毎年、この時期に開催される「トーキョーノーザンライツフェスティバル 2016」(以下、TNLF)は、北欧の素晴らしい作品をたくさん紹介している映画祭です。北欧というと、フィンランドのムーミンやスウェーデンのIKEAなど、カラフルでキュートなイメージが一般的ですが、シリアスで反骨精神あふれる作品も多く存在します。

例えば、ルーカス・ムーディソン監督の『リリア -4ever-』は、女性の人身売買をテーマに「ティーン向けの映画」として描き、大きな話題となりました。今年も、東洋人で初めてノルウェー国立バレエ団のプリンシパルに抜擢された西野麻衣子さんを追うドキュメンタリー『Maiko ふたたびの白鳥』をはじめ、女性や家族、恋愛をテーマにした興味深い作品が目白押し。そこで今回の見どころやTNLFの楽しみ方について、主催者の一人にお話を聞いてきました。

――今回の「トーキョーノーザンライツフェスティバル 2016」の見どころを教えてください。

TNLF:フィンランドを代表する映画作家の一人、ピルヨ・ホンカサロの特集は、是非とも女性の方に見ていただきたいです。彼女は47年生まれで、まだフィンランドの映像業界が「男社会」だった頃に、女性として乗り込んでいって初めて長編を撮った映画監督。ドキュメンタリーを撮るときは、自分でカメラを担いで演出しちゃう人なんですよ。

上映作品の一つ『“糸”〜道を求める者の日記〜』は、四谷荒木町にある「坊主バー」を舞台にしたドキュメンタリーなので、“フィンランド人から見たトーキョー”を体感できます。「こんな美しかったんだ」って驚かされましたね。彼女はレズビアンで、『コンクリート・ナイト』と『白夜の時を越えて』の原作者、ピルッコ・サイシオがパートナー。ピルッコは、本国ではレズアイコンで2人は有名なカップルです。ピルッコには俳優との間に生まれた娘がいて、ホンカサロと育てているのですが、『白夜の時を越えて』に出演しているエルサ・サイシオがその子です。とにかく反骨精神にあふれた男気のある監督で、作品の美しさとのギャップが魅力です(笑)。

『“糸”〜道を求める者の日記〜』

――『愛する人へ』も、家族の葛藤を描いた作品として興味深いです。

TNLF:ペアネレ・フェシャー・クリスチャンセン監督によれば、デンマークでは家族の一人が何かしらの依存症になっている状況なのだそうです。主人公はおそらく親がアルコールか薬物の依存症で、愛されずに育ってしまった。でも、そのことに本人はあまり気づいていなかったんでしょうね。結婚するんですけど、うまくいかずに離婚する。彼自身はアルコールと薬物の依存を頑張って克服して、ミュージシャンとして成功しているのですが、彼の娘もまたシングルマザーとなり、キャリアも築いてきたのですがやはり薬物中毒になって、更生施設に入るんですね。

それで、父親である主人公に、自分の息子を預けるというストーリー。印象的なのは、娘が主人公に対し、自分がどれだけ愛情に飢えていたのかを感情をあらわにして訴えるんですが、彼はそれが理解できない。娘の子が眠れない時に、睡眠薬を飲ませてしまったりする。人との接し方、愛し方がわからないんですよ。

『愛する人へ』

――とても根深い問題ですね。

TNLF:家族の誰かが問題を抱えていて、それが継承されていってしまうときに、どう断ち切ったら良いのか。そこの希望を描こうとしている作品です。

――他にオススメの作品はありますか?

TNLF:難病ものは敬遠する人もいますが、『サイレント・ハート』は是非。ALSを発症し、病状が進行する前に安楽死を選んだ母親と、それを一度は受け入れるものの次第に心が揺らいでいく夫や子供たち家族の話です。

すでに死ぬ日は決まっていて、その前に家族で集まって一足早いクリスマスパーティーを開くのですが、そこでの家族のやりとりで、私たち観客はそれぞれの抱えている事情や思惑を知っていくんですね。例えば、母親が「もう、何ヶ月も話し合ったことじゃない」って言うセリフがあるんですけど、そこで観客は「ここに至るまでに色んなことがあったんだな」と察する。

『サイレント・ハート』

 

――実際には描かれない過去のシーンを、イマジネーションで補完していくわけですね。

TNLF:そう。どうやら次女は、以前に自殺未遂をしたことがあるようんだな、とか。彼女が連れてくるどうしようもないボーイフレンドが、第三者としてお母さんの気持ちを理解できたり。そういう距離感を丁寧に描いていて面白い作品です。

――今回は最新作『ウィ・アー・ザ・ベスト!』(13年)がようやく日本初上映されるルーカス・ムーディソン監督ですが、彼の『リリア -4ever-』を上映した時の反応はどうだったのでしょうか。

TNLF:第一回にしては、かなり人が入ったと思います。すでに観ていた人たちからも、「やるんだね!」という驚きと喜びの反応をたくさん頂きました。あの映画を特別なものとしている人が、それだけいらっしゃるということですよね。たくさんの人がTwitterなどで『リリア -4ever-』について触れてくださったのも大きかったと思います。

――『リリア -4ever-』は、旧ソ連の貧困国からスウェーデンに連れ去られた少女が、売春を強要されて死を選択するという救いのない話で、それをシリアスなドキュメンタリーではなくティーンの物語として描いたところに、ムーディソン監督の反骨精神を感じます。スティーグ・ラーソンのベストセラー小説『ミレニアム』三部作(そのうち『ドラゴン・タトゥーの女』はデヴィッド・フィンチャーがハリウッド映画化)も、スウェーデンの女性が性的搾取されていることを告発した物語ですが、やはりそういうことが社会的な問題として大きくなっているのでしょうか。

『ウィ・アー・ザ・ベスト!』

TNLF:以前、森百合子さん(「北欧BOOK」代表)が、「北欧に暗い映画が多いのは、自分たちの問題から目を背けていないからではないか」とお話されていました。おそらく、どの国にも同じような問題はあって、それに対しての問題意識が作品に表れているのだ、と。それは「なるほどな」って思いましたね。

――そういう、カルチャーギャップを体験できるのも映画の醍醐味ですね。

TNLF:そういう意味では、『Maiko ふたたびの白鳥』を見ると、今のノルウェーの生活がよくわかります。西野麻衣子さんを支えるため、旦那さんが育児休暇を取るんですけど、ノルウェーではこの制度がかなり馴染んできているなっていうのがわかりますね。導入時は試行錯誤があったようですが、今は男性が育休を進んで取りたがっているそうですよ(笑)。(関連記事:Maikoさんインタビューはこちら

――とりあえず導入してみて、様子を見ながらちょうどいい着地点を見つけていく。日本も見習いたいところですよね。

『Maiko ふたたびの白鳥』


TNLF:制度だけでなく、意識としてももっと個人主義が広まるといいなと思います。麻衣子さんは、次のプリンシパルとしてのスケジュールがびっしり入っている中で、妊娠するんですね。そんなこと、日本でやったら大変じゃないですか。それで「復帰する」なんて言ったら、大バッシングですよね。

――まさに、日本でそういう目に遭ったフィギュア選手がいました。

TNLF:そこで、家族はもちろんバレエ団も受け入れるっていうのは、衝撃的ですね。というか、それが当たり前なのに、「衝撃的だ」と思ってしまうのが、日本人の意識なのだなと自問自答しました(笑)。

もちろん、「北欧は高福祉だから素晴らしくて、日本はそうじゃないからダメだ」なんていうつもりはないのですが、いろんな選択肢があって、取り入れるべきところは取り入れていけば、もっと住みやすくなるんじゃないかなと思います。

――そういったことを、色々考えさせられる映画が目白押しということですね(笑)。では、最後に改めてTNLFの魅力をお願いします。

TNLF:映画の上映以外にも、アート展や音楽イベント、カフェでのコラボメニューと、北欧文化を味わう1週間になっています。多くの方に楽しんでいただけたら嬉しいです。

トーキョーノーザンライツフェスティバル 2016公式サイトはこちら
(黒田隆憲)