スウェーデン出身の庭師で、NHK連続テレビ小説(朝ドラ)「カムカムエヴリバディ」に出演するなど俳優としても活躍中の村雨辰剛(むらさめ・たつまさ)さんによる著書『村雨辰剛と申します。』(新潮社)が6月1日に発売されました。

前作『僕は庭師になった』(クラーケン)から約3年ぶりとなる2作目の著書で、留学できる日本の高校をスウェーデンから電話して探した16歳の日々から、日本に帰化した現在の暮らしぶりまでを描いた本格自伝。村雨さんのこれまでのさまざまな“冒険”が記されています。

庭師、俳優、タレント、YouTuberなど、数々の肩書を持ち、持ち前の好奇心と行動力で挑戦を続ける村雨さんにお話を伺いました。前後編。

庭師と俳優の共通点…朝ドラに出演して気付いたこと

--前回出版された自伝的エッセイから約3年ぶりの著書です。発売された今はどのような心境ですか?

村雨辰剛さん(以下、村雨):前作を振り返ってみて「これはもっと深掘りしたかったな」と思うことがいっぱいあったんです。だからもう一度チャンスをいただいて前回書けなかったエピソードを出せたことがとてもうれしいですね。本を出すことは、スウェーデンの家族に「こういった活動をしています」という報告でもあるんです。「こんなことをやっているんだ」と形に残せるのは、うれしいです。

やっぱり時間がたち、大人になると、当時の自分を振り返る視線も変わるんです。ちょっと年を取った見方と、前作を出した当時の見方では少し違うと思うので、前の本を読んでいただいた方にとっても面白さがあるかなと思います。

--村雨さんは庭師になったり帰化したりいろいろな経験をされて、著書では「冒険」と表現されていました。まさにそのとおりで、特に10代の頃は留学できる日本の高校を探して直接学校に電話したり、校長先生に直談判したり、すごい行動力だと思いました。

村雨:振り返ってみると、10代、20代は独特のエネルギーがあったと思うんですよね。30代になって、自分でも10代、20代は冒険のようですごく活発的だったなあと思うので、それを感じてもらえたら。無茶でも、ダーッと突っ走る感じがあったと思うんですけど、じゃあそのエネルギーはどこから来たのか……それを見るのは面白いかなと。今はちょっと落ち着いてきていて、たぶんできないから(笑)。

--著書では朝ドラへの出演についても触れています。上白石萌音さんが演じるヒロイン・安子と親密になる米軍将校のロバート・ローズウッド役を演じて話題を集めましたが、どのような反響がありましたか?

村雨:街を歩いていて存在を認識されるようになったし、庭師の仕事をしていても「ロバートが庭で仕事しているよ」と言われるようになりました(笑)。みなさんからの呼ばれ方が変わるというのは、わかりやすい変化でしたね。

朝ドラへの出演は「真剣に役者の仕事と向き合いたいな」と思える仕事だったんです。「演じるってこんなに楽しいんだ、やりがいのある仕事なんだ」と。すごく達成感があったし、役者という職業に魅力を感じる仕事だったので、これを機にいただける仕事には真剣に向き合いたいし、役者として成長できればいいなと思っています。

--著書では、「庭師の仕事」と「役者の仕事」がある意味ではつながっている……というお話もされていました。

村雨:ロバート役の役作りでは、ロバートに似ている要素を持ったキャラクターが出ている昔の映画を見たり、本を読んだり……当時の人間の考え方や時代背景も踏まえて作り上げるキャラクターなので、いろんな想像力を働かせなければいけなかったんです。そして自分がクリエイトする空間である「庭」も、想像力を働かすという意味では同じ。それに、役も庭も、最終的には見て何かを感じてもらうもの。見る側の気持ちになって「何を感じてもらうかを考えて作る」ということでは一緒だと思います。

置かれた場所から一歩外に出てみる

--庭師というお仕事を軸に、役者、YouTube配信……などさまざまな活動をされています。つい「本業以外は趣味でもいいや」となりがちな中、可能性を一つに限定せず、いろいろなことを全力でやっている村雨さんのスタンスに惹かれる人は多いと思います。可能性を広げるために大事なことは何だと思いますか?

村雨:おっしゃるとおり、本来は全力で仕事をして趣味は別で持つ、という形がたぶん一番持続可能だと思います。僕の場合は、いろいろなことをする原動力になっているのは単なる「ワクワク」で、結構わがままだと思うんですけど(笑)。ただ、自分に制限をかけてしまうのは、環境の問題が大きいのかなと思います。気付かないところで環境に左右されていることもあるので、ちょっと環境を変えてみると可能性が広がるんじゃないでしょうか。

僕の人生で言えば、スウェーデンに住んでいて、日本が好きなので日本語を勉強していました。それを次の段階に持っていくために、日本に引っ越してみたんです。そんなふうに環境を変えることで、可能性も大きく変わると思うんですよ。やってみたいことがあるなら、置かれている環境の枠で考えるんじゃなく、一回そこから踏み出して違う視点から考えてみるのもいいかもしれないですね。

--大きく環境を変えるのは簡単ではないけど、小さいレベルでならすぐに実践できそうですね。

村雨:そうですね、例えば自分がやりたいことがある場所の近くに引っ越してみる、とかね。僕は、日本に来てからも愛知から東京に引っ越したんです。愛知で修行していて、そろそろ環境を変えないと成長が止まるし、行きたい方向に行けないかな、と思ったから。

--確かに、一カ所にずっといるとその枠内での発想にとどまってしまいがちです。

村雨:いろいろポテンシャルはあるのに、環境で自分を制限してしまっていることはあるかもしれないですね。ひとつの場所にあまり縛られないように動いてみるといいのかも。僕は根っこから自由主義なので、動こうと思ったら動けるようにしています。

--それは「フットワークが軽い」とも言えますよね。普段からそうした精神的な自由さ、身軽さのようなものを意識されているんでしょうか?

村雨:あんまり意識していないかも。そういう性格なのかもしれないですね(笑)。でも、たぶんバランスだと思うんです。ある程度ひとつの場所に定着したほうがいいこともあるし、身軽なほうがいいこともあるかもしれないから。僕が5年間、愛知の親方の下で修行して、そろそろ環境を変えないと……と思ったのは、意識的にでもあるし、自分の落ち着かない性格のせいでもあるんです(笑)。

悩んだら「天秤にかけてみる」

--著書では、悩んだときの対処法として「天秤にかける」ことについて書かれていました。庭師の仕事はつらいこともあったけれど、それ以上に「やりがい」を感じたからがんばれたと。天秤にかけるためには自分についてよく知ることが大事だと思いますが、村雨さんが自分自身を知るために意識していることはありますか?

村雨:僕の中でも、もちろんつらいことはいっぱいあります。でも天秤にかけたとき、僕の中で原動力になっている庭はライフワークにしたいもので、やっぱり重いんです。瞬間的に「やめたい」と思っても、1時間たったら「やっぱりやろう」となるし、重いからこそ続けられる。いろいろな仕事をやってきて、庭は「自分のライフワークだ」と思えるほどのものだとわかったんです。だから、たくさんのことをやってみることで自分を知ることができるんじゃないでしょうか。

--「好きだ」と思ったら向き合って、いろいろ挑戦してみたほうがいいですよね。

村雨:そう、向き合ってみる。それと、年を取っていくといろんなものに興味を持つんですよね。僕は年を取って、すげー車好きになりました(笑)。10代の頃は、まったく興味なかったんですよ。

だから「これ面白そうだな」と思ったら、その気持ちを無視せず、思いっきりそこに突っ込んでいくほうが人生面白いと思うんです。それをいろんなところでやることによって、自分を知ることになるのかな、と思います。

(聞き手:河鰭悠太郎、写真:宇高尚弘)