坂本美雨「穏やかさも感じてもらえたら」ぬくもりのあるリアルな新作
【音楽通信】第93回目に登場するのは、音楽一家に生まれ育ち、心が洗われるような美しい歌声をわたしたちに届けてくれる天性のアーティスト、坂本美雨さん!
母のお腹の中にいるときから音楽に触れる
【音楽通信】vol.93
16歳のときに「Ryuichi Sakamoto feat. Sister M」名義で歌手デビュー以降、本名で本格的に歌手活動をスタートさせた、坂本美雨さん。
その後は音楽活動に加え、ラジオパーソナリティ、執筆活動、ナレーション、演劇といった、さまざまなフィールドで活躍。「東京2020パラリンピック」開会式では、「パラ楽団」の一員として登場し、その美声を世界に届けました。
そんな坂本さんが、2021年10月20日にニューアルバム『birds fly』をCDリリースされるということで、音楽的なルーツなどを含めて、いろいろなお話をうかがいました。
ーー2021年8月24日から13日間開催された「東京2020パラリンピック」開会式では、式典のために特別に結成された「パラ楽団」のボーカルとして、坂本さんは澄み渡る美声でパラリンピック旗入場曲「いきる」を歌唱されていました。
パラ開会式は素晴らしい式典になっていましたね。パラリンピックは障害者の方々が主役であって、わたしたちパラ楽団のなかにも障害者の方もいたんですが、その方々の晴れ舞台という想いで参加していました。
ですから最初から、「みなさんのお役に立てば」という気持ちでいたので、プレッシャーを感じることなく全体を楽しむことができましたし、素晴らしいメンバーに加われてとても光栄でした。
今回、開会式に関わっただけでも、考え方が変わりました。今回のスローガンとして、世界中で15%の人たちが何らかの障害を持っているという「We The 15」がありました。これからの時代は、障害者の方々がよりわたしたちの生活に溶け込んでいくはずですし、サポートが必要なときに自然にお手伝いできるように、社会全体でなっていけたらと思っています。
ーーここでおさらいとして、そもそも坂本さんが音楽にふれたきっかけもお聞かせ願いたいのですが、坂本龍一さんと矢野顕子さんがご両親という音楽一家に生まれていらっしゃるので、もう小さいときから音楽が身近な環境だったのでしょうか。
そうですね。無意識のうちに、母のお腹の中にいるときから音楽の中にいて。母は妊娠中も父のYMOツアーのサポートメンバーをしていて、生まれて数か月でまたツアーに出てという環境でした。だから、自分の音楽的嗜好を考えると、お腹の中で聴いていた音の影響が大きいんじゃないのかなあと感じますね。テクノを聴くと、やっぱりなんか懐かしいな、気持ちいいなと思うんです。
ーーご両親の音楽はもちろんですが、他にもプロになる前によく聴いていた音楽はありますか。
父と母だけじゃなく、そのまわりに素晴らしいミュージシャンたちがいたので、自然とそういう方々の音楽が入ってきました。日本人ですと大貫妙子さんやオフコースが、わたしのルーツになっていますね。自分で音楽を聴き始めて選ぶようになってからは、TMネットワーク、X Japanと、いろいろな音楽を聴きました。
9歳からニューヨークに住んでいたので、アメリカでは音楽をむさぼるように聴いていました。(アメリカのロックバンドの)スマッシング・パンプキンズ、マリリン・マンソンとか。それと同時に、テクノの血が騒いで、イギリスのクラブシーンを聴きあさったりと、ゴクゴクと飲むように音楽を聴きました。
ーー1997年、16歳で「Ryuichi Sakamoto feat. Sister M」名義で歌手デビューされ、その後本名で活動をスタートされましたが、自然と音楽の道へと歩まれたのでしょうか。
4歳ぐらいから「音楽家になる」とまわりには言っていて、学校でも将来の夢としてそう書いたりもしていたんですが、恥ずかしかったんです。まわりに本気で音楽に向き合う人たちがいるなかで、適当な気持ちではそんなこと言えないから、大きな声でやりたいとは、言えなかったですね。
音楽家になるには、やりたい気持ちだけではできないことはわかっていましたし、どれだけの才能と努力が必要かは肌で感じて知っていたから。これは、自分は演奏する側ではなくて、ジャケットのデザインを手がけるといったかたちで音楽に携わろうと思って、途中まではデザインの勉強をするつもりでいました。
ーーでも坂本さんの歌声を聴かせていただくと心が洗われるような癒しを感じるので、もしデザインの道に進まれていても、音楽業界の方から求められる存在だったのでは?
いいえ、最初にSister Mとして歌うことが決まったのも、本当に偶然でした。教授(坂本龍一さん)のスタッフさんと一緒にカラオケに行って、華原朋美ちゃんの歌を歌ったときに「こういう声してるんだね」と聴いてくれた機会があって。たまたまそのとき、父のプロジェクトで探していた声質にフィットしているということで、やることになっただけなんです。求められたわけではなく、偶然、灯台下暗し! ということです(笑)。
でもそこから、自分で意識を高めていったところはありますね。なんの発声のテクニックも、教えも受けていなかったので、自分の声を最初から好きなわけではなかったんです。本当に、徐々に開眼していった感じですね。
音、歌、呼吸、響きをていねいに封じ込めた新作
ーー2021年10月20日に、約5年ぶりのニューアルバム『birds fly』をリリースされます。こちらはドリーミュージックと KSR の共同レーベル「FOLKY HOUSE」第一弾アーティストとしての発表で、8月からビジュアルEP(Music Video付きアルバム)としての先行配信もありました。企画に富んだ印象の今作ですが、いつから制作していたのですか。
制作は2月ぐらいから始めました。曲自体は昨年からできているものや、もっと前からの曲も入れています。今作に参加しているピアニストの平井真美子さんと、年明けぐらいに組もうと決めました。そのとき同時進行でレーベルのお話もあって、「FOLKY HOUSE」が発足しての第一弾となるのですが、全部が同時進行で形づくっていった感じなんです。
レーベル主催の新羅慎二(にらしんじ)さんとお話しするなかで、「室内楽的な音楽」「人がそこにいるぬくもりのある音」また「それができていく過程をリアルに見せる」というキーワードも出てきて、今回6曲全部を1日でほぼ一発録りでレコーディングするかたちに至ったんです。
ーー新羅さんといえば、湘南乃風の若旦那さんですね? レーベル主催が若旦那さんで、坂本さんのリリースに至るのは不思議なご縁ですね。
新羅さんとはボイストレーナーが同じ方で、一緒にご飯を食べに行くこともあって、それからは不思議となぜだか気にかけてくださっていて、いまに至ります。
ーーコ・プロデューサーも今回担当しているピアニストの平井さんは、もともとお知り合いだったのですか。
一昨年から、ライブでご一緒する機会が何度かありました。今作は(平井)真美子さんの他に、チェリストの徳澤青弦(とくざわせいげん)さんとのトリオで演奏したんですが、(徳澤)青弦とは20年来の仲間です。ライブで一緒に演奏するピアニストを探していたときに、青弦が推薦してくれたことがきっかけとなって、一度合わせてみたらすごく化学反応があって、おたがいに「もっと一緒にやりたいね」と息が合ったんです。
その後ライブを何度か重ねて、今回2曲目に「shining girl」を収録していますが、もともとこの曲は真美子さんのソロアルバムに収録されている楽曲なんです。ライブでも何度かこの曲を演奏しながら、「オリジナルも作りたいね」という話になって、4曲目の「gantan(birth)」も、そんな感じでできあがっていきました。
ーー「gantan (birth)」は、「あぁ かわいいひとよ ここまでよく来たね あぁ 愛しい子よ これまでよく生きたね」との歌詞が印象的ですが、どのようなイメージで歌っていますか。
これは子どもの頃の自分に捧げる歌で、いまはもう大人だから引きずってはいないけれど、小さい子ならではの心の整理の付け方、寂しさ、本当は心にあった気持ちみたいなものをいま認めてあげようという思いで歌っていますね。さらに、いま大人になった自分たちのことも、「よくこれまで生きてきたね」と言ってあげたいと歌っています。
ーー収録曲1曲目「birds fly」は清々しい楽曲ですが、アルバムのタイトル曲となっているということは、もっとも今作を表す楽曲ということになりますか。
結局はそうなったのかな、と思っています。アルバムタイトルで他にふさわしいものが見つからなくて、みんな馴染んでしまったから(笑)。新曲としては最初にできた曲でもあって、コロナ禍のステイホームとなってすぐに作った曲で、解放されたい、という気持ちがあふれている曲です。
ーー3曲目「story」は、一般の方も坂本さんの公式YouTubeチャンネルでMVを視聴することができますが、すでに1万回の再生回数を突破されています。今作は東京の自由学園 明日館(みょうにちかん)で 3 人の生演奏を1日で全曲レコーディングするという画期的な作風ですが、その様子がわかる動画は緊張感がありながらも、美しい歌と演奏に見入ってしまいました。
この曲を含めて、全6曲のミュージックビデオをApple MusicでビジュアルEPとして先に配信しているのですが、インスタグラムなどにうれしい感想などをいただきました。今回は、自分の身近な人たちに聴いてほしくて、「新作できました」と、データを友人たちに送ったりしたんです(笑)。
信頼する友人たちが「素晴らしいね」と言ってくれたので、自信になりましたね。今作は普段の自分と歌っている自分の乖離がない作品というか、素の私のまま、より個人的な作品を作れた気がします。
ーーいつもは完成してもあまりお知らせしないのですか。
あまりないですよ、恥ずかしいので(笑)。今回は、自分に正直な作品になりました。
ーー今作が収録されたその現場に、観客として行きたかったぐらい、とっておきなものと感じました。
今回、いろいろなクリエーターの方々が参加してくださって、一緒に作っていきました。衣装、ヘアメイク、頭の後ろの編み込みは装飾の方が編んでくださった付け毛のアート作品だったり。写真家、映像チームも本当にすごかったです。
あの緊張感の中、録音と映像とを両方やるというのが無謀なことだったのですが、あんなにたくさんの機材を動かしながら物音ひとつもたてない。誰もくしゃみも咳もできない、すごい集中力でした。演者の私たち3人は、おたがいの気配に感覚を研ぎ澄ませて、呼吸を合わせて演奏しました。
ーー5曲目「hoshi no sumika」は、haruka nakamuraさんとの共作となりますね。
以前、『Sing with me』『Sing with me II』(ともに2016年発表)というアルバムを2枚一緒に作って、そのあとも全国ライブしてまわった仲間なんですが、その頃のデモに歌詞をつけました。真美子さんとのライブでこの曲を一緒にやったらすごくしっくりきたので、今回はふたりの曲として収録しました。
ーー6曲目「for IO(イオ)」は、悲しみを帯びているように聴こえながらも、最後は顔を上げて希望を感じるような歌詞に思えました。
この曲は、友人のミュージシャンの猫沢エミさんと、その猫のイオちゃんに捧げた曲です。春に病気で闘病していたイオちゃんを看取ったんですが、それまでの壮絶な看病やその移り変わりを細かくインスタグラムに綴っていらして。私自身もイオちゃんに会いに行ったりと、すごく通じ合うものを感じていて、離れているけれど一緒に時を過ごしている感覚がありました。
いよいよ今日看取るという日に、私もスタジオに入って、遠隔の「音楽葬のつもりで歌うので聴いていてね」と話して、インスタライブでそれをエミさんも聴いていてくれて。そのときに生まれたメロディから、ふくらませた曲です。歌詞も、イオちゃんとエミさんのことを綴りました。
ーー坂本さんは動物愛護活動をライフワークとされていますし、猫がお好きなことでも知られていますね。飼い猫のサバ美ちゃんは、お元気ですか。
元気ですよ。本当の年齢は保護猫なのでわからないですが、推定2歳からうちにいて、11年になります。まだまだ長生きする予定です!
ーーでは聴き手には、今作をどのように聴いてほしいでしょうか。
室内楽として建物の会場の響きも大切に、その瞬間にしかない音、歌、呼吸、響きをていねいに封じ込めた作品です。部屋のなかでも、もちろん外でヘッドフォンでも、どこで聴いてもそばに私たちがいるような気配を感じてもらいたいですし、安心や穏やかさも感じてもらえたら一番うれしいです。
「自分のなかの小さな女の子を輝かせていく」
ーーお話は変わりますが、坂本さんはおうち時間をどのようにお過ごしですか。
しいて言うなら、よくお料理しています。でも母親なので必要に迫られてやっているところもありますね。おうちにいると、娘と一緒に料理をする時間は増えました。娘も成長してきて、包丁を上手に使えるようになって、料理を手伝ってくれるようになったんです。この間も、餃子を一緒に作りました。娘が担当する料理もあって、そのときは任せています。
ステイホーム中、娘がアメリカの料理番組にハマって、番組で作られていた創作料理をどうしても自分も作りたいと言われたことがありました。どうやって作るのかさっぱりわからないけれど(笑)、見よう見まねで作ってみたりして、すごく楽しかったです。ふたりの趣味ですね。でももともとは、時間があるとすぐ外出して、「とにかく美味しいコーヒーが飲みたい!」とカフェに行ったりするのが好きなんですけどね。
ーーおうちで美味しいコーヒーを集めたり、淹れたりしますか。
私はコーヒーを淹れるのがヘタなので、夫に「美味しいコーヒーを淹れて」とプレッシャーをかけてみたりはします(笑)。
ーーみなさんの仲の良さが伝わってきます。ところで、いつもしなやかで美しい坂本さんですが、普段、コスメや美容面で気に入っているものはありますか。
たくさんありますよ。まわりに美容に詳しい人やエキスパートがいるので、日本一の美容情報をまわりから得ています(笑)。最近だと、FEMMUE(ファミュ)の「ソフトクレイ ベルベットマスク」という、ピンクのクレイマスクが最高です。まず香りも色も最高に気持ちよくて、うすいピンクのクレイなんですが、肌がワントーン明るくなりますね。
あとは(メイクアップアーティストの)早坂香須子×シンシア・ガーデンによるオーガニックスキンケアブランドのNEROLILA Botanica (ネロリラ ボタニカ)のものは全部信頼していますし、THREE(スリー)もよく使います。新作を試させていただく機会も多くて、いろいろと使いますね。OSAJIも好きで、新作が出るたびに感激しています。
ーーたくさんのおすすめ情報を教えていただき、ありがとうございます。では最後になりますが、今後の抱負をお聞かせください。
今回のアルバムでも、真美子さんと「自分のなかの小さな女の子を見つけて大事にする」「その子を輝かせる」という話をしていたのですが、それは今作のテーマというよりも、わたしたちのこれからの人生のテーマなんです。たとえばそれはインナーチャイルドと呼ばれることもあるものですが、自分のなかの小さな女の子が感じていることをより大事に生きていくことが、一番幸せなのかなと感じていて。
どんな音楽をやっていくのか以前に、どうやって、本当の自分として生きていくのかを考え続けていますし、このアルバムはその第一歩になるものでした。それは今後の音楽人生においても大事な一歩で、この続きがどうなるかはまだわからないですが、自分のなかのそんな声をこれからも大事にしていきたいと思っています。
取材後記
美しく胸を打つ歌声や楽曲で、わたしたちの毎日を彩ってくれる、坂本美雨さん。その歌声や話し声を聴いていると、癒されるのは、筆者だけではないと思います。音楽活動だけではなくさまざまな表現活動もされ、さらに猫ちゃんや娘さんなど、まわりを大事に愛し愛されている様子がとっても素敵。そんな坂本さんのニューアルバムをみなさんも、ぜひチェックしてみてくださいね。
写真・前康輔 取材、文・かわむらあみり
坂本美雨 PROFILE1980年5月1日、東京都生まれ。音楽一家に生まれ育ち、9歳でニューヨークへ移住。1997年、16歳で「Ryuichi Sakamoto feat. Sister M」名義で歌手デビュー。以降、本名で本格的に歌手活動をスタート。
音楽活動に加え、執筆活動、ナレーション、演劇など表現の幅を広げ、ラジオではTOKYO FM他全国ネットの「ディアフレンズ」のパーソナリティを2011年より担当。村上春樹さんのラジオ番組「村上RADIO」でもDJを務める。
ユニット「おお雨(おおはた雄一+坂本美雨)」としても活動。2020年、森山開次演出舞台『星の王子さま-サン=テグジュペリからの手紙』に出演。
2021年、ニューアルバム『birds fly』を8月20日に配信、10月20日にCDをリリース。『Memories of Shelter 坂本美雨 feat. 平井真美子』として、12月26日に金沢21世紀美術館 シアター21にて、昼夜二回公演を開催。また、ユニット「おお雨」では、年末にライブを行う予定。
Information
New Release『birds fly』
(収録曲)01.birds fly02.shining girl03.story04.gantan (birth)05.hoshi no sumika06.for IO(作詞:坂本美雨 作曲:坂本美雨)
2021年10月20日発売
(通常盤)MUCK-1001(CD)¥3,300(税込)*特殊仕様パッケージ。
(初回限定盤)MUCK-8001/2(CD+Blu-ray+特典)¥6,820(税込)*特殊仕様ボックス。
[Blu-ray収録内容]※初回限定盤のみ全楽曲のレコーディング風景を収めたMusic VIdeoを収録。
写真・前康輔 取材、文・かわむらあみり