大阪二児虐待死事件では、置き去り現場の凄惨な様子が報道され、大きなニュースとなった。『ルポ虐待』で事件を取材した杉山春さんは、母親の芽衣さん(作品中の仮名)が子どもを放置したまま家に帰らなかったのは、幼い頃に放置されて育った自分と娘を重ね、向き合いたくなかったからだという心理鑑定を支持している。

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母親は解離性障害の疑い

――しかし裁判では、ネグレクト(育児放棄)体験が虐待の連鎖を生んだという弁護側の主張は受け入れられず、「虐待体験の影響から脱却する契機が相当程度与えられていた」と判断されました。

杉山春さん(以下、杉山):裁判は、精神科医の精神鑑定か心理鑑定かのどちらかを選ぶしかないような形でした。芽衣さんには「解離性障害」の疑いがあり、自分の嫌な時期、辛かった時期の記憶に蓋をして忘れてしまっている。だから語れない。裁判ではその主張は認められませんでした。

「解離性障害」は虐待など強いストレスを幼児期などに受けることによって発症する。「自分が自分である」という感覚が薄く、現実感を持てない状態で、ある時期の記憶がないこともある。芽衣さんは虐待を受けていた可能性があるほか、中学時代に集団レイプを受けた経験があるが、このときの記憶もほぼなくしかけていたという。さらに、高校時代に入った少年院で、すでに解離性障害の疑いを指摘されている。しかし、それを聞いた父親は、「そんなことがあるのか。(性格が入れ替わったり、記憶がなくなるなんて)娘の言い訳だろう」と思ったという。

杉山:SNSにああいった投稿をしていたのも、彼女が心底楽しんでやっていたのか。そうではないと思うのですが、そこを証明できなかったんです。納得させられなかった、裁判員を。解離性障害の人はどのように記憶の仕方をしているのかとか、虐待の連鎖はどのように起こるかという専門的な知識があれば、比較的彼女の身に何が起こっていたのかを追っていけるのかもしれないけれど、知識がなければ、共感の余地のない残酷な母親だと思ってしまう。

虐待の連鎖を止めるには

――虐待事件が起こるたびに多くの人が心を痛めていると思いますが、なくなりません。

杉山:『ネグレクト』を書いたときに、都内にある虐待防止センターの方に本を読んでもらい、何度かお話を伺いました。その際に、「お母さんが子どもを育てなくてもいいということになったら、虐待はすぐになくなるんだけどね」と言われたんです。その言葉がずっと心に残っています。命をかけて子どもを育てるのが母親の愛だと言われるけれど、そうでしょうか。満州から引き上げた女性に取材をしたことがありますが、子どもが死んでしまったお母さんたちは先に村を逃げていくのに、その人は子どもがいるために逃げられず、ひと冬を現地の中国人の妻となって過ごしました。そのときに「この子が死んでくれればいいのに」と思ったといいます。震災後に取材した避難所では、被災地から逃げてきた女性が子どもを虐待するということがあったのですが、適切なサポートを受けることによって女性の精神状態が改善し、虐待しなくなった。

――お母さん自身が追い詰められている状態で、「それでも子どもを第一にして頑張れ」というのは酷だと。

杉山:結果的に子どもが傷つきます。この本を書きながら、芽衣さんが「これ以上お母さんを続けられない」と言える社会であれば、この子どもたちは死ななかっただろうと思いました。子育てが上手な人も、そうでない人も、子育ての際にものすごくいろんなことを感じてしまう人もいる。同じ環境であっても育てられる人とそうでない人がいる。人って多様なわけで、そのなかの面倒くさくない、一般的な、誰でも理解できるような部分だけを捉えて「当たり前」「常識」とするのでは……。子どもは母親だけのものではないし、子どもは力の無いお母さんの元に生まれたら、絶対にそこで育たなければいけないっていうわけでもない。

助けを必要とする人を支えていく

離婚の際に、芽衣さんは「子どもは責任をもって育てます」「家族には甘えません」「しっかり働きます」「逃げません」「うそはつきません」などの項目が並ぶ「誓約書」を書かされている。これは父親が保管していた。杉山さんはこれを「家族に頼る退路を断つような内容」と書いている。

杉山:芽衣さんは、自分をものすごく責めている人、自分を切り刻むほど責めている人だと思います。自分は誰かに助けてもらえる価値があった、自分の子どもは守ってもらう権利があったということを知らないからです。そういう認識の方法を教わっていない。だから自分を責め続けてしまうと思います。自分を責め続けるというのは、ものすごく危険なことなのに。

――事件を扱った報道のなかで、疑問を感じたものがあれば教えてください。

杉山:風俗嬢だったという映像が何度も流れるなど、全体的に扇情的で、「面白さ」を追求した報道が多かったと思います。また、事件直後は報道が過熱していたのに比べ、裁判を報じた報道が少なかったのも気になりました。事件が起こったときだけ騒ぐのではなく、どうして虐待が起こるのか、どうすれば救えるのかを考えたいです。事件に絶望するのではなく、救おうとすれば救えるということにならないと。『ネグレクト』の事件が起こった2000年頃に比べれば、育児支援は広がっているし、各自治体の対応も良くなっていると思います。でもそこからこぼれ落ちてしまう人はまだいるわけで、アプローチを続けなくてはならないと感じます。

(文=小川たまか/プレスラボ)

●杉山春(すぎやま・はる)
1958年生まれ。雑誌記者を経て、フリーのルポライター。著書に、小学館ノンフィクション賞を受賞した『ネグレクト―育児放棄 真奈ちゃんはなぜ死んだか』(小学館)のほか、『移民環流―南米から帰ってくる日系人たち』『満州女塾』(新潮社)など。

画像:Original Update byStephan Hochhaus