東京…特に港区は、ウソにあふれた街。

そんな港区を走る、すこし変わったタクシーがある。

ハンドルを握るのは、まさかの元・港区女子。美しい顔とスタイル。艶のある髪。なめらかな肌…。

乗客は皆、その美貌に驚き、運転席の彼女に声をかける。

けれど、彼女と話すには、ひとつルールがあった。

「せめて乗車中はウソ禁止です」

乗客たちは、隠れた本音に気づかされていく――。

▶前回:「ダメとわかっていても体が勝手に…」男に深夜に呼び出され、喜んで会いに行く女の末路




西麻布〜不動前 智花と大貴を乗せて


舞香が運転するタクシーは、西麻布で、ある若い男女を乗せた。

指定された行き先は、不動前。ハンドルを右にきって外苑西通りに入ると、女性がぼそりと話し始めた。

舞香はその会話に、つい耳を傾ける――。

「私、ウソをつけないタイプなんで言いますね」

「どうしたの?急に」

「大貴さんって、私のこと狙ってるんですか?」

「俺が、智花ちゃんを?狙ってない狙ってない」

「でも、このまま私の家にあがろうとしてませんか?」

「そんなこと思ってない」

「じゃあ、どうして大貴さんの家のほうが近いのに、わざわざ遠回りして私の家まで送るんですか?」

「レディファーストだよ」

「言っときますけど、私、彼氏いるんで」

「うん。俺も、彼女いるよ」

「えっ?いるんですか?」

「いるよ」

「彼女がいるのに、私のこと狙ってるんですか?」

「だから狙ってないって」

「大貴さんは、彼女以外の女性と密室で二人きりになってマズいとは思わないんですか?」

「ここタクシーだよ?密室じゃないよ」

「タクシーは、もう密室みたいなもんです」


「タクシーが密室だって?智花ちゃん、それは言いすぎ」

「私は、彼氏でもない男性と相乗りタクシーするのは、ほぼ浮気だと思ってます」

「考えすぎ。真面目すぎ」

「よく言われます。でもそれぐらいガードを固くしないと、男性は隙あらば狙ってくるので」

「いやいや。俺たち、お互いの会社の同僚が幹事となった飲み会で知り合った“初めまして”の男女だよね?」

「ええ」

「他の男がどうか知らないけど、少なくとも俺は、出会ったその日のうちに女性を口説いたりはしないよ」

「じゃあ、何回目のデートで口説くんですか?」

「そりゃ相手と状況によるけど、出会ったその日は、とにかく、ない」




「ちょっと待ってください。彼女がいても、他の女の人を口説くってことですか?」

「いや、彼女がいる場合は、口説かないよ」

「でも今の言い方だと、“相手と状況によれば”2回目のデートから口説いたりするってかんじでした」

「それは、仮に誰とも付き合ってないときだったらの話だよ。なんか、智花ちゃんって変わってるって言われない?」

「…」

「待って。どうしたの?なんで急に泣きそうになってるの」

「だって、だって」

「俺、なんか地雷踏んだ?」

「ごめんなさい。私、お酒に酔ったらいつもこうなっちゃうんです。今の彼にも『智花は普通じゃない』って、しょっちゅう言われて」

「そうなんだ。なんか、ごめん」

「いいんです。私、変わってるんで」

「もしかして彼氏との関係、悩んでたりするの?」

「…実は、はい」

「もし良かったら、俺、聞くよ」

「…」

「あ、だからって『智花ちゃんの家にあがりたい』とか『二人きりで2軒目に行こう』とか、そういう誘いじゃないからね。『このタクシーに乗ってる間は相談に乗るよ』って意味だから」

「じゃ、悩み相談してもいいですか?」

「もちろん。どうぞ」

「私と彼は同い年で、27歳のときから付き合って、もう5年になるんです」

「あ、智花ちゃんって32歳なんだ。俺も同い年」

「で、付き合って1年記念日のときに、お互い30歳になったら結婚しようって約束したんです」




「うん」

「でも30歳になってもプロポーズされなくて、もう今、私たち32歳になりました」

「そっか。なんでプロポーズしてくれないか、聞いた?」

「聞きました。そしたら『今は仕事が忙しいから、落ち着くまでもう少し待ってほしい』って。そう言われて、2年が経ちました」

「それはマズいね」

「マズいですよね?」

「いつまでも待たされるパターンだよね」

「…やっぱり、そうなんだ」

「初対面だから、あえてストレートに聞いてみるけど…もしかして彼氏って、デートでもよく遅刻する?」

「ほとんど毎回遅刻します。でもちゃんと謝ってくれます」

「謝るけど、遅刻癖は直らない?」

「はい」

「それは、もう言葉を選ばずに言うと、智花ちゃんのこと舐めてるよね」

「…」

「こいつはデートのとき何時間も待たせても平気な女だ。結婚だって何年も待たせても平気な女だって舐めてると思うよ、その彼氏」

「…」

「ごめん。また泣かせちゃった」

「いいんです。大貴さんの言うとおりだと思うので。私もそうだってわかってるんです」

「わかってるのに、別れたくないの?」

「27歳からの5年ですから」

「そうだね、27歳からの5年だもんな」

「27歳から5年も付き合ってたら『別れる』って選択肢がないんです。あるのは『結婚する』か『結婚せずに付き合い続けるか』という2択です」

「で、智花ちゃんは前者を選びたいけど」

「はい。でも彼は後者を選んで、そのままズルズル」

「まいったね」

「…はい」

「いまさら言うのもなんだけど、実は、俺さっき『彼女いる』って言ったけど、あれウソでさ」

「えっ?」


「彼女がいるってウソをついたのは、智花ちゃんのことを狙ってないって伝えたかったから。智花ちゃんに話を合わせただけ」

「そうなんですか」

「ごめん、急に身構えないで。本当に狙ったりしてないから」

「わかりました。それで?」

「で、最後の彼女とは1年前に別れてさ」

「どれぐらい付き合った彼女なんですか?」

「26歳から5年付き合ってた」

「ウチと同じぐらいですね…」

「そうなんだよ」

「結婚の話は出なかったんですか?」

「もちろん出たよ。ていうか俺は彼女と結婚したかった。でも彼女が嫌がったんだよ」

「理由は?」

「『今は仕事が楽しくて忙しいから』って」




「そこもウチと同じだ…」

「男女が逆転してるだけで、同じだね」

「彼女から『今は結婚したくない』って言われたから、別れたんですか?」

「うん」

「好きじゃなかったんですか?」

「好きだったよ。愛してた。でも未来が見えなくて、別れるしかないって思った」

「私にはそんな勇気ないな」

「でさ、別れたあともインスタをフォローしてたの。特にブロックする必要性も感じなくて。でもそしたらさ、彼女がつい最近ストーリーをあげててさ。『親友から結婚祝いしてもらいました〜』だって」

「えっ?」

「仕事が楽しくて今は結婚できないって言ってた1年後には、もう別の男と結婚してんの。驚いたよ」

「大貴さん、もしかして二股されてたんですか?」

「女々しいけど、俺もそこ気になっちゃって共通の友達に確認したの。そしたら違った。出会って半年の男とスピード婚」

「ああ、そうでしたか。ホッとしたような、ガックリしたような…」

「まさにそう。複雑な気持ち」

「お察しします」

「ありがとう。でも『これで良かったんだ』って思うようにしてる」

「どうしてですか?」

「あのとき、元カノのことが好きだからって、結婚しないままズルズル付き合っていたら、元カノは今の旦那さんと付き合うことはなかったわけじゃん。そう考えたら別れて正解だって思ってる」

「大貴さん、いい人すぎ…」

「いや、この話、俺の点数をあげるために伝えたわけじゃないからね。智花ちゃんへのアドバイスで話したから」

「私へのアドバイス?」

「アドバイスというより、ほとんど忠告。タイミングの合わない人とズルズル付き合っていると、運命の相手と出会えなくなる」

「返す言葉もありません」

「運命の相手ってタイミングがバチッと合う人だと思うんだよ、俺」

「そうかもしれないですね」

「だから、お節介だとは思うけど、智花ちゃんと彼氏はタイミングがズレている気がするから」

「運命の相手じゃないってこと?」




「大貴さん、そういうこと…ですよね?」

「…あとは自分で考えてみて」

そう言い切ると、大貴は突然「ここで車を停めてください」と舞香に伝えてきた。

「やっぱり俺、先に車を降りるわ。これタクシー代」

大貴は1万円札を智花に押し付ける。

「じゃ、智花ちゃん、この先は一人で帰ってね」

「え?わかりました。ありがとうござい――」

智花の言葉を最後まで聞かずに大貴は降車していった。

かむろ坂下の交差点。夜も深まった1時。

舞香はバックミラー越しに智花を見る。

智花はタクシーから離れていく大貴をいつまでも目で追っていた。

― どうしたものか。

舞香は思った。

大貴が当初の予定を変え、突然にタクシーを停めて自分だけ降りたのには、おそらく理由がある。

そして舞香には、おおよそ見当がついている。

数分前、大貴が会話を急に中断し「あとは自分で考えてみて」と言う直前。大貴がミラー越しに目が合った――。

その瞬間、大貴は思い出したのだろう。昨日も同じ運転手のタクシーに乗ったと。

昨日、舞香は六本木ヒルズで大貴をタクシーに乗せた。そのとき大貴は、妻と幼い子どもと3人だった。

「あの、運転手さん」

タクシーがふたたび走り出すと、智花が尋ねてきた。

「今の会話、聞いていました?私、あの男の人と話が盛り上がったんですけど…実際、どう思います?あの人、ウソっぽくなかったですか?」

思わず舞香は吹き出した。

「えっ?」

智花は驚きの声を上げる。

「失礼しました」

舞香は平静を取り戻し、タクシーを走らせる。

頼んでもいないのに智花は語り続ける。

「私、あの男の人が本当に自分を狙ってるって思ったから、彼氏がいるって適当に話を作ったんです。…運転手さん気づいてました?」

ふたたび舞香は笑ってしまった。

東京には、とりわけ港区から発つタクシーには、ウソが溢れている。

▶前回:「ダメとわかっていても体が勝手に…」男に深夜に呼び出され、喜んで会いに行く女の末路

▶1話目はこちら:港区女子を辞め、運転手に転職した美女。きっかけは?

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男に「カノジョ浮気してるよ」とアドバイスする女友達の正体