言葉を飲み込んで、

「それは、お母さんだからよ」

と、だけ、長女に言った。

それを聞くと、長女ははにかんだように笑う。そんな顔は2歳の頃と変わらないのに、彼女は今、目いっぱい「大人」になろうとしているのだ。本当の大人になるまでは、「ダメなものはダメ」だ。ただ、それ以外は、私は母親としてやるべきことをやり、あとは偏見を捨て、愛を持って見守るしかできない。

「ママ」

別れ際、長女は私に手を伸ばした。弾力のある体を抱きしめると、いつの間にこんなに大きくなったのだろう、と思う。そして、

「じゃね、ママ」

と、明るく踵を返す長女は、多分さっき反省したことをもう忘れている。

でもまぁ、これも長女の個性なのだ。

長女よ、たくましく、自分の力で人生を切り開く女になってくれ。
ママはガンになったけど、キミが大人になるまでは絶対に生きるから。
助けが必要な時にママはちゃんとキミの傍にいるから。
安心して、好奇心の枝を、縦横無尽に伸ばしてゆくがよい。

しっかりした足取りで長女はバスに乗り込んだ。

その後ろ姿は、元夫でも産んだ私でもない「一人の独立した他者である」と雄弁に語っている。新芽が一斉に芽吹いているような背中が、母にはただ眩しかった。

過去の女社長と長女。

現在の女社長と長女。