「ごめん」「一週間不安だったよね。ごめん 気づかないで。ひとりで一週間も。不安な思いさせてごめん ごめん」とひたすら謝る夏。こみあげてくる水季。彼女は、夏に迷惑をかけたくないと思っている。

「書いて」と促す水季に、「ほかの選択肢はないの?」と夏はちゃんと彼女の気持ちを慮り、中絶以外の選択肢はないのか問いかけるのだが、「私が決めていいでしょう」と押し切られ、泣きながらサインをしてしまう。

このシーンの目黒蓮と古川琴音の不器用すぎるやりとりは涙なくしては見られない。ふたりとも型にはまらない、心の揺れを演じている。

若すぎて青すぎるふたりの意地っぱりと勘違いの思いやりが折り重なって、取り返しのつかない瞬間が出来上がる。

何よりも胸に迫る思い出とは、ほんの数秒のズレによる取り返しのつかない一瞬なのだ。

◆胸の痛みは満潮となった

水季はそのまま大学を辞め、夏から離れる。

「夏くんより好きな人ができちゃった」それは水季のせいいっぱいの嘘で、でも本当でもあって。

そして夏は勘違いしてしまう。ここで夏が、夏より好きな人とは水季に宿った子供であることに気づけばよかったのに、というのも酷な話か。

水季が選んだ相手に「散々ふりまわされてどうせ最後は捨てられる」と、夏は悔し紛れに予言するが、それは当たってしまった。水季は海を捨てたわけじゃないけれど、娘を母のない子にしてしまうのだから。

それから8年、いま、夏の家には海がいる。海の持っていた水季のスマホには、海が撮ったムービーが保存されていた。

そこで水季は寒いのが苦手と言いゴロゴロして、「夏が好きだから」「夏が一番好きなの」「夏はママがもらいました」「(冬眠とは)夏がお迎えくるまでひっそりしていること」と「夏」を連発する。

これはsummer ではなく自分のことだと感じたかのように夏は涙する。でも、水季が一番好きなのは、海。

海にもう1回見せてと言われてスマホのムービーを再生すると「海好きー」「海大好きー」と絶叫する水季。ここでようやく、あのとき水季が、夏より好きな人ができたと言った真実に気づいても、あとの祭り。

8年も前に取り返しのつかないことをしていたと、後悔の海に溺れそうな夏の心情に、主題歌back number 『新しい恋人達に』がかぶさって、胸の痛みは満潮となった。

◆死者をも加えた家族の物語なのではないだろうか

「ママ終わったの?」「ママ終わっちゃったの?」

死の概念がわからない海に、「死んでも、終わってはないない」と夏は答える。

すかさず海は「夏君、海のパパでしょう? 夏君のパパ いつはじまるの?」と尋ねた。

冒頭、水季が「海(sea)がどこから始まってるか知りたいの?」「終わりはないね ずーっと海で」と海(娘)に語っていた。

境界のわからない海のはじまりと終わりと死のはじまりと終わりはどこか似ている。死とはどこからが死なのか。ほら、よく、人は忘れられたときが本当の死だというではないか。

水季の肉体は死んでも、夏に海を託し、心は死なず、思い出も死なず、永遠に生きる。

『海のはじまり』とは、死者をも加えた家族の物語なのではないだろうか。

◆『silent』は冬のブルー、今回は夏(summer)のブルー

夏なのに、どこかひんやりしたブルーの色味は、海や死を思わせる。窓ガラスの透明感をはじめとして、なにげない電車の手すりまで薄いブルーに見える。

これは生方美久脚本、風間太樹監督、村瀬健プロデュース、目黒蓮主演で社会的ブームを巻き起こした恋愛ドラマ『silent』のときも愛された風間ブルーである。『silent』は冬のブルーだったが、今回は夏(summer)のブルーだ。

主人公・夏のこれからが気になるのは無論だが、この非常事態を見て最も気になったのは、現在の夏の恋人・弥生のことだった。彼女が元カノとの子供がいることを知ったら当然動揺するだろう。

第1話のほとんどが、夏と水季との回想で、それがあまりにキラキラしていて、ちょっと弥生の立場がないだろう。そのうえ、夏が別れて8年もの間、スマホに水季のムービーや写真を残してあった事実がキツイ。

いま、水季が生きて現れるよりも、美しい思い出は最強なのである。

<文/木俣冬>

【木俣冬】
フリーライター。ドラマ、映画、演劇などエンタメ作品に関するルポルタージュ、インタビュー、レビューなどを執筆。ノベライズも手がける。『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』など著書多数、蜷川幸雄『身体的物語論』の企画構成など。Twitter:@kamitonami