際どいシュートも放った山口蛍/(C)新井賢一

写真拡大

険しい表情の山口蛍と酒井高徳が、身振り手振りを交えて声を掛け合い、そこに酒井宏樹も加わる。開始早々の8分に、香川真司が先制点を挙げた直後のことだ。

【写真を見る】ダブルボランチを組んだ酒井高徳/(C)新井賢一

コーナーフラッグ付近で歓喜の輪ができる一方で、ピッチ中央ではすでに異変を感じ取っていた選手たちがいた。

19分の岡崎慎司が記録した2点目の後には、吉田麻也と森重真人も含めた守備陣での話し合いとなっている。広がるリードとは裏腹に、いよいよ変調の度合いは増していた。

「我々は素晴らしいスタートを切って2-0と点差を開くことができたが、そのあとプレーが止まってしまった。相手はその時間帯にわれわれのスキを突き、チャンスをたくさんつくった」

サッカーのロシア・ワールドカップ(W杯)出場をかけたアジア最終予選の第7戦が、3月28日(火)に行われ、日本代表はタイ代表を4-0で下した。試合直後、日本代表のヴァイッド・ ハリルホジッチ監督は、勝利を喜びつつも2点差をつけて以降のプレーに不満顔だった。

スコア上こそ快勝だが、シュート数ではタイ代表の14本を2本下回っている。試合内容は打ち合いという表現がしっくりするところか。

とはいえ、指揮官の苦言を聞くまでもなく、選手たちも序盤から自らの不手際を痛感していたようだ。フル出場した山口は「個人でもそうですけど、チームとして前半はミスが多かったので、なかなかチームとしてリズムに乗り切れなかった」と振り返っている。

「全体的にみんなが感じていたことではあるけれど、UAE戦と違って、何かやりにくさは持っていた。前半は特に選手同士の距離感も遠かったし、一人ひとりがボールを持ったときのサポートも遠かったということもある」

散見されたミスも、実は個人の問題というよりもチームがはやる気持ちを抑えきれず、バランスを崩していた部分が大きい。「みんなの意識が前に行っていたから、全員が高い位置で相手につかれていた。(パスを)出すところがないから、厳しいところを狙うことも多かった。もうちょっと、後ろで時間を使うのも必要だったかな」と山口は続けた。

チーム全体の出来でケチをつけられてしまった感もある酒井高徳とのダブルボランチのコンビだが、スケールの大きさも垣間見せている。

普段はバランスを見ながらスペースを埋める役割に重心をかけることも多い山口だが、「高徳とは両方とも守備はできるから、そういう意味で思い切っていける」という通り、持ち前の出足の鋭い寄せであらゆる局面に顔を出し、ボールに食らいつくシーンも多かった。ピンチと匂えば遠くからでも一気に駆けつけて相手の自由を奪い、機を見たオーバーラップで際どいシュートも放っている。

「ボールを取りにいく、インターセプトをするということがボランチでの一番の醍醐味」というように、相手ボールをカットした68分のプレーでは、そのままダイレクトで味方につなぐことで、カウンターの起点にもなっている。「互いにバランスを見ながらやった」という試運転とも言える段階だが、守備がそのまま攻撃につながる山口のハイブリッドさが発揮されやすいとなれば、相手が強豪国になればなるほど面白そうなコンビでもある。

指揮官も「初めての組み合わせなので、すぐにハイレベルでプレーすることは期待できなかった。2人とももっとできたかもしれないが、私は満足している」と、満更でもなさそうだ。

もちろん、負傷で欠場したキャプテンの長谷部誠や2年ぶりの代表復帰だったUAE代表戦でゴールを挙げる大仕事をやってのけた今野泰幸など、実力者がひしめくポジション。5試合連続のフル出場ということで、「定位置を確保したのでは」と水を向けても、「自分はそういう風に思わないし、もしハセさんがいて、今ちゃんがけがしなければというのもある」と山口は口にする。

「誰が出るかというのはいつも直前になるまでわからない。ポジションごとの競争というのはすごくある」

初戦のUAE代表戦において黒星を喫し、いきなり出足でつまづいた最終予選も残り3試合。最終コーナーを回った段階で、ついにグループ首位に立つまでまくってきた。

そのホームでのUAE代表戦を除けば、全試合でピッチに立ち、途中出場した第3戦のイラク代表戦での終了間際の決勝ゴールという目に見える結果も残してきたが、相手キーマンのマーカー役や、中盤の底に位置するアンカー起用と、これまでは黒子の役割を引き受けてきた。

加えて、今回は実のところ、右ひざの古傷がコンディションにも影響を及ぼすなかでのプレーでもあった。

90分走り回った後のアディショナルタイムにも、迷いなくスライディングタックルを連続で敢行する姿を見ていると、就任当初から「チームがスター」と唱え、一貫して「ハードワーク」と「献身性」を求める指揮官の理想像にぴったりと当てはまるのでは、という思いがますます頭に浮かんでくる。

目立たず、騒がず、代えもきかず――。

日本の整った高速ピッチを疾走する機動性はもちろん、敵地のデコボコに荒れたグラウンドでも走り抜ける馬力という面でのハイブリッドさも大きな魅力。6月のイラク代表戦でも、縁の下で力強く支えてくれそうである。【ウォーカープラス編集部/コタニ】