全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも九州・山口はトップクラスのロースターやバリスタが存在し、コーヒーカルチャーの進化が顕著だ。そんな九州・山口で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

【写真】上江津湖ほとりにある店舗は焙煎所を兼ねている

豆売りがメイン。豆購入でドリップコーヒーが500円引きに


九州編の第101回は熊本県熊本市にある「Coffeedot」。熊本市中央区下通、東区神水本町に計2店舗を展開し、公式Instagramのフォロワー数は6200人超(2024年9月4日時点)、黒で統一された世界観がクールで、かっこいい。今回足を運んだのはロースタリーも兼ねた神水本町の店舗。

暮らしにまつわるショップやカフェが入るYARD。この建物内に「Coffeedot」がある


上江津湖のほとりという緑豊かなロケーションで、「Coffeedot」が入るのはYARDというライフスタイルショップの中。施設の細い通路を抜けた先に目指す店があるのだが、ふと木々の緑越しに美しい上江津湖が見え、こんな素敵な場所でおいしいコーヒーが飲めるのは、地下水や自然に恵まれた熊本市ならではだと感じる。Instagramの情報を頼りに店を訪れただけに、もっとエッジの効いたスタイルをイメージしていたが、実際はちょっと違うようだ。どんなコーヒーショップなのか覗いてみよう。

ロースター兼バリスタの勝本宏達さん


Profile|勝本宏達(かつもと・ひろと)さん

熊本市出身。高校生のころからコーヒーを飲むようになり、時間をみつけては熊本市内のさまざまなコーヒーショップ、カフェに足を運ぶ。自身も18歳からバリスタとして働き始め、23歳で「Coffeedot」に入店。同店で焙煎にも携わるようになり、さらにコーヒーの世界のおもしろさ、魅力にハマる。現在、ロースター兼バリスタとして店に立つ。

■伝えたい、広めたい

【写真】上江津湖ほとりにある店舗は焙煎所を兼ねている


「Coffeedot」の1号店は下通の店舗で、2016年に開業したin・to coffee standの姉妹店として2017年にオープン。自家焙煎のスペシャルティコーヒーに特化したロースタリー兼コーヒースタンドというスタイルを選んだ。

多方面にアンテナを張り、新たな情報に触れるようにしている


ロースター兼バリスタとして店に立つ勝本宏達さんは高校生のころにコーヒーを好んで飲むようになり、18歳からアルバイトとしてカフェで勤務。ライフワークとして熊本市内のカフェやコーヒーショップに足を運び、いろいろな店のコーヒーを飲んできた。そんな時、「Coffeedot」がスタッフを募集しており、勝本さんは同店で働くことを選んだ。

ドリップコーヒーには必ず豆のプロフィールが書かれたカードを付ける


「ずっとバリスタとして働いてきて、自然と焙煎にも興味を持ち始めていた時期。『Coffeedot』なら焙煎にも携われると聞いて、ここで働くことが自分の成長にも繋がると考えました。焙煎は未経験でしたが、やってみると思った通り楽しくて。比較的自由に焙煎させてもらえる環境だったので、インターネットや書籍を通じて知識を蓄え、自分なりのやり方で生豆と向き合ってきました。僕がここで働き始めた当時はシングルオリジンは5種ぐらいしかなかったですが、扱ったことがない産地のものや希少品種、新しい生産処理の生豆を焙煎してみたくて、徐々に豆のラインナップが増えていきましたね」

ブレンドはなく、すべてシングルオリジン。豆は150グラムから販売


勝本さんのその言葉通り、現在「Coffeedot」に並ぶシングルオリジンの種類は常時15種ほど。コモディティコーヒーも扱ういわゆる昔ながらの自家焙煎店ならもっと種類豊富なところもあるが、スペシャルティコーヒーに特化したロースタリーで、シングルオリジンだけで常時15種の豆が並ぶというのは多い方だ。

シーズンによって産地や品種は変わるが、ウォッシュドやナチュラルといった比較的デイリーで飲むのに適した生産処理の豆が7種ぐらい、残り半分はアナエロビックファーメンテーション、カーボニックマセレーションなど、ここ数年で増えてきた新しい生産処理を施したものや競技会で使われるようなトップオブトップのコーヒーが占めるといった商品バランス。これらのコーヒーはフレーバーが個性的だったり、フルーツのような酸味、甘味が引き立っていたり、初めて飲むと驚かされるものが多い。そういった商品展開にしている根底には、勝本さんが大切にする“体験の共有”という考え方も含まれてくる。

ヌークレアス パラゴンというドリップスタンドを採用。落ちた液体が金色のアイスロックに当たり温度が下がることで、よりコーヒーの香りは強く


「僕が学生だった頃、パナマのゲイシャを飲んでみたいと思っても手に入らなかった。当時と今を比べて違うのは、今まで飲んだことがないようなコーヒーに出会う機会が格段に増えたこと。それらを積極的に扱って幅広い選択肢を提供することで、お客様自身の好みを探求できるようにしたい。地方でも多様なコーヒーにアクセスできるのが僕が考える理想」

コーヒーの好み・好みじゃないの判断は“体験”、すなわち飲むことでしかできない。当然、希少な品種や生産処理でひと手間かけた豆は価格も上がるが、その値段を出しても飲んでみたいと思う人が少数でもいる限り、「Coffeedot」は選択肢として提案していく。豆のラインナップを見て、そんな強い意思を感じた。

■尖り過ぎず、主張し過ぎず

水がおいしい熊本とコーヒーの相性はよい


そんな風にコーヒーの多様性を発信している「Coffeedot」だが、エッジや個性が極端に立ちすぎないよう、さらにコーヒーらしいボディ感を表現した豆が比較的多い。勝本さんは「産地や品種、生産処理によってコーヒーの味わいは変わることを伝えたいという思いはありますが、それだけを突き詰めると、苦手意識を植え付けてしまう可能性もあると考えていて。やっぱり余韻の甘さや程よいボディ感といった“コーヒーらしさ”もどこかに残すような焙煎を心がけています」と話す。

豆の種類が多いため、ほぼ毎日焙煎を行っている


同店の焙煎機はフジローヤルの3キロ釜だが、昨今では珍しい直火式だという。スペシャルティコーヒーの焙煎には半熱風式や完全熱風式が適しているというのが一般論。直火式は直接生豆に火が当たるため火力の調整がシビアなはずだ。

「おっしゃるとおりで、ひとときも目を離せませんし、火力の調整がとても難しい焙煎機ではあります。浅い焙煎でいわゆる華やかさや透明感といった部分を昇華させるのは直火式は苦手かもしれませんが、大切にしている“コーヒーらしさ”を表現するのには適しているのかもしれません。大胆な火力調整が可能で、複雑な風味に仕上げることも得意な焙煎機。まだまだ、直火式焙煎機の可能性を探っていきたい」と勝本さんは話す。

その研究熱心な姿勢は、世界一のシングルオリジンコーヒーを発掘するというテーマを掲げるロースティングコンペティション、COFFEE COLLECTION WORLD DISCOVER 2023のNatural(生産処理)部門で全国1位に輝いた実績から見えるというものだ。

2階のイートインスペース。窓の外に上江津湖畔の木々の緑が広がる


1号店である下通の店は仕事の合間や買い物途中などにサクッと利用するのに適したスタンド的な店舗。一方、今回訪れた上江津湖ほとりの2号店は、2階のイートインスペースほか、YARD内のテラス席、公園のベンチなどでゆっくりコーヒーが楽しめる環境。

1階はテーマカラーの黒で統一


ドリップコーヒー(500円〜)はその日ある豆から好みで選べる。品書きにたくさん並ぶ産地や品種、生産処理。“はじめまして”なコーヒーばかりかもしれないが、まずはスタッフとの会話を通して、直感で気になるシングルオリジンを選んでみてほしい。

■勝本さんレコメンドのコーヒーショップは「ROTARY COFFEE」

「熊本市街中心部からはやや外れた場所にある『ROTARY COFFEE』。店主の東さんをはじめスタッフさんたちがいい意味でフランクで、とってもアットホーム。コーヒーはもちろん、手作りのスイーツもおいしいんです」(勝本さん)

【Coffeedotのコーヒーデータ】

●焙煎機/フジローヤル3キロ直火式

●抽出/ハンドドリップ(ORIGAMI)

●焙煎度合い/浅煎り〜深煎り

●テイクアウト/あり

●豆の販売/150グラム1300円〜

取材・文=諫山力(knot)

撮影=坂元俊満(To.Do:Photo)