55歳でNHKを退職したフリーアナウンサーの武田真一さん。幸せなNHK人生を送る中で、突如として「旅の終わりが見えてきたな」と感じる出来事がありました。(全3回中の1回)

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NHKを辞めようと思ってる

GRAND CYCLE TOKYO2023という自転車のリレーレースに出場した時

── 33年勤めたNHKを離れ、昨年フリーに転身されました。定年までのカウントダウンが始まった55歳での新たなチャレンジ。どういう思いがあったのでしょうか?

武田さん:ありがたいことに、番組やスタッフの皆さんに恵まれ、本当に幸せなNHK人生をおくってきました。当時は、それが永遠に続くと思っていたんです。ですから、40代のころはやめるなんて考えたこともありませんでしたし、50代に突入しても「その後の人生」を具体的に描いたことがなかった。それまで番組のなかで「人生100年時代をどう生きるか」といったテーマで転職が当たり前の時代になってきたとか、生き方が変わりつつあるなどと、幾度となくお伝えしてきたのに。今思えば、どこか他人事だったのでしょうね。

2017年から担当していた『クローズアップ現代+』は、僕にとって思い入れのある番組でしたから、できればずっと続けたいと思っていました。でも、会社員ですから自分の都合で決められるわけではありません。組織を活性化していくためには、人事の新陳代謝も必要です。次のミッションを与えられ、大阪放送局に赴任したのが2021年、53歳のときでした。それ自体が不満だったわけではないのですが、大好きだった番組を離れることに、正直少しがっかりしたのも事実です。そして、初めてはたと気づきました。幸せなNHK人生にも、いつか終わりがくるんだな。そしたら急に不安になって、すごく寂しい気持ちになった。「旅の終わりが見えてきたな」という感じでしたね。

ふと先を見ると、定年まであと数年。そこから先の人生をどう生きるのか。本来なら、もっと早い段階で考えておかなくてはいけなかったんだなと、とても後悔しました。

── いくつもの選択肢があったと思いますが、新しい環境に身を置くことを選ばれました。何が背中を押したのでしょう?

武田さん:そのまま会社に残ってNHK全体の組織運営に関わっていく道もあったと思います。後輩のお手伝いや指導に携わって、これまでお世話になったNHKにもっと貢献したほうがいいのではないかとも考えました。ですが、いちばん大きかったのは、やっぱり新しい世界を見てみたいという気持ちだったんです。

会社に残るのか、新しい道に飛び出すのか


── NHK退職を決めたとき、奥さんの反応はいかがでしたか?

武田さん:特に驚いた様子もなく、「いいと思うよ。やりたいようにやってみたら?」と言ってくれました。反対したり「本当に大丈夫なの?」といった不安の言葉もまったくなかったのは、ありがたかったですね。それまで自分の進退について相談してきたわけでないのですが、高校時代からの長いつき合いですから、僕が迷っていることになんとなく気づいて、心の準備ができていたのかもしれません。辞める前の2年間は、大阪に単身赴任で離ればなれだったので、ぼくがフリーランスになることで「また一緒に暮らせる」という安心感も大きかったようです。2人の子どもは、すでに大学生と社会人。彼らもそれほど驚かず、僕の決断を「お父さんらしい」とおもしろがっている様子でした。

会社に残るか、新しい世界に飛び出すか。わかれ道に立った時点では、その先にどんな道が続いているのか、どちらが正解なのかはわかりません。仮に、どちらか一方の道が素晴らしく見えたとしても、それは幻想にすぎない。先のことを不安に思って足踏みをするよりも、自分が選んだ道をまっすぐ懸命に突き進むことで、「これが正しい選択だった」と、後から思えるように努力していくことが大事だと思うんです。それは、妻も同じ考え方でした。ですから、こころよく背中を押してくれたのでしょう。

── 選んだ道を正解にするかどうかは、自分自身にかかっていると。

武田さん:そう信じています。それならば、なんとなく未来が想定できる道よりも、予測できない道を選ぶ方が、刺激があっておもしろいのではないかと思って。もちろん、その分、労力が増えるので、大変さはありますけれど(笑)、見るものすべてが新鮮で、毎日とても充実しています。

PROFILE 武田真一さん

たけた・しんいち。1967年、熊本県生まれ。筑波大学卒業後、1990年にNHK入局。『ニュース7』『クローズアップ現代+』や『紅白歌合戦』の総合司会などを担当し、2023年2月に退局。フリーに転身後は、情報番組『DayDay.』(日本テレビ)のMCとして出演中。

取材・文/西尾英子 写真提供/武田真一